限界です。

　

「ガブァレア伯爵令嬢、まさか君がこんな卑劣なことをする人間だったとは思わなかった。しかもそれが私の婚約者であると言う事実に、呆れよりも心を痛めたよ。私が君をここまで追い詰めてしまったのかとね。だが、哀れこそ思え、君がやったことは、人としての倫理に反する行為だ。それは身を持って償わなければいけない。」

　………冒頭、長々とお話しされた方は、私フィルマール・ガブァレア伯爵令嬢の婚約者であるマティアス・ボンゴールド侯爵子息様。

　ここは、ヴェグダルン王国第2首都カーデルにあるチャーレル学園。

　国内外の貴族の子息子女が寮で共同生活をしております。一応14歳からの入学で、18歳で卒業となりますが、例外もございます。まぁ、それは今お話しすることではないですわね。

　丁度一日の授業を終え、温室へ向かおうと中庭を歩いておりましたところ、難しいお顔のマティアス様に呼び止められましたの。

　マティアス様の背後には、ピッタリと張り付く令嬢ーーーアイラ・ヴェンガァ子爵令嬢が不安そうに私を見ております。

　いつものことですけど。

　このような茶番……いつからかしら？

　余りにも瑣末なことなので忘れてしまいましたが、日に三、四回は私に絡んでくるでしょうか？

　申し訳ございませんが私もうウンザリなんですの。

　同じことばかり繰り返し言われ、流石に我慢なりません。

　ですので、マティアス様の今一番の憂いを取り除いて差し上げようと思いましたの。

　ええっ、もちろん婚約破棄ですわ。

　もともと、お母様のご実家である、イグウェイ公爵家からのお話でございました。詳細はわかりませんが、ボンゴールド侯爵家がイグウェイ公爵家に仲介をお願いされた形でしょうか。

　私が12歳。マティアス様が14歳の時でございます。

　世間一般で言われるような甘い関係ではなかったと言えますわね。ですからマティアス様が言われていることがまったく理解できませんの。謂れなき誹謗ですわよね。

　そもそも私、どうして追い詰められておりますの？

　御本人に直接申し上げるのは憚れるので、心の内で言わせていただきます。

『マティアス様！私 あなた様に心動かされたことなどただの一度もございませんのよ！』

　本当でしたら声を大にして申し上げたいところではございますが、マティアス様の自尊心に傷を付けるやもしれませんのでここは控えさせていただきますわ。

　それに、一応腐っても侯爵家嫡男でござい………コホン！失礼。

　ですから私イグウェイ公爵家の曾お爺様にお手紙いたしましたの。それが二日前ですわ。

　イグウェイの曾お爺様は私をとても可愛がってくださいますから泣きの入ったお手紙を送ればきっと、馬車を飛ばして来てくださいます。

　そう、私曾お爺様が来てくださるのをお待ちしておりますの。婚約破棄をマティアス様に申し渡していただくために。

　王都からこのカーデルまでは通常であれば、五日。

　お手紙が曾お爺様のお手元に届くのは、ハヤブサを使っても、三日は掛かります。

　色々あるでしょうから、早くても七日ーーーいえ、頑張ってもらって六日でしょうか？

　………あくまでも私の願望で希望ではありますけど。

「相変わらず人の話を聞かないんだね。君は一体何を考えているんだい？アイラを少しは見習ったらどうなんだ。」

　ああ、まだ話が続いていましたのね。全く聞いておりませんでしたわ。だって、何時も同じセリフばかりで、何が言いたいのかわかりませんもの。

　婚約を破棄したいのであれば、直ぐにでもなさればよろしいのに。ガヴァレア伯爵家よりも家格の上であるボンゴールド侯爵家ですもの。簡単でしょう？

　まぁ……イグウェイ公爵家を挟んでおりますから簡単ではないかもしれませんが。

　婚約破棄を高らかに叫びたいところでしょうが、それが出来なくてこのようにまどろっこしいことを毎日毎日毎日毎日毎日毎日ーーーー本当にいい加減にしてもらいたいですわッ！

　この毎(・)日(・)の苦行のせいで眉間にシワが一本入って、そばかすも増加してしまいましたのよ！

　ちなみにマティアス様は【黄金の王子】と呼ばれ見目麗しいお方でございます。眩い金の髪はツヤツヤのサラサラで瞳はアメジスト。学力も運動能力も高く、これでも学年上位なんですの。

　ですからモテない訳がございません。

　ええ、大変人気がございます。学園でも、社交界においても。

　そして、私の婚約者にくっ付いています令嬢……アイラ・ヴェンガァ子爵令嬢。私と同じ16歳ですわ。

　紹介を受けたわけではございません。あくまでもこのような事態になってから、マティアス様のご説明で知りました。これはコレで可笑しなことだと思いますけど。

　ピンクブロンドの緩やかに波打つ豊かな髪と健康的な肌。金色にグリーン色を散りばめた思わず魅入ってしまう瞳。……瞳の色はマティアス様が興奮しながら私に説明して下さいましたわ。

　ーーー要らない情報でしたけど。

　子爵令嬢についてはクラスも違いますし、確かに美少女？とか一部で持て囃されているようですが、ただそれだけです。

　だって私、彼女以上に美しく、聡明な方達を存じ上げておりますもの。そこにいらっしゃるだけで華やかな光に包まれて、お声をいただくだけで天にも登る心持ちとなる至高の方々。

　この国の王妃様と、イグウェイ曾お爺様の奥方で、私が小さいころお亡くなりになった曾お婆様。そして、キャグッズ侯爵家の奥方様。

　私が淑女として尊敬してやまない方々でございますわ。

　いつかあの方達のように在りたいと日々努力を重ねておりますの。

　でもだからと言って、見た目普通のこの私があの方達のレベルに達するとは毛頭思っておりませんの。

　私の髪色、お父様と同じうっすい蜂蜜色ですの。

　ほぼ白です。

　瞳もお父様と同じ冷たいアイスブルー。

　これがまた強調するように冷たい色味なんですの。

　幼少のころは、見ているだけで私が睨んできたと言いがかりをつけられたものです。

　何故ここまでお父様にそっくりなんですの！どうしてお母様に似なかったのでしょう！

　お母様に似ていれば、イグウェイ公爵家の象徴であるシルバーブルーの美しい髪と、エメラルドの瞳だったはずなのに。

　イグウェイ家は昔、妖精の血が入ったという言い伝えがあるそうで、代々イグウェイ公爵家の令嬢は【妖精姫】と呼ばれておりますの。

　私だって、半分ではありますが、その血を正しく受け継いでいるはずなんです。

　でも、現実はこのとおり、お父様にそっくりな私。

　いぇ！そっくりですがお父様は大好きです。

　大好きなんですけど、何故美しいお母様がお父様に嫁がれたのかは謎なんですの。

　容姿に関しては毎回思うことは多いのですが、淑女ですもの。表情に出す事なく納めております。

　ーーー納めることが出来ない時は、学園にある時計塔に登って、鐘が鳴ると同時に叫びますの。気持ちがスッといたしますの。ストレス解消にはこれが一番！

　但し、耳栓は三重にしないと、間近の鐘の音は卒倒するほどの威力がございます。ご注意下さいませ。

　これに関しましては私、経験者ですので。