能を見てきた!(前編)
謡の会にいるのだが、先生が能会に出るというので、四人で見に行った。先生は東京で観世流で本格的に学んだ――という事は聴いていたのだが、この能会はかなり大きなホールでやるもので、そこに出演されるというのは本当に凄い先生なんだと改めて感心した。そんな先生に教わってるのは、ありがたい話だ。
で。始まるとまず関根翔丸という若い人が出てきて、演目の紹介などし始めた。で、この人が最終演目である『船弁慶』のシテを務めるというではないか。実はこの方、僕らの先生の先生のお孫さん――という事だった。そうなのか!
そしてその後が連吟の『嵐山』で、ここに先生が登場した。七人で謡っていたが、その中の一人で、先生は足がお悪いのに正座して謡っていた。心配だったが、なんとか立って退場されてホッとした。
そして能の『田村』である。これは坂上田村麻呂を題材にした曲だが、典型的な『夢幻能』の形式である。夢幻能は、旅の僧が出てきて、最初に会った人物(前シテ)にその土地に由来する人物の話を聞く。しかしその語った人物が亡霊だと判り、後段はその人物本人の亡霊(後シテ)が現れて仔細を語る。
この『田村』では、最初に箒を持って出てくる童子が田村麻呂と清水寺の由来を語り、後段で田村麻呂本人の亡霊が現れる。内容としては千手観音の加護で蝦夷が討伐できたと語るもので、お祝い感の強い語りである。後段の武者姿のシテの舞が非常に勇壮でよかった。
それから狂言の『清水』があり、これは太郎冠者が主人に水を汲みに行けと言われるが、行きたくないので、途中で鬼に会ったと嘘をつく。それならば、と主人が行った先で鬼に化けて脅し、それがバレて退場…的な曲だ。
そこで休憩を挟み、後半は仕舞四曲から始まった。笠の段、網の段、鐘の段、鵜の段の四曲で、最後の鵜というのは、本当に鵜飼の舞である。で、前半に集中して見たので、ちょっと眠くなったが、鵜の段が始まって目が覚めた。
なんか、凄い人が舞っている! 動きが全然、違う! 歩みも緊張感があるし、止まっていても緊張感がある。誰だ、この年配の人! とか思ってパンフ見ると『観世喜正』さんではないか! マジか! 迂闊過ぎた!!!




