24 住み込みのリーゼル5
翌朝。
リーゼルは、心地良い気分で目覚めた。視線の先にはディートリヒの顔が。どうやら彼は、今までずっとリーゼルを抱きしめていたようだ。
(良かった。作戦は成功したようね)
気持ちよさそうに眠っているディートリヒを見て、リーゼルはほっとする。
安眠を邪魔しないためにも彼が目覚めるまで、もう少しこのまま寝ていよう。
そう思ったリーゼルだが、彼の感触が妙にダイレクトに伝わってくることに気がつく。モフモフごしでもなければ、布ごしでもない。
自分の身体に目を向けたリーゼルは、心の中で叫んだ。
なぜか、羊の姿から人の姿に戻ってしまっている。
(いつもは、こんなことないのに……)
リーゼルにとって、もっとも安らげる姿は羊の姿であり、昨夜はディートリヒの体温を感じながら心地よく眠ったはずなのに。なぜ途中で人の姿に戻ってしまったのか。
とにかく、女性だと知られたら大変だ。
リーゼルは光の速さで侍従部屋へと戻った。
その朝。久しぶりにぐっすりと眠ったはずのディートリヒだったが、今はすっきりするどこか罪悪感で押し潰されそうだった。
(なんて夢を見てしまったんだ。リーンハルトが女になる夢なんて……)
よりによって、リーンハルトを抱きしめながらこんな夢を見てしまい、本人に申し訳ない。
彼は純粋に、ディートリヒの体調を心配しての行動だったというのに。
そんな悩みでいっぱいのディートリヒを、リーゼルは心配しながら見つめていた。
どうやら人の姿は見られていないようだが、彼の疲れが取れた様子も見られない。むしろ今の姿を見る限り、悪化しているような……。
「……陛下。私のせいであまり眠れませんでしたか?」
モフモフは途中で解除されてしまったようなので、逆に眠りの邪魔になっていたかもしれない。
「いや、今までにないほど熟睡できた。見てみろ。目の下のクマが消えているだろう?」
ディートリヒは目元を指さしながら、リーゼルへと顔を向ける。その姿を近くでじっくりと観察したリーゼルは、少し安心する。
彼の目元は、ほんのりピンクに染まるほど血色がよくなっている。
「わあ本当です。よかったあ!」
昨日の行動はやはり無駄ではなかったようだ。
喜んでいると、レオンが執務室へとやってきた。
「おはようございます。陛下。今日は顔色がよろしいですね」
「リーンハルトのおかげでな……」
「私が陛下の抱きまくっ――」とリーゼルが言いかけたところで、ディートリヒが「ごほんっ」と咳払いをした。
「それより、何か報告でもあるのか?」
「はい。陛下の誕生日パーティーの件なのですが、パートナー希望者の一覧表をお持ちいたしました」
レオンが一覧表の紙を渡すと、ディートリヒは読みもせずにため息をついた。
どうせこのリストに載っている令嬢たちは、親に命令されて仕方なく立候補しているだけ。
本当に選ばれでもすれば、恐怖して体調不良になるのは目に見えている。
「いつもの誕生日のように、パートナーなしではいけないのか」
「陛下も二十五歳となられますし、婚約者の見通しくらいはお示しになりませんと、ヴァイスがうるさいですよ」
「はあ……。リーンハルト。妹にはやはり、会わせてもらえないのか?」
(なぜここで、私が出てくるの?)
本当の姿で会うこともできるが、リーンハルトの紹介なしに突然リーゼルが現れるのは不自然だ。
かといってリーンハルトの居場所ははっきりしていない。呼び戻すには時間がかかりそうだ。
「そんな顔をしないでくれ。無理を言ってしまったな。忘れてくれ」
ディートリヒはそう微笑んだが、問題は重要なのか無理して表情を作っているように見える。
陛下の役に立てないのは、リーゼルとしても辛い。
「……陛下はなぜ、妹に会われたいのですか?」
「俺の悩みを聞いてくれるか?」
そう言ってディートリヒが話し始めたのは、シュヴァルツとヴァイスの覇権争いについてだった。
シュヴァルツ・ヴォルフとヴァイス・ヴォルフはライバルでもあるが、持ちつ持たれつの関係でもある。
この世界の獣人は、運命の番と結ばれたならば必ず、子どもは男性の種族を引き継ぐ。そうでない場合は、生まれて見なければわからない。
皇帝であるディートリヒがシュヴァルツ・ヴォルフの血を残すには、運命の番を見つける必要がある。
けれど、運命の番を見つけるのは容易ではない。
歴代の皇帝は運命の番を見つけられないことが多く、その時の保険として両家門に交わされている約束が、ヴォルフ同士の婚姻だった。
色は違えど同じ狼族。狼族がこの国を統治し続けるため、両家門はずっと協力し合ってきた。
その条件が、二十五歳までに運命の番が見つからない場合は、シュヴァルツとヴァイスで婚姻するというものだった。
「だが俺は、運命の番を諦めきれないんだ。だから、より多くの女性と出会う必要がある。俺はリーンハルトを気に入っているから、その妹ならもしかしたらと思ったんだ」
「そうでしたか……」
(私は運命の番ではないのね……)
リーゼルを目の前にしても、彼は何も感じていない。女性の姿で合わずとも結果は明らかだ。
ディートリヒに対して、恋心を抱いていたわけではないはずなのに。なぜだが胸が締め付けられるように痛くて、悲しい。
「リーンハルト。頼みがある」
「はい、陛下」
「パーティーで、俺と一緒に入場してくれないか?」
その言葉に驚いたのは、リーゼルよりもレオンだった。
「陛下! 希望者の女性を全て断り、男性と入場なさるおつもりですか」
「仕方ないだろう。適当な女性を選んでしまえば、いらぬ期待を持たせてしまう。それならいっそ、信頼する家臣と入場したほうがマシだろう?」
「しかし陛下の忠臣は他にもおります。彼らを差し置いてリーンハルト卿を選ばれるのでしたら、それなりの理由がございませんと……」
レオンの意見は最もだ。新人の侍従が陛下と入場するなど不釣り合いにもほどがある。
けれどディートリヒは、貴族女性に対して誠実に振舞おうとしている。彼女らを傷つけないよう配慮しているのだ。そんな素敵な陛下の役に立ちたい。
「あの……。私が女装するというのは、いかがでしょうか」
そう提案してみると、ディートリヒはなぜか顔を赤らめた。





