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曾お爺様を負かしてから来て下さいませ。  作者: み〜さん


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20/56

木登りは得意ですの。

亀よりも遅いですが……。


よろしくお願いします。

 



「……ヴィって……呼んでいたわ。」


 あれは幾つのときかしら?


 曾お爺様が小さな私を連れて行って下さったお屋敷で出会った男の子。


 私よりも少し年は上で、よく一緒に遊んで下さったように思います。


 パティやリューとはことあるごとに会っていましたが、兄妹のいない私はヴィをお兄様のように慕ってずっと後ろを付いて歩いておりました。


 でも……なぜ忘れていたのかしら?大好きだったはずなのに、綺麗さっぱり忘れてしまうなんて……あるのかしら?


 それに、今ヴィはどこにいるのでしょう?


 私が十二歳になる頃にはもうヴィのことは覚えておりません。


 覚えていれば、マティアス様との婚約を素直に受けておりません。断固抗議いたしますし、大好きだったヴィに泣きついているはずですもの。


 ……他にもまだ忘れていることがあると言うことなのでしょうか?


 つらつらと夢の中でのことを思い返しておりましたが、ふと自分を取り巻く冷たい空気で、現実に意識が向きました。



 ……………………待って。


 確か私気を失ってしまってーーーーここは?


 辺りを見渡すと、崩れかけた壁や天井には黒く焼け焦げた部分があり所々崩れております。


「今度はどこに連れてこられたんですの?」


 見上げた天井からは星空がのぞいております。


「少し、寒いですわね。」


 胸の前で腕を交差させて二の腕を摩ります。


 私が横たわっていたのは床に置かれたベットマットレスの上。


 先程は石の上でしたから、それを考えましたら少しはマシ?な状態だと思いますの。


 ……もともとここにあった物なんでしょうけど。


「それにしても酷いですわ。女性に対してあのような乱暴な扱い、絶対に許しませんから!」


 また会うことがあれば間違い無く報復させていただきます!私、わりと根に持つほうですの!


 ドスッとマットレスに一発お見舞いさせていただきました!覚えていらっしゃいませっ!


 と、そこで気を失うときに言われた言葉が頭をよぎります。




『次、目が覚めたら狩の始まりだ。』





 狩?………確か私が獲物で、追いかけるのがオオカミだと言っておりましたわね。


 だとすると、ここにいては危険ですわ。少しでも安全な場所へ移動しませんと。


 マットレスから下りて部屋?の中を見渡すと、崩れかけた壁に掛けられた姿見に目が留まります。


「……なんて酷い姿でしょう。」


 大きな姿見は全体にヒビ割れ、四隅が崩れ掛けています。そこに幾重にも映るみすぼらしい自分の姿に、思わず溜息まじりに呟いてしまいました。


 アップした髪はほぼ垂れ下がり、髪留めも落ちそうになってます。ドレスもきれいなオレンジ色でしたのにシミや土埃で薄汚くなり、レースもフリルも所々破れてさすがに悲しくなってしまいます。


 ヘアピンを外し、髪飾りを取ってポケットにしまい手で髪をすいて整えます。顔についた汚れはハンカチで拭いて、取れかけたレースとフリルを引っ張って千切り、ドレスを広げるように両手で掴んで埃を振り払います。


 取ったレースで髪を纏め、フリルは何かに使えるかもしれないのでこれもポケットに入れておくことに。


「オオカミって本当かしら……オオカミってオオカミですわよね?私はオオカミに捕食される予定ですの?」


 そう思った途端、背中がゾワゾワっとなりましたっ!


「………まずは何か紐のような物を探しましょう。」


 ドレスをたくし上げ ( 以前ローズ様に注意されましたが今回は致し方なしとさせていただきますわ。 ) 瓦礫に足を取られながら外に出ますと、月明かりに照らされた木立が崩れた建物を中心に周囲を囲んでいるのがわかりました。


 辺りを見回しますが、それらしい物が見つかりません。


「建物の中ならもしかして……。」


 不安定な瓦礫の上を慎重に歩いて中に入ります。


 先程まで私が横になっていたマットレスの辺りを探しますが……それらしい物はありませんわね。


 扉の無くなった枠をくぐると瓦礫に覆われた廊下に出ました。


「火事で焼き落ちたようだから、紐なんて落ちてないかしら……。」


 壁に空いた穴を覗き足をとられながら進んで行くと、一際広いお部屋にたどり着きました。


「これは……ピアノ?」


 部屋の中央で、原形を留めることなく炭と化したそれがピアノだとわかったのは、僅かに焼け残った鍵盤が落ちていたから。


「サロンーーかしら?お部屋も広いですし、天井も吹き抜けになっていて、ここからお庭に出られるようになっておりますのねぇ。」


 きっと素敵な場所だったのでしょう。今では見る影もございませんが。


 ぐるりと辺りを見回しますと、部屋の隅にロープのような長い物が落ちているを発見いたしました。


 そちらに近づき屈んで取ろうと伸ばした手が止まります。ロープのような紐の下に焼けた絵が落ちておりました。


「……綺麗な人」


 額縁の無くなったその絵は半分以上が焼かれており、鮮やかな赤色の髪を結い上げた女性が優しい微笑みを向けてきます。その女性の背中には椅子の背が描かれていることから座っているのがわかります。女性の左肩に添えられた大きな手の薬指にある指輪と、女性の胸あたりにある小さな子供の頭の上にのせた手の指にはめられた指輪が同じデザインですから、きっと家族の肖像画だったのでしょう。子供は女性と同じ赤色の髪だと分かりますが、その下が焼かれてしまって女の子なのか男の子なのかわかりません。旦那様も手以外残ってはおりません。


 ……どなたかに似ているような……?


 赤い髪色はこの国では珍しく、そうそういらっしゃるわけではございませんが……赤い髪と言うとキャグッズ侯爵夫人とその娘であるローズ様でしょうか?


 ですがこの女性のように真っ赤な髪色ではございませんし、瞳の色もこの方は薄いグリーンですがローズ様やキャグッズ侯爵夫人は金色。


 そこでローズ様の金色の瞳を思い出し身震いしてしまいました。


 あの瞳でジッと見つめられると、身の危険を感じてしまいますの。


 まるで獲物を見つけた〈 ザール 〉のようなんですもの。


 あっ、〈 ザール 〉と言うのは曾お爺様の鷹の名前ですの。


 曾お爺様にはとても従順ですのに、私が近付こうものなら大きな翼を広げて威嚇されてしまいます。


 仲良くなりたいのですがなかなか心を許しては下さいません。いつか仲良くなって曾お爺様と狩に出かけるのが夢ですの。




 …………なんてことを思っている場合ではございませんわね。



 ロープのような紐を拾い上げテラスから外に出ます。


「大きくて、足掛かりの良い木を探しましょう。」


 と、独り言を呟いた時です。


 生い茂る木々の向こう側からオオカミの遠吠えが聞こえてきました。


「……急ぎましょう。」


 かじられるのも、食べられるのも嫌でございますから!


 私の人生はまだまだこれからなんです!


 立派な淑女となって、曾お爺様のような素敵な殿方と添い遂げ、子供も三人産むと言う人生設計ができておりますのよ!


 今この危機を乗り越えれば、明るい未来が待っていると信じておりますからっ!


 木の下に小走りに近寄り枝ぶりを確認いたします。


「これはダメですわ。」


 何本も見て回ってようやく理想的な枝ぶりの木を見つけました。


 靴を脱ぎ、見つけた紐の両端に片方づつ靴を括って首から下げます。


 枝に手をかけグッと力を入れ上に登って行きます。


 建物の二階よりも少し高い位置に到着いたしますと、紐に下げた靴を解きます。


 そして一足づつ違う方向に投げました。


 オオカミは鼻が良いですから、色々な場所に私の匂いを拡散させませんと!


 紐を私の腰で縛り頭上にある枝に私を縛った方とは反対の先端を巻き付け縛ります。ウトウトした時に下へ落ちないための処置です。


 本当は幹に括りたかったんですが、紐が少々足りませんでした。


 小さい時に曾お爺様が遊びの延長でイロイロ教えて下さったことが役立っております。



 ………それと、大好きな冒険譚。 



 そう思いますと……私すでに普通の令嬢とは一線を画しておりますわねぇ……。


 曾お爺様から絶対に解くことができない結びかたも教えていただいたのですが、この紐は私には太すぎて結ぶことができませんでした。おかげで手のひらの皮がむけてしまい地味に痛んでおります。


 ふと空を見上げると、月の光が静かに降り注ぎ、白く浮き上がらせております。


「明日は満月ですわね。」


 みんなの心配げなお顔が浮かびます。きっと曾お爺様にも知らせが行っていることでしょう。


「………心配………させてますわね。」



 そう言葉にすると、鼻の奥がツンといたします。



 でも、今はメソメソして居る時ではないのです。



 日が昇ったらもう少し上に登って、家の屋根や時計塔などを探すことにいたしましょう。


 先程よりもオオカミの遠吠えが近いと感じるのは、気の所為ではないと思います。


「夜行性だと聞いたことがありますが、昼間でも姿を見ると曾お爺様が仰っていたような……気がいたしましたわ。」


 兎に角、この場所にずっといることはできませんから、明るくなりましたら移動いたしましょう。


 木の上では誰とも会いませんし………。


 そこまで考えて大変なことを思い出してしまいました!


「……靴を……投げてしまいましたわ……。」


 自分の狭量に大きな溜息が漏れます。



 木から降りたらまず靴探しですわ。




ありがとうございました。

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