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小説における視点問題


自分が投稿サイトに投稿するようになって、他の人の作品も散見するようになった。面白い、面白くない――というのは好みの問題もあるので、なんとも言えない。が、一つ他の人の作品を読むことで非常によく判ったことがある。それは『視点が定まってないと、やはり読みづらい』という事だ。


これは小説講座、みたいな類の本では真っ先に書かれてることで、少なくとも公募する小説というのは、この「視点のブレ」がある作品はまず一次選考を通らないと言われている。


しかし実のところ、「そんなに重要か?」とか思ってたのだ。というのも、視点を主人公に限定すると、書けるシーンが非常に狭まるからだ。たとえば『ガンダム』では、主人公アムロのサイド7の生活が描かれる一方で、そこに突入してくるシャアが描かれる。視点を主人公アムロに限定すると、シャアのパートは描けない――という事だ。


主人公と敵を同時に書けないし、主人公とその恋の相手、さらに広げてそこに介入しようとしている第三の恋のライバルの視点を、一度に書いたりすることはできない。これは映像メディアの表現に慣れた世代にとっては、非常に面倒な制約だ。そんな「視点の限定」なんて、旧世代のこだわりなんじゃないの? とか思ってたのだが……


よく判ったのだが、自分が書くと気にならないが、他人が書いてるのを読むと、物凄く読みづらい――という事がはっきり判った。例えば視点を変える時は、必ず章とか節を変える、というような工夫を多視点の有名作では大概とっていて、一つの節の中で視点がコロコロ変わるような作品というのはまずない。


なにげなく書いてるかもしれないが、例えば戦闘シーンで主人公の狙いの後に、すぐ敵の狙いの描写が出てきたり、とか。恋愛もので主人公の内面のドキドキのあとで、ヒロインの方のドキドキも書かれたりとか。判らなくはないんだけど、やっぱり視点がブレるのは読みづらい。が――


そうして制約を守っていくと、小説というのは自由になんでも書けるように見えて、実は映像表現よりずっと制約の多い表現しかできないという事が判る。という訳で、実は一人称で書いてた作品に、三人称を導入した言い訳である。


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