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終盤の街に転生した底辺警備員にどうしろと  作者: 馬面
第一部04:競争と狂騒の章
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第062話 英雄症候群

「お気の毒ね」


「うわっ!?」


 未だに自分の身に起こった事が信じられず途方に暮れていた俺を、突然の声かけが襲う!

 嫌……ホント苦手なんだって。突然の職質思い出すから不意打ちやめて。突然鳴り響くスマホの着信音ですら嫌なのに。別に他人と話すのが苦手って訳でもないのに、あの音には最後まで慣れなかったな……


「ティシエラ……なんでここに?」


 一応、話しかけてきた相手は声ですぐにわかった。だからこそ理解不能が合わさって余計混乱したんだけど。『魔王に届け』のスタート地点で解説を担当していた筈のギルマスさんが、なんでこんな所に……?


「聖噴水を確認しに来ただけよ。モンスターが街中に侵入しているんだから、聖噴水が機能を停止していると考えるのが普通でしょう? 貴方もそれをしにここまで来たんだと思ったけど」


「まあ、そうなんだけどさ……こういう状況だから、俺とは違って戦える人はモンスター討伐と住民の救出を優先すべきなんじゃないの?」


「生憎、今の私は戦えないわ。魔法力を使い果たしたもの」


 ……え? そんな簡単に使い果たして大丈夫なもんなん?


「私の他にも大勢の戦闘要員がいる中で、敢えて力を温存する理由もないでしょう? なら最初から上級魔法を連発して、可能な限り早めに一体でも多くのモンスターを倒すのが最善。魔法力が尽きたら、もう戦えないから聖噴水の確認へ向かう。効率を重視しただけの話よ」


 そういう事か。確かに一理ある。モンスターの数が多い状態が長引くほど被害も大きくなるからな。戦闘慣れしてるというか、その判断力は流石ギルマスって感じだ。


「貴方の方はやらかしたみたいね。ヒーラーのお世話になると後々面倒よ。取り立てもしつこいし、万が一期限を過ぎても支払えなかったら本当に地獄を見るわ」


「……後学の為に教えて欲しいんだけど、地獄ってどんな感じ?」


「蘇生魔法を使える連中が本気で拷問を考案した場合、どんなやり口になるか想像出来ない訳じゃないでしょう?」


 はい、想像出来ました。散々痛めつけて蘇生させてまた痛めつける無限ループの完成ですね。最悪です。


 メデオが言っていた『蘇生魔法は命を奪う』って、そういう意味も含まれてたのか。まさかあんなしょーもないやり取りの中に、この世界の闇というか暗部が隠されていたとは。劇画タッチでレトロな昭和の紙芝居風オムニバスショートホラーアニメに出て来そうな話だ。


 なんだろう、このやりきれない気持ち。生まれて初めて架空請求の書類が自分の元に届いた時の薄ら寒い不安に似ている。頭の中では何とかなると思っていても、微妙にイヤな感じが拭いきれない。ずっと倦怠感を引きずるようなあの感覚とそっくりだ。


 オレオレ詐欺だのクリック詐欺だの、傍から見てる限りじゃ何であんなのに引っかかるんだバカだねーと余裕ぶっこけるけど、いざ自分に降りかかると平常心じゃいられなくなる。流石に二回目からは慣れるけどさ。


 にしても。にしてもだよ。

 幾ら命を救われたとはいえ、一度の回復で1490万円とか正気の沙汰じゃないって! 高額療養費みたく後で払い戻し受けられそうにないのが余計キツい。これマジで支払わなきゃダメなの? 不当請求の裁判とか起こせないの?


 はぁ……

 今は考えないようにしよ。


「ところで、このモンスターを倒したのってティシエラ?」


 頭を切り換えるべく、俺の目の前でバラバラ死体になっていたプテラノドン擬きを指差す。さっき俺を襲った奴なのは間違いない。だとしたら、ヒーラーだけじゃなく彼女からも救われた事になるけど……


「私じゃないわ。魔法力は残ってないって言ったでしょう?」


 そうなのか。この猟奇的な倒し方が、モンスターを切り刻んで満面の笑み浮かべてそうなティシエラのイメージに合致してたから、てっきり彼女が助けてくれたのかと思った。


 でも、だとしたら一体誰が……?


「貴方が助かった理由はこの際置いておくとして、それより聖噴水を見ないと」


「遠巻きに見た感じだと、特に何も変わっていないように見えたけど」


「少なくとも、枯渇はしていないようね。近くで見てみましょう」


 一足先に聖噴水へ向かうティシエラに俺も続く。幸い、上空を飛び交うモンスターがこっちに接近してくる気配はない。今襲われたらひとたまりもないからな。住民の姿も見えないし、この辺りは避難が完了したみたいだな。


 ユマもきっと逃げ切れただろう。逃げるのに必死で俺の方は見えていなかった筈だから、俺がここにいた事すら把握していないだろうな。それで良い。自己犠牲なんて究極の自己満足だからな。他人に知られて良い事は何もない。


 少なくとも俺が以前生きていた世界では、自己犠牲には否定的な意見の方が多かった。自分に酔っているだけだという辛辣な正論が大半だったように思う。


 それでも構わない。ヒロイズムに陶酔した露悪趣味だと自分でも嫌になるけど、自己犠牲に憧れている自分を否定する事は出来ない。まあ、あのまま死なせてくれれば良かったのに……とまでは思わないけどさ。別に死にたがってる訳じゃないし。ただ、終わるのなら自分の満足出来る終わり方が良い。そして、そのチャンスは今後そう簡単には訪れないのも、何となく理解している。だから少しだけ、葛藤がない訳でもなかった。


「見た限り、何か変化があるようには感じないわね。貴方はどう?」


 考え事をしている間に、聖噴水の前まで来ていたらしい。ティシエラが相変わらず無表情でこっちを見ている。目を合わせるのは苦手だから、思わず視線を逸らしてしまった。


「何?」


「あ、いや……俺は聖噴水に詳しい訳じゃないから、無責任な発言は出来ないっていうか」


「それは私も同じよ。水の成分にマギが含まれているくらいの事しか知らないわ」


 マギが人間だけに宿るものじゃないのは、拾ってクン六号の件で話した時にバングッフさんから聞かされていた。確かナノマギだっけ。武器にもマギが宿るのなら、水に宿っても不思議じゃない。


 万物に魂が宿るって考え方もあるからな。確かアニメイズム……じゃなくてアニミズムだっけか。割と日本では主流の考え方だろうな。八百万の神に通じるところがあるし。


 待てよ。だったら……


「拾ってクン六号で聖噴水内のマギの有無を観測出来るんじゃないか?」


「出来るかもしれないわね。もし聖噴水からマギが失われていたら、当然効果もなくなるでしょうし。試す価値はあるわ」


 何気ない提案だったけど、思いの外ティシエラは感心しているように見える。役に立てたのなら嬉しい。戦闘面では全く戦力になれないからな……


「余り気乗りはしないけど、シレクス家と話を付けてくるわ。貴方は何処か安全な場所に隠れなさい。見通しの良いこの場所は危険よ」 


「わかった。そうする」


「それと――――」


 踵を返し、拾ってクン六号の設置場所に移動しようとしていたティシエラは、その足を一旦止め、振り向かずに言葉を紡いだ。


「貴方のあの行動は、余り褒められたものではないわ。もっと自分を大切にするべきよ。貴方にだって、死んだら悲しむ人の一人や二人はいるかもしれないじゃない」


 ……他に言い方はないんでしょうか。一人もいないのが大本命って感じじゃないですか。私、傷付きます!


 にしても、見られていたのか……参ったな。自分酔い太郎とかナルシストモ君とか、変な渾名付けられなきゃ良いけど。


「……それでも、一切の躊躇なく行動を起こせたのは、日頃から想定していた証拠なのよね。だとしたら、貴方の自己犠牲は貴方なりに研鑽した末に得た信念……」


 それなら聞いてみても良い――――ティシエラはそう繋げ、立ち止まったまま嫌な質問をぶつけてきた。


「どうして、命を賭けてまであの子を助けようとしたの? 貴方にとって大事な人ではないのでしょう?」


 本音は言えない。でも、嘘もつけない。


 本来なら聞く必要のない質問だった筈。俺如きの思想にティシエラが興味を持っているとも思えない。それでも敢えて聞いたのは、権利の行使だ。彼女には聞く権利があるからだろう。


 俺がユマを助けようとした一連の行動を見ていたのなら、あのプテラノドン擬きを倒した奴も目撃していた事になる。でも彼女は敢えて惚けた。


 つまりは、そういう事だ。照れ屋さんめ。


 そして、その貸しをこの質問だけでチャラにしてくれるつもりでいる。違ってたら超ハズいやつだけど、間違いないだろう。


「深い理由なんてないよ。俺の命で、まだ将来ある女の子が助けられるのなら、それに越した事はないだろ?」


「貴方は命を区別するのね。なら、もし襲われていたのが老人だったら見捨てていたの?」


「……それはそれで、助け甲斐はあるかも」


 つい反射的に英雄症候群かぶれみたいな物言いをしてしまった。あれ、これもしかして中二病ってやつ? 俺やっぱそうなの? マズいよ……この年齢で無自覚の中二病はダメだ。中年なのに中二病の精神を忘れたくないとクドい主張をするのはギリギリありだけど、無自覚だとそれもうただのピーターパン症候群だ。ちょっと考え改めないと。


「フフッ」


 ほら笑われたー! あーもう最悪だよ。嫌な質問しやがって。良くないよそういうの。イジメってそういう何気ないところから始まるんだからね!


「そういうところは変わらないのね」


 ……?


 それって、どういう……


「貴方の救助活動には敬意を表するわ。トモ、住民を守ってくれてありがとう。ソーサラーギルドを代表して感謝します」


 最後に普段と違う丁寧語でそう告げ、ティシエラは離れて行った。それが心を開いてくれた証、なんて受け取れるほど純粋な心はもうない。


 ……さて。

 ティシエラに言われたように、俺もそろそろ避難しないと――――





 聖噴水ヲ元ニ戻セ

 




「……!?」


 何だ、今の。誰かいるのか?


 ……いない。ティシエラはもう見えなくなってるし、そもそも彼女の声じゃない。女性の声ではあったけど、もっと脳を抉るような荒んだ声だ。


 周辺に人影は見当たらない。なのに確かに聞こえた。これが俗に言う『脳内に直接』ってやつか……?


 怖っ! 俺もしかして呪われてない!? さっきのあのプテラノドン擬きの攻撃が追加効果『呪い』だったとか!? いやそれ以前にあの武器屋に長居している時点で……


 なんて冗談言ってる場合じゃないな。


 聖噴水を元に戻せ、だって……? そりゃ戻せるものなら戻したいけど……


「……」


 ダメ元だった。そう都合良くいく筈ないし、そもそも安直な考えだと自分でも半ば呆れていた。


 人間のステータスを調整できる。武器のステータスを弄れる。なら――――聖噴水のステータスも弄れるんじゃないか、って。


 水にステータスが存在するとは思えない。実際、その辺に落ちてる石とかじゃダメだったし、自然物は基本調整出来ないんだろう。


 でも、もしこの聖噴水が人間の加工した液体で、武器と同じカテゴリーだとしたら……


「昨日の状態に戻れ」


 ……特に変化は感じられない。やっぱり無理だったか。

 なんだよ、神のお告げみたいな声が聞こえたから、てっきり俺にそんな力があるじゃないかってその気になっちゃったじゃんか。また誰にも知られていない微妙な黒歴史が生まれてしまった――――



「グルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルァァァァァ!!!!!」



 何だ何だ!?


 鼓膜が押し潰されそうなくらいの絶叫。これって、あのプテラノドン擬きの悲鳴……か?


 空を見上げると、さっきまで飛び交っていた奴等の姿がなくなっている。いや……遥か上の方にいる連中はそのままだ。高度の低い、街に近い高さにいたモンスターが消失した感じだ。


 これってつまり、聖噴水の効果が復活した……って事だよな?


 ……え、マジで? また俺何かやっちゃいました?


 なんなんだよこのスキル。対象範囲ガバガバ過ぎやしないか?『20代から30代もしくは40代から50代の犯行』に通じるものがある。


 にしても……誰にも見られてないよな? もし見られてたら相当ヤバいぞ。

 元に戻せるって事は、さっきみたいな無効化状態にも恐らく出来る訳で……他に同じ事を出来る奴がいなければ、必然的に俺が第一容疑者だ。ただでさえ素性が不明なミステリアスお兄さんなのに、そんな容疑までかけられたら状況証拠だけで地下牢にとかに入れられかねない。怪盗メアロとグルだったとか色々ある事ない事言われそうだ。


 そうなれば、ルウェリアさんや御主人やコレットにも迷惑がかかる。あんまり深く考えずに聖噴水の調整を試したのは迂闊な行動だったかもしれない。もう少し周囲に気を配ってやるべきだった……今後は気を引き締めよう。


 さて、聖噴水が正常化したのなら、モンスターに襲われる心配はないよな。もうベリアルザ武器商会に向かっても大丈夫だ。


 何事もなけりゃいいけど……フラグじゃないよ? フラグじゃないからね?



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