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曾お爺様を負かしてから来て下さいませ。  作者: み〜さん


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マール救出への前哨戦 1

長らくお待たせしてしまいごめんなさい。


更新がナマケモノ以上の速度になるかもですが、完結目指します。


ですのでよろしくお願いします。





 



 冷たく冴えた月光が降り注ぐ深夜。


 木々の間を慎重な足取りで進む者がいた。


 身を低く隠し歩みを進めるその先にあるのは、屋敷から離れた厩舎。


 濃紺の空から降り注ぐ月の光によって地上にできた光と陰。その陰に身を隠し足音を忍ばせ、時々辺りを窺いながら厩舎へと近づいて行く。


 いつもであれば、虫の音色が煩いほど辺りを賑わせていると言うのに、今夜に限ってはすっかりその鳴りを潜めていた。


 そして厩舎近くに到着すると、馬丁達が出入りする扉へゆっくりと近付いて行き、そっとノブに手を這わせ、扉を開け内側へ身体を忍ばせようーーーーと、したときだった。



 扉が突然その人物に向かって開け放たれたのだ。



 扉内側の真っ黒な空間から突き出てきた太い腕が、ノブを掴み損ね、空を切った細い腕をガッシリと捕らえ、半ば倒れるように内側へ引っ張り込まれると、漆黒の空間にのまれていった。


 それは一瞬のできごとだった。


 扉は直ぐ閉じられ、中から一度ゴトッと大きな音が聞こえたきり、何事も無かったように静寂が辺りを満たしていた。




⌘ ⌘ ⌘ ⌘





 乳白色の靄に染まる幻想的な夜明けを迎えようとした早朝。


 扉を壊すかの勢いで打ちつける轟音で、屋敷の者達が一斉に飛び起きた。


 寝ずの番であった執事が、乱れた髪を両手で撫で付けながら、慌てて玄関扉に駆け寄り鍵穴に鍵を差し込む。そして鍵を解除する音が鳴ったのとほぼ同時に、扉が乱暴に開け放たれた。


 つむじ風のような勢いで駆け抜けて行く者に、扉ごと吹き飛ばされた執事が床の上を横滑りして行く。


「 大丈夫ですか⁈ ハミルさん!」


 何事が起こったのかわからず、身体を投げ出した状態でほうけるこの屋敷の執事、ハミルに駆け寄り手を差し出したのは、汗で前髪が張り付き呼吸が乱れるディルヴァイスだった。


「あっ…… ああっ…大丈夫だよ。それより今のはーーー 」



「 きぃーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」



【 絹を引き裂くような 】とは、の例となりうる女性の悲鳴に再び屋敷が震撼する。


「 パッ!パッッ⁈ パティーシャ様っ⁈ 」


 ハミルは、差し出されていた手に目もくれず、慌てて起き上がろうとし足を絡れさせ、無様にも再び床に転がってしまった。


 そんなハミルにディルヴァイスが再び手を差し出したときだった。床をコツコツと鳴らし近づく音に気がつき、二人は同時に音のする方に顔を巡らせた。


「 まったく……だからあのバカの耳には入れとうなかったんじゃ。大丈夫か?ハミル。とんだとばっちりじゃったなぁ。すまんのぉ。」


 大きく息を吐き、心の底から嫌そうな声を発したのは、右手で杖をつき左手で腰をトントン叩きながら入って来た、厳つい顔を一層歪ませたゴディアス・イグウェイであった。


「 御膳様!」


 ハミルがあたふたと立ち上がり、深々と腰を折る。


「 良い。それよりも走り通しで喉が渇いた。何か飲み物と腹を満たす物を用意してくれ。場所は食堂で良いじゃろう。外にいる者達にも頼む。あと、馬達に十分な休息を取らせてくれ。随分無茶をさせてしまったからの。明日の朝にはダイルが引き取りに来るからそれまで世話を頼む。それと直ぐ出られるように別の馬と馬車の用意もな。」


「 畏まりました。」


 ハミルが下がると、ゴディアスは未だ騒がしい二階に視線を向け、溜息を吐きながら頭を振った。


「 ………ディルヴァイス。バルドランを引っ張って来い。それからパティーシャに準備が出来たら食堂に来るように伝えてくれ。」


「 ………メイローズ様にもお声をかけますか?」


 ゴディアスから手袋を受け取り、上着を脱がせながらディルヴァイスが尋ねる。


「 朝早くから申し訳ないが、ご足労願おうかのぉ。」


「 畏まりました。」


 未だ乱れたままのディルヴァイスが足早に去ると、ゴディアスはゆっくりと杖をつき家族が使用する食堂へと向かった。


 暫くして、ゴディアスの靴音に重なるようにもう一つ靴音が聞こえた。


「 御前様。」


 ゆっくりと歩むゴディアスの少し離れた位置に、帽子を目深に被った猫背気味の背の低い男が付いて来ていた。


「彼のお方は城砦には戻らず西の方……」


「【 レジュレの館 】に向かったのは間違い無いのだな?」


「 ーーーはい。三名後をつけさせております。」


 ゴディアスが歩みを止めると、男も数歩離れた所で立ち止まる。


 天井近くまである、長方形の窓の外に広がるオレンジ色に染まりだした空を、ゴディアスは目を細め見上げた。


「ーーー城にはアギルを向かわせた。陛下にはまた甘いと言われるだろうが、これも殿下に願われたことなれば、違える訳にもいかぬからの。こちらに戻るときにラヴィル・フェルムに同行を願うように言ってある。」


 誰に言うでもなく呟くような言い方だった。


「このような形で盟友を喪うとは………。」


「ーーー御前様。」


「だが、わしの大切な家族に手を出すなど以ての外。その報い、しかと受けてもらわねばならん。」


  ゴディアスは 、ベストの内側から封蝋で閉じられた生成り色の封筒を二通取り出した。


「ゾルゲル。これをキャグッズ公に渡してくれ。すでにこちらへ向かっておるはずじゃ。入れ違いにならぬようにのぉ。それからガブァレア伯にも頼む。急いでな。」


「 御意。」


「ダンドゥルグやマリアンヌに何と言われるか………。そうじゃ、ボイスに〈 ザール〉と〈 モスダーグ 〉を連れて行くよう伝えてくれ。」


「〈 ザール〉と〈 モスダーグ 〉をで………ございますか?」


「あれらはマールに懐いておるからの。人間なんぞより早く見つけてくれるやもしれん。まぁ、賭けーーーじゃな。」


「………御意。」


 ゾルゲは一瞬訝しげに目を細めたがすぐに目を伏せ、二通の封筒を恭しく両の手で受け取ると、一礼して去って行った。


「藁にも縋る思いよのぉ、マール。」


 見上げた視線を廊下の前方へ戻し、ゆっくりと食堂に向かって杖を突いた。




⌘ ⌘ ⌘ ⌘




「メイローズ嬢がおらぬと?」


 カップを傾けたところで、ゴディアスの右眉がピクリと跳ね上がる。


 視線の先には、先程よりもくたびれた姿のディルヴァイスと、そのディルヴァイスにがっちり腕を掴まれた大きな男が項垂れ立っていた。


「………バルドラン。なんじゃその顔は。」


 薄い金色の髪を短く刈り上げた体躯の立派な男ーーーバルドランと呼ばれたその男は少し顔を上げ、きまりの悪い表情で視線をむける。


 顔一面に引っ掻き傷を作り、右目周りを赤黒くさせ両頬は歪に腫れ上がり何とも痛々しい状態だった。どちらかと言えばバルドランの顔はゴディアスに近い厳つい顔なのだが、今の顔は間違いなく人々を恐怖させる魔物のそれである。


「婚約をしているとは申しましても、断り無く淑女のーーーそれも寝室に飛び込むなど言語道断でございます。バルドラン様はパティーシャ様が絡むと手に負えません。」


 ディルヴァイスは自分よりも頭一つ大きいバルドランを眇め見た。


「で、その顔か………。次期隊長と言われる男がのぉ。」


「………全く………面目ございません。」


 大きな男が小さく背中を丸める。


「まぁ………今更じゃな。それよりもメイローズ嬢じゃ。侍女はついていなかったのか? 」


「いえ、次の間に控えさせておりました。ですが……… 」


 扉近くにいたハミルは視線を下げ言い淀む。


「ですが?」


 ゴディアスの問いにハミルの肩が大きく跳ね上がった。


 暫くあーやらうーやらと呻くと、恐る恐るゴディアスに視線を向ける。


「はい………その………お声をかけましたところ部屋におりましたのが当家の使用人でありまして………問い質しますと、一晩ベットの中に潜っているようにメイローズ様に言われたと………申し………まして。」


「では!メイローズ様は既に抜け出しておられると⁉︎ 」


 ディルヴァイスが目を見開き愕然とゴディアスを見る。徐々に血の気を失うディルヴァイスが掴んでいたバルドランの腕を力無く離すと、踵を返し扉に向かおうとした。すると見計らったように両開きの扉が開け放たれた。


「大丈夫よ。昨日の内に厩舎にはミングを待機させているから、既にローズを確保している筈ですわ。」


 重い空気を打ち消すように軽快な足取りで部屋に入ってきたのは、パティーシャだった。


「おはようございます、曾お爺様。」


 パティーシャはゴディアスの前で簡単に挨拶をすると、食事が並べられたテーブルに近付き、席に着こうとするのを素早くバルドランが駆け寄り椅子を引くと、パティーシャはそのまま腰を落とした。バルドランは、部屋の隅に控える使用人に目配せると、椅子から一歩下がった位置に立った。


 パティーシャはそれには目もくれず、青白い顔色を扉近くにいるハミルに向けた。


「ハミル、厩舎に行ってローズを連れてきて。」


 言われたハミルは一礼すると、足早に部屋を出て行った。





待っていて下さった方々には本当に申し訳ございませんでした。


今回も読んで下さり有難うございます。



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