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裏の裏、を考える

情報リテラシーの裏の裏、というと判ったような気になるが、よく判らない、かもしれない。最近、気になったのはNHKでやっていた『3か月でマスターする江戸時代』を見ていた時のことだ。


例えば、「犬将軍・綱吉は駄目な将軍と言われてるけど、実は意外に優秀だった」とか、「江戸時代は鎖国していた、と思われてるけど実はそうでもなかった」みたいな感じで、やたら『定説をひっくり返す』ということをやっていたのだ。で、話を聞くと、定説をひっくり返すほどの話でもなかったり、全然、そのひっくり返しに同意できなかったりする事が多かった。


こういう事はやたらあって、「信長は実はいい人だった」とか「明智光秀は実はいい人だった」とか、なんかやたら『定説をひっくり返したがる』傾向が最近はある。まあ、安易に『定説』なるものを信じてるのもまずいかもしれないが、安易に『ひっくり返し』を信じるのも同じくらい危険だ、と思うのである。


特に問題なのは、この「ひっくり返す側」は、大概「定説ではこうなっているが……」「ずっとこう信じられてきたが……」「公にはこう言われているが……」という『前置き』の後に、『新たなる真実』が語られる、という構造を持ってることである。その『前置き』が、つまり『表』である。


情報リテラシーではよく、「異なる意見の双方を見ましょう」という事が言われる。だが、この「ひっくり返す」側の話は、『前置き』を含むことで、あたかも「双方」の見解を織り込んでいるような錯覚をさせるのだ。しかし実際には、ひっくり返される『表』側の見解は、充分には紹介してない。というか、意図して自説の邪魔になるような情報は伏せてることも多い。


けど「ひっくり返す」側の見解を信じる人は、「自分は『表裏』双方の説を知ってるのだから、情報リテラシーは十分に気を付けてる」と考える人が多い。これが間違いだ。実際には「裏」しか見てないのに、「表」を知ってると思い込んでいる。


『裏の裏』を見る、という事はつまり『表』の見解を十分に知る、という事だ。そしてそれは例えば、きちんとした文献にちゃんとあたるとか、定説をきちんと学ぶ、という事である。それはネットでちょっと見る…ほど簡単ではない。


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