28 ディートリヒの誕生日4
ダンスが終わると、拍手とともに国外からの賓客の一人が二人のもとへとやってきた。
女性的な雰囲気のある美青年で、どことなくリーンハルトと雰囲気が似ている。ただ兄よりは、はるかに堂々としたいで立ちだが。
「ディートリヒ皇帝。素晴らしいダンスでした。改めまして、お誕生日をお祝い申し上げます」
「ラウレンティウス王太子。遠路遥々、祝いに来てくれて感謝する」
(リーンが留学している国の王子様だわ)
ディートリヒの話によると、リーンハルトが留学しているのは帝国の南側と接している国だ。
そのせいか、王太子の衣装は帝国よりも開放的なデザイン。小麦色の肌と輝く金髪が目を引く、太陽の国の人というイメージだ。
二人は名前で呼び合うくらいには親しい関係のようだ。
「そちらの美しいご令嬢は、陛下のご婚約者ですか?」
「いいや。世話になっている家臣の妹だ」
ディートリヒがそう説明すると、ラウレンティウスは爽やかに笑みを浮かべる。
「それでしたら。私がダンスを申し込んでも問題ありませんね」
「あっいや……」
「ご令嬢。帝国での滞在の思い出に、どうか彩を添えてくださいませんか」
リーゼルはちらりと、ディートリヒを見た。彼は困った様子でリーゼルを見つめている。
今日はひたすら隣にいるだけで良いと指示されているが、賓客の願いを無下には断れない様子。
(陛下の大切なお客様だもの。おもてなしするのも私の役目よね)
そう判断したリーゼルは、ラウレンティウスへとにこりと微笑んだ。
「私でよろしければ、ぜひ」
ラウレンティウスは、リードもしなやかで優雅さに溢れている。会場にいる女性たちの視線が先ほどと明らかに違い、彼にうっとりしていることがよくわかる。
リーゼルも、綺麗なものを愛でる気持ちで踊っていると、彼がリーゼルの耳元へ顔を寄せてきた。
「リーゼル嬢。リーンハルトを連れてきました」
「えっ。リーンを?」
まさか隣国の王太子から兄の名前が出るとは思わず、リーゼルは驚きながら彼を見つめる。
「私が滞在している離宮にいます。お茶会の招待状を送りますので、明日にでも来てください」
彼はどうやら、それを伝えるためにダンスを申し込んだようだ。事情は理解したが。
「王太子殿下がなぜ……」
「彼とは友人だからです。詳しい話は明日にでも」
とにかく兄は無事に帝国へと戻ってきたようだ。リーゼルはほっと息をはいた。
今回の件について聞きたいことはいろいろあるが、明日には会えると思うだけで嬉しさがこみ上げてくる。
しかしリーゼルは自分の置かれた立場を思い出す。
「ですがこの姿は臨時のものでして、陛下の許可なしにこの姿で宮殿へ赴くわけには……」
「普段は皇帝の侍従だったか。大丈夫。私に任せて。必ずリーンに会わせるから」
「感謝いたします。王太子殿下」
にこりと微笑み合う二人を、ディートリヒは今にも襲いかかりそうなほどの威圧感で見つめていた。
「ラウレンティウスめ。リーゼル嬢と密着しすぎだ……」
しかし、相手は獣人ではないので無意味。
人間であるラウレンティウスは、獣人の国に興味を持ち、留学へ来たことがある。
獣人のようにディートリヒを恐れることもなく、二人は友人となりこうして誕生日を祝う関係となったが。
まさか、このように敵視する日が来るとは。
リーンハルトの手を握りながら、ディートリヒのもとへと戻ってきたラウレンティウスはにこりと微笑む。
「ディートリヒ皇帝。明日はリーゼル嬢を、お茶会へ招待しました。皇帝にとっては今夜限りのパートナーのようですし、問題はありませんよね?」
まるで、リーンハルトは貰ったと言いたげな態度。イラっとしたディートリヒは、リーンハルトの腰を抱いて引き寄せる。
「リーゼル嬢を首都へ招待したのは俺だ。責任をもって同行しよう」
(どうしちゃったの二人とも……?)
二人を交互に見つめたリーゼルは混乱する。
なぜか、お互いにリーゼルを掴んだまま、ずっと微笑み合っているのだ。
しかもディートリヒは明日のお茶会に同行すると言っているし、無事にリーンハルトと再会できるのか。
不安がつのるが、それにしてもいつになったら二人は、リーゼルを離してくれるのだろう……。





