15 隣国のリーンハルト
男性に異常なほど人気が高かったリーンハルトは、アカデミーではいつも居心地が悪かった。その人気はなぜか、異性に向けるようなものだったから。
好きだとか、愛していると書かれた手紙や、女性に贈るような綺麗で可愛いアクセサリーのプレゼント。デートへ誘われたことも何度もあった。
カイと一緒に居られない時間はいつも、男性から逃げ回り、隠れるようにして過ごしていた。
そんな時だった。隠れる場所を提供してくれたのが、このラウレンティウスだった。
初めはラウレンティウスに対しても警戒していたリーンハルトだったが、彼は友人として以上の気持ちを持っていないということに、すぐに気がついた。
彼は人族で、単に異種族である獣人に興味があり、仲良くなりたいだけのようで。話題はもっぱら、獣人と人間の違いについてだった。
なぜ助けてくれるのかと尋ねた際は、「女性のように扱われる気持ちはわかるから」と。
実際ラウレンティウスは、とても綺麗だ。リーンハルトとは異なり、背が高くて魅力的な男性という意味だが。そんなラウレンティウスも幼いころは女の子と間違われ、嫌な思いもたくさんしてきたのだという。
相手が純粋な同性愛者ならば、真摯に向き合い、丁寧にお断りできた。
けれど、リーンハルトやラウレンティウスに好意を向けていた男たちは、少し違う。女性という目線で、二人を見ていた。
二人には女性になりたい願望はないというのに、一方的な押し付けが嫌だった。その感情で意気投合し、二人は密かに親友となった。
「そんなことはないさ。ここへ来てから筋肉もついたようだし、着実に成果が実っているように見えるよ」
「嬉しいです。家族には置手紙だけで別れてしまったので、早く戻って安心させなきゃ」
「そうだね。たくましくなった君を見たら、ご両親はさぞお喜びになるだろう」
ラウレンティウスの勧めでリーンハルトは、剣術を身に着けている最中。立振る舞いが変わり堂々と振る舞うことができれば、相手は勝手な押し付けをしてこないと。
これはラウレンティウスの実体験からくるものだ。
実際、剣術の稽古を始めてから、リーンハルトは自分でも実感できるほど男らしくなれた。
今までは気弱なばかりに、リーゼルの後ろに隠れてばかりで。それがなおさら、なよなよとした自分を作っていた。
堂々と生まれ変わった姿を、早くリーゼルやカイに見せて驚かせたい。
二人が雑談をしているところへ、一人の騎士がやってきた。
「殿下。シャーフ家の調査結果が参りました」
調査と聞いて、リーンハルトは首を傾げた。
「僕の家の調査ですか……?」
不思議そうに書類を見つめるリーンヘルトへ、ラウレンティウスはうなずいた。
「君のご実家から手紙が来ないことを、ずっと気にしているだろう? 急な留学を誘ったのは私だから、状況くらいは把握しようと思ってね」
「そこまでしていただいていたとは……。やはり、家族は怒っている様子でしょうか……」
以前から聞いていたシャーフ家の雰囲気なら、留学を反対したりしないと、ラウレンティウスは考えていた。
けれど、リーンハルトは家族に言い出せず、置手紙だけで出てきてしまった。
家族が混乱しているようなら、支援するつもりで調べさせていたが。報告書を読み進めたラウレンティウスは、眉間にシワを寄せた。
「これはどういうことだ……? リーンハルトは予定どおりに領地を出て、皇宮の官吏叙任式に出席したそうだ。今は皇帝の侍従をしているらしい……」
困惑しながらリーンハルトを見ると、彼は心当たりがあるのか表情が青ざめてる。
「それ、きっとリーゼルです!」
「君の双子の妹という?」
「はい。リーゼルが僕のふりをして、皇宮で働いているに違いありません! どうしてなんだ……。僕のことが信じられなかったのかな?」
家族へは置手紙だけで済ませてしまったが、リーハンルトは正式な嘆願書を皇帝陛下へと送り、許可も得ている。
一方的な嘆願書ではあったが、これくらいのほうが熱意が伝わるとアドバイスしたのはラウレンティウスだった。
ラウレンティウスは留学中に、皇帝ディートリヒと何度も交流したので、それなりに性格は把握している。
獣人の頂点に君臨するディートリヒは国民から恐れられているようだが、獣人ではないラウレンティウスから見れば、ただの生真面目な青年にしか見えなかった。
そしてディートリヒは、真剣な考えに対しては耳を傾け、尊重するタイプだ。
けれど、それを理解している貴族はティア国にどれくらいいるのだろうか。ましてやシャーフ家は、地方貴族。皇帝と会う機会も少ないはず。
「っというよりは、皇帝を恐れたのかもしれないね。済まないリーンハルト。私が直接、ご両親にお話しするべきだった……」
「殿下のせいではございませんよ! 僕が臆病なばかりに、皆に直接言い出せなくて……。しかもリーゼルが陛下の侍従だなんて。すぐにでも戻って、リーゼルと交代しなきゃ!」
おろおろし始めるリーンハルトをなだめるように、ラウレンティウスは彼の肩に手を置いた。
「焦るなリーンハルト。この報告書によると、皇帝に大層可愛がられているようだよ。皇宮内でも人気だとか」
「さすがリーゼル。僕より度胸があるな……」
常日頃、リーンハルトから妹についての話は聞いていたが、これほど大胆な行動を取る女性であったことに、ラウレンティウスも驚きを隠せない。
それと同時に、あの皇帝に恐怖することなく可愛がられているという部分に興味が湧く。
見た目に惑わされることなく、本質を見極められる女性なのか。それとも誰に対しても人当たりが良いのか。
どちらにしても、『会ってみたい』という感情が湧く。
「君は震えているじゃないか。今、帝国へ戻ってもリーゼル嬢と交代できるとは思えないな」
「ですがリーゼルに迷惑が……」
「リーゼル嬢には悪いが、もう少しだけこのままでいさせてもらおう。どちらにせよ近いうちに、帝国へ行く用事がある。それまでに、リーンハルトは度胸をつけるんだ」





