マール救出への前哨戦 2
よろしくお願いします。
ハミルが部屋から出て行くのを見届けると、パティーシャはゴディアスに向かい頭を下げた。
「曾お爺様ごめんなさい! 私の所為です。マールが攫われたのは私がーーー」
「違う。パティーシャの所為では無い。」
ゴディアスはきっぱりと言った。
「でも私は前もって曾お爺様から忠告されておりましたわ………されていたにもかかわらずマールが攫われて……侍女や騎士に任せるのではなく自分がマールに付いていればと思うと自分が許せません。イグウェイ家の者としてどれほど自分が甘くあさはかだったのかーーー。」
妖精姫と言われ尊ばれるパティーシャの上げた顔は蒼白く、見開いた瞳は異様にギラついていた。
昨日、メイローズや屋敷の使用人、町の警備の者達を総動員させてフィルマールの行方を捜索したが全く手がかりが見つからず、日が落ちる頃に強制的に屋敷に連れ戻され夕食を拒否すると、身体を身綺麗にされたのち寝室に放り込まれたのだが、全く休まらなかった。
フィルマールが攫われ酷い扱いを受けているのではと思うと、安全な場所で自分だけが休むことなどできなかったのだ。
「パティーシャ、自分を責めるな。そなたに落ち度など無い。マールを守れなかった責任をと言うのであれば、それはわしにある。」
「でもーーー 」
「いや、わしじゃ。自分の思い上がりが招いたことじゃ。人の……やり場の無い情念の深さを、わかったつもりでおった。この歳になって痛感するとは、わしはとんだ愚か者よ。」
ゴディアスは目を細めパティーシャに優しく微笑んだ。
「大丈夫じゃ。マールには遊びと称して色々教えてある。パティーシャも知っているであろう?」
「それは………そう……ですが…。」
パティーシャ自身、マールと一緒に遊びの延長としてゴディアスから学んだ。だがそれが今マールの身を守る盾となっているのかどうか、推測すら容易ではないことに言葉が詰まる。
パティーシャは膝の上で握る手に力を入れ、見るとはなしにテーブルに並べられた食事に視線を落す。
と、後ろからディルヴァイスが会話に入ってきた。
「パティーシャ様、マール様は大丈夫でございます。」
扉近くにいたディルヴァイスが大きく頷く。
「マール様は令嬢と言う概念からはおおよそ逸脱したお方でございます。きっと私たちが心配している事柄とは全く違う斜め上な発想で、それこそ野生的な閃きで危険からご自分の身を守ろうとしていらっしゃるはず。マール様ならば我々が駆けつけるまで何とか切り抜けて下さっているでしょう。ですから大丈夫です。」
大真面目に語るディルヴァイスに、パティーシャが手のひらで額を押さえ、ゴディアスは胡乱な視線を向ける。
「………そもそも、ディルはマールに対する認識が間違っていると思うのだけど。」
パティーシャが呟くとディルヴァイスが大きく首を振って否定した。
「いいえ。マール様を普通の令嬢と言うベール越しに見てはいけません。マール様の突飛な行動は御前とそっくりでございますから。」
「マールがわしに似ていると言うのは嬉しいが、行動が突飛とは何じゃ?突飛とは!」
「おや?認識されておられないと?」
驚きの表情で口元を手で隠すディルヴァイスに、いささか心当たりがあるのだろうゴディアスが、口を真一文に結び唸った。
分が悪い現状にゴディアスが反撃の材料を考えていると、控えめなノックの音が聞こえた。
近くに立っていたディルヴァイスが素早く駆け寄り扉を開けると、先程出て行った執事のハミルと、身長はそれほど高くはないが体躯が異常に立派な男が、背をまるめて入って来た。
「あら?ミング………え?ローズは?」
パティーシャの声にミングと呼ばれた男がその場に跪き、ゴンと大きく音を立て床に頭を擦り付けた。
「申し訳ございません‼︎ パティーシャ様!」
「………うそっ⁈ 」
椅子を大きく鳴らして立ち上がったパティーシャに、何故か額から大量に汗を吹き出しているハミルが説明した。
「何と言いますか……メイローズ様は事を読んでいらっしゃったようで、またしても当家の使用人を使って欺かれましてーーー」
「暗かったため、目で判断できませんでした!」
床に頭を擦り付けたままミングが叫ぶ。
「では、メイローズ様を保護できなかったと⁈ 」
跪くミングの傍にしゃがみ込み問うディルヴァイスの顔は血の気を失っている。
「ミングがメイローズ様だと思って捕まえた使用人に抱きつかれ、動きを封じられたところを後ろから殴られて、気を失っている間に馬を連れて出て行かれたようです。メイローズ様に頼まれ囮となった使用人から聞いてまいりました。」
「では何故報告が今なのですか!」
「そっ!それ……はぁ………。」
パティーシャの強い口調に、ミングが上目遣いでハミルを見る。
「それは……ミングが気を失った後、身包み剥がされ柱に括り付けられていたからでございます。」
厩舎でのミングの無様な姿を思い出したのか、ハミルが嘆息し言う。
「………屋敷の警護をしていた者達は気が付かなかったのですか?」
ためらいがちにディルヴァイスが聞いた。
「声や物音、ましてや馬の蹄の音や嗎、警護の者達は誰も気付いていないのです。どうやって抜け出したのかーーー」
「厩舎横の林から森に入ったのかもしれんなぁ。」
ハミルの言葉にゴディアスの声が被さる。
「森の中?」
ディルヴァイスが聞き返す。
「無理ですわっ!林の中なら何とか走れるかもしれませんが、木が縦横無尽に生い茂る森となれば話が違います。いくら定期的に人の手が入っているとは言え、あのような場所を馬で抜けるなんて不可能です。」
すかさずパティーシャが反論した。
「いや、引いて行ったんじゃ。ある程度まで進んで街道に出たんであろう。」
「でもローズはこの辺りに詳しくはありません。地元の者でも夜目の効かない森から街道に抜けるなんて至難です。ましてやそれがローズであればなおのこと。抜ける前に遭難です!」
否定するようにパティーシャが頭を大きく振ると美しい銀の髪が舞い、後ろで棒立ちのバルドランの腫れ上がった目がやに下がった。鼻腔をくすぐるパティーシャの髪の匂いに陶酔しているようだった。
………その場にいる誰よりも緊迫感から程遠いと、やはり連れて来るべきではなかったと、テーブルを指で弾きながらゴディアスは渋面顔でバルドランを睨む。
「御前様、直ぐに出立致しましょう。このままではーーー」
勢いよく立ち上がるディルヴァイスに、
「全く、相手の思うがままではないか。」
首を振って嘆息するゴディアス。
「ハミル、外にいるロイに三十分後に出立すると伝えてくれ。それから誰か町に行ってボーナンド医師を連れて来てくれ。同行してもらうことをちゃんと説明してな。あと一人侍女を同行させたい。リズアと相談して決めてくれ。」
ハミルが軽く頭を下げ、跪いたままのミングに近づき肩を叩いて一緒に部屋から出るよう小さく告げた。
ミングはノロノロと立ち上がり深く腰を折ってハミルと部屋から出て行った。
「曾お爺様、私も一緒に参ります。」
パティーシャの言葉にゴディアスは首を振った。
「何故ですか⁈ 」
「パティーシャはマールとメイローズ嬢が直ぐに休めるよう部屋を整えておいてほしいんじゃ。」
「ならばリズアがおります!」
必死に言うパティーシャにゆっくりと言い聞かせるようにゴディアスは話す。
「パティーシャ。今日は招いておるキャグッズ侯爵夫妻や、マールの両親、パティーシャの父や母がこちらに着く予定になっておる。明日にはビスデンゼ侯爵夫妻とご子息もこちらに到着する。リズアはその準備もあるんじゃ。だからパティーシャにはマールとメイローズ嬢がいつ戻っても良い状態にしておいてほしいんじゃよ。」
パティーシャは一瞬泣き出しそうに顔を歪め、唇を強く引き結んだ。
自分が一緒に行っても役に立つどころか下手をすればマール同様こちらの弱みにしかならないことを遠回しに言われたように思ったのだ。
救出に同行できない歯痒さに身体が震えた。
と、パティーシャの身体がふわりと暖かなものに包まれた。
「……私がパティーシャに代わって二人を必ず連れて戻ろう。だからパティーシャは二人を受け入れられるように整えていてくれ。」
バルドランの大きな身体が、華奢なパティーシャを後ろから優しく包み込むように抱きしめた。
「自分を責めるなパティ。誰も何も言わない。言わせない。その優しさはパティ自身にキズを付けるものだ。大丈夫。大丈夫だから、そのやり切れない思いはこの私に向ければいい。私にその苦しみを分けてくれ。」
パティーシャは回された太い腕に自分の手を這わせ、ギュッと目を瞑る。
「………必ず」
「うん。」
「必ず、無事に二人をーーー」
「わかったよパティ。」
バルドランはパティーシャの銀の髪に優しく唇を寄せた。
「ディルヴァイス、行くぞ。」
甘い雰囲気を垂れ流す二人をゴディアスは冷めた視線で一瞥し、立つのを嫌がる足腰に力を込める。
「ですが、お二人だけにするには……」
「扉を開けておけばよかろう。」
そして盛り上がる?二人の傍を杖をつきゆっくりと進みその部屋を後にした。
年内中にどこまで話しを進めることができるのかーーー思いのほか長くなってしまった前哨戦は3まで続きます。そのあと短く回想を一話入れてマールに戻る予定です。……予定です。はい。
今回も読んでいただきましてありがとうございました。




