第16話 鍵と回廊と、よく似た声
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その階のいちばん奥にある扉は、思った以上に厳重だった。
ゴテゴテとした飾りの造りで、中央には鍵穴と回転式の石盤が埋め込まれている。
「これ、回す順番間違えたら床抜けるタイプのやつじゃない?」
「やだなそれ……。ベチャって落ちたら、また下層からやり直しとか?」
「どこかであったよねそういう罠」
「その『どこか』が大体トラウマなのよ」
ユナとルルがわいわい言いながら、俺の後ろで待機している。
俺はゆっくりと、先ほど手に入れた鍵を穴に差し込んだ。
『封鎖解除キーを確認――再起動します』
『システム同期完了。記憶階層:第2位、起動します』
「……記憶階層?」
「なにその響き、ちょっとカッコいいんだけど」
扉がギィィと重い音を立てて開くと、奥からひんやりとした風が吹き抜けた。
どこからか漂ってくるのは、乾いた紙とインクのような香り。
「図書館……みたいな匂い?」
「え、迷宮の中に図書館あるの? それはそれでワクワクするけど」
通路の先はやけに静かだった。敵の気配もなく、マップ上にも赤点は表示されていない。
「よし、行こうか」
俺が歩き出すと、後ろからユナが声をかけてきた。
「ちょっと待って。ここ、何か変だよ」
彼女の瞳が、静かに空間を見渡す。その横顔に、緊張の色が浮かんでいた。
「敵の気配はないけど……、だから逆に怖い。あまりにも静かすぎる。さっきまでの階層とは空気が違う」
「そう言われると……、確かに」
この静けさは自然ではない。音が吸い込まれるような不自然さがあった。
先頭に立っていたルルが振り返った。
「ねえ、ふたりとも。ここ、ちょっと変じゃない?」
「うん、わかる」
「わかるけど、具体的にどう変なの?」
ユナが首をかしげる。ルルはしばらく考えてから、ぽつりと口にした。
「懐かしい気がするの。初めて来た場所なのに……」
それは、以前ルルが言っていた『デジャヴ』にも似ていた。だが今回はもっと明らかだった。
白くぼやけた壁。間隔を開けて並ぶ石の柱。
見覚えがないはずなのに、俺にもふっと映像が浮かぶ。
(あれ……この角、前に曲がったことがある気がする……)
地図の構造すら、どこか記憶と重なっている。
まるでこの迷宮が、誰かの記憶を元に形作られているかのように。
「なあ、ルル。もしかしてこの場所……」
「わからない。けど、懐かしいのは私だけじゃないでしょ? 御崎くんもそうなんじゃない?」
俺は、ゆっくりと頷いた。
「そうかも……。昔のゲームで遊んでた時の、ステージの構造と似てるのかもしれない。
そう思ってたけど……、それにしても妙すぎる」
「だよね。ねえ御崎くん、そのゲーム誰と一緒にやってたの?」
「それは……」
言いかけた時、ふいに音がした。
カツン。
小石が床を跳ねるような、乾いた足音。
「誰?」
ユナがすぐに武器を構える。
空間の奥――柱の影から、ゆっくりと姿を現したのはあの女性だった。
「カエデ……!」
俺は反射的に構えたが、彼女は手のひらを上げて制止のポーズを取った。
「やめておいた方がいいよ。ここは『記憶回廊』。武器の効力、限定されてるから」
「……何しに来た」
「確認しに来ただけ。ほら、御崎蓮くん。あなたが『鍵』を使ったと聞いたから」
その声は落ち着いていて、どこか慈しむようでもあった。
けれど、その言葉のひとつひとつに、こちらの核心を探るような鋭さが含まれている。
「『鍵』って、さっきのやつ?」
「ううん。本物の鍵は、まだこれからだよ。あなたたちはまだ、扉の前に立っただけ」
「どういう意味?」
「意味なんて、いずれわかる。あなたが『彼女』をちゃんと思い出せたらね」
カエデの視線が、ルルに向けられる。ルルの表情がぴたりと止まった。
「……あたし、何か忘れてるの?」
「それは私が言うことじゃない。あなた自身が、確かめなきゃいけないこと」
そう言って、彼女は背を向けた。
「また会いましょう。次はたぶん、『本当の彼女』が現れる時だから」
その言葉を最後に、カエデの姿は消えた。静けさが戻った回廊で、3人だけの空間が残される。
「ねえ、蓮くん……。あの人の言ってた『彼女』って、誰?」
ユナがそっと聞いてくる。だが、俺にはすぐに答えられなかった。
「昔、一緒にゲームしてたフレンドがいたんだ。すごく仲が良くて、でも突然消えた」
「消えた……?」
「連絡も取れなくなって、アカウントも消えてて。それきり」
言葉を続けるのが少しだけ苦しかった。
もうそろそろ、向き合わなければいけないと思っていた。
「ルルがその人に似てるって、前から思ってた。でもまさか、本当にそうだなんて思いたくなかった」
「じゃあ、ルルの正体って……」
ルルは黙って、静かに手を見つめていた。
「ごめんね、蓮くん。私、自分のこと全部思い出せてないの」
「……!」
「でも、ひとつだけはっきり覚えてる。私、あなたのことが好きだった。昔も、今も」
その言葉は、真っ直ぐ胸に届いた。なにかを取り戻すように、俺はルルの手をそっと握った。
「ありがとう、ゆっくりでいい。思い出していこう、一緒に」
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