『漫勉neo 大友克洋』を見て再認識す
大友克洋って、天才だったんだね。今さらだけど。いやあ……その凄さを思い知った回だった。
とりあげたのは大友克洋を一躍有名にした作品『童夢』の生原稿。これを浦沢直樹が細かく見ていく。浦沢直樹にとって『童夢』とは、「人生を変えた一作」だったそうだ。あまりの衝撃に、本屋で見て呆然としながら家に帰って、慌てて本屋に買いに戻ったという。
じゃあ、何がそんなに凄いのか? つまり、その『表現』方法が新しかったのだ。冒頭、「羽のついた帽子」について話すふきだしで始まるのだけど、そんな話をしてるから子供かと思いきや、おじさんなのだ。しかも羽の生えた帽子を被ってる。その人物が団地を歩いてるのだけど、「ドサッ」という小さいふきだしが団地の合間に浮かぶ。……つまり、恐らくは投身自殺しているのだ。
投身自殺してるのをそのまま描くのではなくて、遠景から団地を描いて、その中で起きた小さな出来事として描くこと。この感じは、『童夢』のその後の展開でも続いてるかもしれない。実は事件は、超能力が使える認知症と思われていた爺さんのチョウさんの仕業だ。けど、その超能力を知り、自身も超能力者である少女エッちゃんとチョウさんのバトルが、団地で始まる。
有名なのはお椀型に壁が凹む描写か。けど例えば、ズーッとサイレントな感じで進んできたのが、急に周囲の雑音が聞こえるようになるとか。強調したいコマは、敢えて背景を真っ白にしちゃうとか、大友克洋本人の口から、執筆当時に何を考えてそういう表現にしたかが話される。それを聴いて、つくづく思った。大友克洋は天才だと。
描き込みの細かさのレベルや、建物のデッサンの消失点を凄く遠くにとって描いたりとか、ちょっと僕は考えもしなかったレベルで、『画面の表現』について考えてるのが衝撃だった。本物の漫画家は、そこまで画面について考えるか。
けど同時に思った。僕が『童夢』を全然、好きじゃなかった理由が判った。『童夢』には、登場人物のドラマも、葛藤も、その戦いが何故始まり、なんの意味があるのか? そしてそれを通して作者は何を『主題』としてるのか? そういう『中身』がほぼない作品なのだ。僕は「中身」が大事な人なのだ。




