田沼意次――名君じゃん!!
『歴史探偵 田沼意次vs松平定信』を見た。最初に田沼意次を調査するのだが、これが驚きだ! 田沼意次の領地だった相良藩――現在の静岡県の牧之原市に行くと、現在でも田沼意次の人気は絶大で、皆、意次を慕っている。え~、ほんとに? とか思うが、吉良上野介の地元では人気だというので、そういうものか、とも思った。
が! どうも話を聞いてるうちに、こちらの印象が変わってきた。まず、意次の戯画が紹介された。金塊を両手に持って、口の部分が『田』の形になっていて、眼の部分が〇六個――田沼家の家紋を象った、妖怪の絵が江戸で流布した。意次の政治を揶揄した戯画である。――が、僕は逆に思った。
こんな絵が出回るということは、これを取り締まりもせず、描いた者を罰しもせず、放置していた――という事だ。こういう政治風刺を『取り締まらない』というだけでも、評価できる。政治というのは、評価を甘んじて受けるくらい鷹揚でなければならない。
また意次が相良に来たとき、領民は「殿さまが来たらしい」ということで、総出で街に出てきて、高台にある城から城下を見下ろす意次を皆で見ようとした。それを知った家臣たちが、棒を持ちだして領民を制そうとするが、意次はそれを「捨て置くべし」として取り締まらせなかった。
意次は農業だけでなく、名産品の生産などを振興して、領地を経済的に盛り上げた。単純に言って政策だけでも結構、成功してるのだが、意次の逸話がさらにある。
それは意次が城下を巡回してた時、足元がおぼつかない老人が一人行列の前に出てきた。無論、それだけで斬られてもおかしくない状況だが、護衛の武士が棒でその老人を叩いて痛めつけた。しかし意次は、それを止めさせる。そして、あろうことか、その老人を痛めつけた武士に罰を与えたのだ。
今まで色んな話を聞いてきたが、百姓を助け武士の方を罰した――というような武将の話は聞いたことがない。本人が身分が元々は低かったせいか、下々の痛みが判る、素晴らしい君主ではないか! いやあ、意次、超見直した。『べらぼう』や『剣客商売』でも意次は出てくるが、実像の方が素晴らしい。




