読書とストレス
物凄く面白い! …と、前回書いた『第三の時効』だけど、実は多分15年前くらいに読んでた、と思う。出版が2003年。表題作の『第三の時効』を読んだら、「何か読み覚えある!」とか思って想い出した。
ただ。読んだ当時はいい印象じゃなかったのだ。「なんか……殺伐とした世界」とか思って、そのシビアさ、容赦のなさに耐えられない、とか思って「これは僕の好きな作家さんじゃないな」という判定だった。が!
どうだろう、この現在。今、僕がもっとも注目しているのは、横山さんだ。。この違い。一体、どういう経緯で生じたのだろう? 簡単な言い方をすれば『大人になった』のだろう。昔はこの作品の殺伐とした雰囲気、シビアさ、リアルさに耐えられなかった。なにせ、出てくる登場人物は皆、苦悩や葛藤、憎悪を抱え込んだ人物で、互いに反目し、敵対し、救いの余地がない。
じゃあ、今は何故好きか? その透徹した殺伐感に、「凄い」と感嘆せざるを得ないのだ。現実というのは問題が山積みで、人は互いに憎悪や葛藤を抱え、問題はすっきりと解決されることはない。そういう現実をイヤになるくらい知ると、そういう現実の厳しさを背景に持ちつつも、どこかでもがくような物語に感動するようになる。それが『第三の時効』だ。
『なろう読者はストレスフリーじゃないと読まない』という事を前回に書いた。横山作品は、はっきり言うとストレスフルな作風だ。『64』の映画をみた時も、本当にそう思った。全編が緊張感に包まれていて、気を抜く暇がない。ストレスフリーを求める読者は、まずついてこれない世界だ。
なろう読者は、それだけ若い、という事だと思う。実年齢は関係ない。精神年齢の問題だろう。けど、僕も別に大人なわけじゃない。例えば山崎豊子のような作家は、重たすぎて読めない。けど、昔は大人が、大人の小説を読んでいたのだ。僕は残念ながら、そこまで大人の嗜好になりきれない。
というのも、僕の基本が手塚治虫だからだ。僕は手塚信者である。しかも『ブラックジャック』がバイブルなのだ。手塚先生が例えば『MW』や『きりひと賛歌』のような大人漫画だけ描いている人だったら、ファンになってないだろう。子供枠のなかで、シビアな描写。…多分、それが僕の好みなのだ。




