『人間はどこまで家畜か』を読んだ
『人間はどこまで家畜か 現代人の精神構造』(熊代亨著 ハヤカワ新書)を読んだ。これは最近読んだ本の中では、一番面白い本だった。前にちょっと立ち読みしたのを取り上げたんだけど、その時の感想は24年9月18日 ep108
で書いているので、動物の家畜化についてはそちらで。
で、その時に興味を持った本が年末に借りられたので一気読みしたんだけど、このエッセイで取り上げようと思ってるうちに、うっかり返却してしまった。しまった! 内容がうろ覚えだ。ので、うろ覚えのまま書く。始まりは家畜化された動物の変化で、ざっくり言うと攻撃衝動と性衝動の低下、が顕著だ。
面白かったのは進化生物学、というジャンルがあるという事だ。それで、この本は凄く面白い試みをしていて、参考文献を巻末にではなく取り上げたページの左端に紹介しており、そこで進化生物学の本を幾つも取り上げていたのだ。原著も面白そうだと思った。が、メモ取る前に返しちゃった。大失敗だ。
それでヒトの歴史の中でも、暴力が社会の中で肯定的に扱われる時代があったし、生と死は非常に近接していて、子供などはすぐに死ぬ存在として扱われていた。というような歴史的検証を、アナール学派の歴史文献なんかから論証していた。これも中々面白かった。
さらには人は、環境に適応する一般的な進化以上に、文化的・社会的環境に適応する進化能力が強いのだとし、攻撃衝動が弱まった現代社会のなかで生まれた価値観に、人がどう従って生きているか、という事を検証する。しかし、誰もがおとなしく、従順に、他人の感情を忖度して生きるような環境に適応できるわけでなく、そういう現代社会に適応できず心を病む人たちのことも取り上げている。
というか、熊代先生はそもそもが精神科医であり、そういう人たちを診る中で「現代社会はどうなっていくのだろう?」という問いから、進化生物学や歴史などに手を延ばしたと言っている。それはゴールではなくスタートなのだ。
この本に書かれているSF的未来予想が面白い。例えばセックスはせずに、子作りは管理コンピューターがするとか、子育ては専門職が行い、親はしないとか。色々、面白い話が詰め込まれていた。実に示唆に富んだ一冊である。




