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猟犬クリフ~とある冒険者の生涯  作者: 小倉ひろあき
3章 中年期

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6話 新道の冒険 下

 その後の探索行は順調であった。



 数度、フォレストリーチが木の上から落ちてきたが、すぐに対処をしたために被害は軽微である。

 巨大な山蛭(やまびる)たちはクリフの投げナイフで次々と仕留められて行く。


 この技の冴えにトバイアスと兵士たちは驚きの声を上げた。

 特に落ちてくるフォレストリーチをナイフで迎撃をし、空中で仕留めた時にはトバイアスは口を開けて驚いていた。


「これは……義父上のナイフは凄まじいものです、どちらで学ばれたのですか?」

「我流ですよ……私は11才の頃より冒険者をしてましたから、体の大きな大人と張り合うために工夫をしたのです」


 クリフが過ぎた日を懐かしむような顔をした。


……不思議だ、あんなに辛かったのにな……


 クリフは不思議であった。


 腹をすかし、殴られ続けた毎日。


 辛く、悲しい過去も思い返せば自分にとって無駄ではなかったと理解ができ、悪くない思い出へと昇華しているのである。


 人は、過去を美化しがちだ。


「11才のころより戦いに身を置いていたとは……なるほど、義父上の凄みの秘密を知った気がします」


 トバイアスが驚くと、兵士たちも互いに顔を見合わせて頷き合っていた。


「また、我らにもその技を教えていただきたいものです」

「それは構いませんが……正直に言えばナイフは慣れと勘でしかありません」


 謙遜しているように聞こえるが、これはクリフの本音だ。投げナイフなどは「当て勘」とでも言うべき勘を磨くことくらいしか上達法は無い。

 クリフの従者であるバーニーにも始めこそ手取り足取り教えたが、彼もすぐに自らで研鑽を励むようになった。

 そしてバーニーは日々の鍛練の成果として、今ではクリフに迫る手裏剣術の隠れた名手となっている。



「お殿さま、あちらにキラービーの巣が確認できます。さほど大きくはありません」


 雑談の合間にも周囲を警戒していた兵士の一人がトバイアスに報告をする。彼が示す方を見れば確かにキラービーの巣が確認できた。


 まだ巣は小さく、季節も春だ……恐らくは営巣初期であり、成虫の数も少ないはずである。


「よし、駆除するぞ、放置しては危険が増す」


 トバイアスは兵士たちに松明(たいまつ)を用意させ、そこら辺の生木を燃やし、煙を立てる。

 そしてそれらを巣の方に放り投げた。


 たちまちにキラービーの巣は煙で(いぶ)され、怒り狂った巨大なハチが現れた。


 手の平サイズのハチに刺されては命に関わるし、彼らは肉食で人も補食するモンスターだ。危険な敵である。


 しかし、予想通り成虫は少ないようで5~6匹が現れたのみだ。


「よし、お前たちは松明で身を守れ!」


 トバイアスの指示で兵士たちは固まり、防御に専念する。キラービーに松明は有効で、互いに庇い合えば十分に身を守ることは可能だ。


 トバイアスを先頭にし、クリフとハンナが左右を庇う形となりキラービーを迎え討つ。


 凄まじい羽音と共に殺到する巨大なハチを、トバイアスは剣で叩き落とした。

 素早いキラービーは槍では(とら)えにくいと判断したのだろう、槍は投げ出したままだ。


 クリフも2匹のキラービーを投げナイフで仕留めた。


 特に凄まじいのはハンナだ。

 ハチの群れに突進し、次々に杖で巨大なハチを叩き落としている。


「……凄い……!」


 トバイアスがハンナの技に瞠目(どうもく)した。


 そして襲撃をしてきたキラービーを全滅させた後、ハンナが杖をハチの巣に投げ打った。

 杖は見事にキラービーの巣を砕き、カランと音を立てて地に転がる。


「よし、巣を燃やせ!」


 トバイアスの指示で兵士たちがキラービーの巣に駆け寄り、幾つかの破片となったそれらを念入りに松明で燃やした。


 うぞうぞと(うごめ)く幼虫が確認できたが、容赦なく松明で焼かれていく。

 数週間もすれば巣は大きくなり、危険度は飛躍的に増したはずである。


「無事に終わりました……それにしても義母上の剣技は凄まじいものです」


 トバイアスは心底感服したのであろう、ハンナを尊敬の眼差しで見つめている。


「あんなの簡単よっ、昔からハチの巣を突ついて剣の練習したもの。まとが大きくて楽だったわ」


 先程の汚名を返上したハンナが自慢気に(あご)を上げた。


……昔から、ね……


 クリフは少女時代のハンナを想像したが、今とあまり変わりの無いその想像に苦笑した。


 見ればトバイアスは明らかに引いた表情をしている。

 もしかしたら、息子のクリフォードにも同じことをさせるつもりではないかと想像したのかもしれない。


「ハンナ、まだ幼いクリフにはさせないよな」


 紛らわしいが、この「クリフ」はクリフと同名の孫のクリフォードのことである。


 クリフがトバイアスを安心させるためにハンナに問いかけると「まだ無理ね」と彼女は答えた。


「5才からさせましょ」


 ハンナは良い笑顔を見せ、トバイアスは青くなった。




………………




 その後はモンスターに出会うこともなく、バーチの町に到着した。


 新道の整備はバーチ側の方が進んでおり、最後の1時間ほどは大分(だいぶ)と整備が進んだ道を歩くことになった。

 今日も作業は行われており、道の草を刈り、地面を突き固めているようだ。


 トバイアスが現場の指揮官に何事か指示をした後に、バーチへ向かう。


 バーチの町は522戸の小ぢんまりとした町で、人口は3500~4000ほどであろうか。


 クリフとハンナは今晩、トバイアスの邸宅に泊めて貰う手筈になっている。

 バーチの町にある邸宅はさすがに立派なもので、クリフとハンナは感嘆の声を洩らした。


「エリーって凄いとこに住んでるのね……!」

「うん、さすがだな」


 2人の娘であるエリーは、普段はバーチの町にトバイアスと共に住み、出産の時は子供と共にクロフト村に戻るようだ。

 彼女は今、産後間もないのでクロフト村にいるのである。


 使用人たちに世話をされて身を清めたクリフたちは食堂に案内され、トバイアスと夕食をとる。



 そこでクリフは大いに驚くこととなった。


 食堂には巨大な絵が飾られてあり、そのモチーフに心当たりがあったのだ。



 そこには決闘で敗れ血を流す青年と、青年を庇うように寄り添う美女が(えが)かれていた……傍らには(たくま)しい大男が仁王立ちで2人を(にら)み付けている。


「ねえ、これってさ」


 ハンナがキラキラとした目で絵を見つめている……何か素敵な物を見つけた時の彼女の顔だ。


「はは……お恥ずかしい、実は公爵家のお抱え絵師が描いて贈ってくれたのです。あまりに大きくて飾るところもないので食堂に掛けてあります」


 トバイアスが苦笑しながら絵の解説をしてくれた……これは言うまでもなく、トバイアスがエリーを(めと)るためにクリフと決闘をするシーンである。


 トバイアスの解説ではジンデル公爵領では人気のあるモチーフらしく、かなりの数の絵や、歌劇として公爵領に広まっているのだそうだ。


 このエピソードは、この時点ではジンデル公爵領の外では広まってはおらず、自由都市ファロンに住むクリフにとっては、この決闘がこれほど有名になっていたことは知らなかった。


 ハンナがキャアキャアと喜びながらトバイアスの解説を聞き、クリフは微妙な面持ちで再度絵を眺める。


……エリーが幸せなら、それで良いさ……それにしても、俺が恐すぎだろ、これは……


 クリフは何とも言えない気持ちになりながら、鬼のような自分の肖像を見つめた。

 その姿は美しく描かれたエリーやトバイアスとは対称的な表現がなされていた。




………………




 翌日



 クリフとハンナはトバイアスから馬を借り、クロフト村への帰路につく。


 トバイアスはバーチの町で所用を済ますようで同行はしていない。クリフは忙しい中で時間を作り、義父母につき合ってくれたトバイアスに深く感謝をした。


「凄い冒険だったね」

「ああ、良い土産話ができたな……あの絵も含めてさ」


 2人はむつまじげに馬を並べて尽きぬ話を続ける。


「エリーの子供たちが大人になる頃には立派な街道になってるかもな」

「そうね、その頃には村も大きくなってるだろうな」


 2人はまだ見ぬ未来を思い描き、笑顔がこぼれた。

 もうクリフは「老後」を意識する年齢となったのだ。


 しかし、クリフはまだ冒険者ギルドの仕事を残している。

 名残惜しいがそろそろ休暇を終え、自由都市ファロンに戻らねばならない。



 春の終わりの爽やかな風が青葉を揺らし、草木の香りを運んで来た。


 もう、春が終わるのだ。

モンスターは一応オリジナルです。

キラービーとかは他にもいそうですけど。

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