第20話 静けさの中で、繋がる記憶
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転移の光が収まると、そこは今までとはまるで違う空間だった。
冷たい石畳ではなく、足元は柔らかな苔と草で覆われ、どこか安堵を誘う静けさに満ちていた。
迷宮の一部だとは思えない――それが最初の印象だった。
ルルは目を細め、ゆっくりと空気を吸い込んだ。
ほんのりと花の香りが漂っている。
ユナもまた、深く息を吐きながら辺りを見回していた。
その表情は笑っているようにも見えるし、少しだけ寂しげにも見えた。
誰も何も言わなかった。
しばらくの間、ただ静かにその場に立ち尽くしていた。
休息の空間――。それはゲームで言えば、セーブポイントのようなものかもしれない。
危険はない。敵も現れない。
けれどこの空間には、戦闘とは別の試練が隠れているような、そんな気配があった。
俺はスマホを取り出し、マップの状態を確認する。
『現在地:迷宮階層間隔エリア』
『次階層の開放まで、同期を待機中です』
どうやら、このエリアで一定の時間を過ごす必要があるらしい。
不意に、ルルが腰を下ろした。その背中は小さく見えた。
さっきまでの戦闘の疲れだけではない。
記憶――。いや、感情が彼女の体を重くしているようだった。
近くに腰を下ろし、声をかける。
「……無理してないか?」
ルルは、ゆっくりと首を横に振った。その動きは、かすかに震えていた。
言葉よりも先に、彼女の目からこぼれた涙がすべてを語っていた。
「……夢中で遊んでたあの頃、毎日が本当に楽しくて。
蓮くんと一緒にいた時間がどれだけ大切だったかって、今になって分かるの」
そう言って、ルルは小さく笑った。
「でも、私はちゃんとお別れを言えなかった。
あの日消えるって分かってたのに、怖くて言えなかったの。……それが、ずっと引っかかってた」
俺は、そっと彼女の手を取った。
「……それでも、またこうして会えた。
ルルがいたことも消えたことも、全部が嘘じゃなかったって分かっただけで俺は救われたよ」
ルルはふっと小さく息を吐き、俺の手をぎゅっと握り返した。
少し離れた場所で、ユナは二人の様子を黙って見ていた。
その顔に笑みはなかった。 けれど怒っているわけでも、責めているわけでもない。
彼女の視線は、どこか遠くを見ているようだった。
休息の空間に、小さな鐘のような音が鳴り響いた。
静けさを破らぬように控えめな音――。だがその音が、空間の切り替わりを告げるには十分だった。
『次階層が開放されました』
『迷宮は《選択の塔》へと形を変えます』
マップが自動で更新されスマホの画面に表示されたのは、まるで塔のようにそびえる立体構造。
一層ごとに異なる選択を迫られるフロア構成。選んだ道によって上れる階が変わるという。
「塔……。選択の、塔……?」
ユナが、思わずその言葉を繰り返した。
「登れるかどうかは選び方次第ってことか」
俺がそう呟くと、ルルが立ち上がった。
「行こう。私、今ならちゃんと選べる気がする。過去の自分と今の自分、どっちを選ぶかって言われても」
「うん、行こう」
ユナも、静かに頷いた。
彼女は誰よりも、言葉にしない強さを持っている。その目には、複雑な感情を押し込めた光が宿っていた。
俺たちは再び、迷宮の奥へと足を踏み入れる。
選択の塔――その頂に、何が待つのかは分からない。けれど少なくとも、もう迷っているだけの俺たちじゃない。
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