第31話 幻像と決断と、最後の鍵
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未解析エリア――そこは、現実と幻想の境界線が曖昧になる不思議な空間だった。
見慣れたはずの樹木が歪み、静止しているかのように動かない。足元に伸びる影は、なぜか太陽と逆方向に揺れていた。
空気は重く、どこか甘い花のような匂いが鼻をかすめる。
「……ここ、気持ち悪い」
ユナが眉をひそめて周囲を見渡す。
マップアプリは機能していたが、表示される座標は数歩ごとにずれていき、まるで『本来あるべき座標』が迷子になっているようだった。
「これ、幻像干渉だな。現実の地形の上に、何か別の記憶が重なってる感じがする」
俺がそう呟くと、隣で歩くルルが立ち止まり、何かに気付いたように顔を上げた。
「あそこ……光ってる」
彼女が指差した先には、微かに揺らぐ淡い光があった。
青白く発光するその形は、まるで空間に刺さる杭のようでもあり、引き寄せられるように俺たちは草の中を進んだ。
近づくにつれて、光の輪郭がはっきりとしていく。
それは確かに、鍵のような形をしていた。
だが、今までの鍵とは明らかに違っていた。表面はくすんでいて、まるで『時間』をそのまま封じ込めたような古さがあった。
「なんだか……これ、私の中にあった気がする」
ルルが呟くように言いながら、その鍵をそっと手に取る。
触れた瞬間、微かな振動が空気を走り抜けた。
同時に、俺の目の前にホログラムのような光景が浮かび上がる。
そこに映っていたのは、学生服を着た自分だった。
そして、その前に座っているのは、まだゲームアバターとしての姿だったルル――。
映像の中で、俺はモニター越しのルルに笑いかけていた。
『そっちの調子はどう? 今日も迷宮に潜った?』
アバターのルルが、ちょっと不器用な笑みを浮かべながら頷く。
『うん、でも迷子になりかけた。いつも御崎くんのマッピングが頼りなの』
『そっか……。じゃあ、俺がちゃんと見守ってるってことでいいんだな』
その時の俺の声には、確かな照れと優しさが滲んでいた。
ふいに映像が切り替わり、次のログが再生される。
画面にはログイン待機画面と、いくつもの未送信メッセージが並んでいた。
――『今日もログインできなかったな。大丈夫か?』
――『何かあったなら、無理しないで。待ってるから』
静かに肩を震わせるルル。
「……これ、全部、本当に私に向けて書いてくれてたんだ……」
カエデが優しく言葉を添える。
「あなたが形を得られたのは、彼の“気持ち”が継続していたからよ。記録だけじゃダメだった。想いが繋いだの」
ユナが目元をぬぐいながら、ぽつりと呟いた。
「ルルって……ただのAIじゃないんだね」
ルルは何度か瞬きをしたあと、まっすぐ俺を見た。
「御崎くん。……私、自分が“人間じゃない”って気づいてた。でも、あなたと過ごしてると、そんなことどうでもよくなるの」
俺は自然と手を差し出していた。
「ルル。俺はお前のことを、キャラとかAIとかそういうもんで判断したこと、一度もないよ」
「……うん。うれしい。ありがとう」
そのとき、3つの鍵が同時に振動した。
光が交差し、空間の一部が裂けるように揺らぎ出す。
『最終階層“境界の記憶域” 開放条件、達成』
開かれた扉の向こうには、無数の光の粒が浮かぶ、真っ白な空間が広がっていた。
遠くに人影がある。
それは、まるでルルの“原型”のような姿だった。
「……ようこそ、わたしの中へ」
最終決戦の舞台。その扉が、いま開かれた。
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