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猟犬クリフ~とある冒険者の生涯  作者: 小倉ひろあき
3章 中年期

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6話 新道の冒険 上

せっかくなんでファンタジー色を出してみました

 これはクリフがクロフト村に滞在してより半月ほどが経ち、そろそろ帰り支度(じたく)はどうしようかと相談を始めた頃の話だ。



 (ひざ)の具合が復調したクリフはトバイアスと相談し、新道の見学を計画していた。


「なるほど、モンスターが……」

「はい、義父上なら心配は無いとは思いますが、やはり未開の地を拓いたので頻繁に現れ作業が進みません」


 クリフの呟きに、トバイアスが苦々しげに応えた。


 バーチの町からクロフト村まで新たに拓かれた道は未開の山と山の間を縫うような地形に拓かれた為に、危険なモンスターが度々現れては作業が中断しているらしい。


「どのようなモンスターが出るのですか?」

「そうですね……確認できたのはピットウルフとキラービー、フォレストリーチ……あとはアンクルワーム……」


……ほう、中々の奴らだな。


 クリフはモンスターの名を聞き、すこし感心したような表情を見せた。


 これらは人里に稀に現れる生易(なまやさ)しいモンスターでは無く、人を補食する本格的なモンスターばかりだ。


 ちなみに解説をすると、ピットウルフは洞穴などに営巣する狼。

 キラービーは手の平サイズのスズメバチ。

 フォレストリーチは森林に潜む体長50~80センチ程のヒル。

 アンクルワームは足首に噛みついてくる1メートルほどの肉食のミミズだ。

 いずれも積極的に人間を襲うために野生生物ではなく、モンスターとされている。


「そうですか、キラービーやピットウルフが営巣していたら厄介ですね」

「ええ、一応は見つけ次第に駆除をしていますがお気をつけください……ついでと言っては何ですが、今回は人を出して探索もさせましょう」


 クリフとトバイアスは念入りに計画を練る。


 出発は2日後、クロフト村側から出発し、新道を抜けた後はバーチの町で1泊し、街道を使ってクロフト村に帰還する予定とした。

 ちなみに街道を使えばバーチの町とクロフト村は徒歩ならば2日あまり……馬を使えば半日足らずで移動できる。


 新道は問題がなければ早朝に出れば夕方にはバーチへ抜けれると言うのだから、クロフト村から新道までの移動を加味しても、今までの半分の時間でクロフト村とバーチを行き来ができる事になる。


 バーチの町とクロフトなどの農村部を直結する意味は大きい。

 バーチの町を消費地とし、クロフト村など3村を生産地とすれば、クロフト領の経済活動は活発となり、さらなる発展が見込めることだろう。


 この事業に懸けるトバイアスの意気込みは相当なものである。




………………




 2日後



 クリフとハンナは、トバイアス率いる数名の兵士らと共に新道の入口に臨んでた。


「ハンナ、この一行の(かしら)はトバイアス殿だ。必ず指示に従うように」


 クリフがハンナに何度も注意をする。

 ハンナも「わかってるわ」と素直に頷いているので大丈夫だろう。


……ハンナは考え無しなだけで愚かなわけではないからな、出過ぎた真似はせぬだろう……


 クリフは頷くハンナを見て、やや失礼なことを考えた。


「お気遣いいただきありがとうございます」


 このやり取りを見て、トバイアスがクリフに頭を下げた……彼も指揮系統の関係で悩んでいたのだろう。

 名高い「猟犬クリフ」や「剣姫ハンナ」が勝手に兵の指揮を始めては示しがつかず、厄介極まりないからである。

 トバイアスはクリフの言葉で「ほっ」と胸を撫で下ろしたようだ。


……すまんな、気を使わせて。


 クリフは心の中でトバイアスに謝罪をした。

 探索行などでの指揮系統の乱れは生死に繋がることもある……義理の父や母がいては、やりづらかろうと容易に想像がつく。


「良し、山に入る前に装備を確認しておけ」


 トバイアスが兵に指示を出す。

 クリフとハンナも装備を確認した。


 クリフは不安のある膝を革紐で固く縛り、普段の剣とバックラー、それに杖代わりの短槍を持っている。

 ハンナは杖と狩猟用の弓矢だけの軽装だ。


「よし、行くぞ! モンスターを見かけたら知らせろ! 人里に出すようなことがあってはならん、見つけ次第に駆除をするのだ!」


 トバイアスが檄を飛ばして兵を鼓舞した。


 今回同行するのは兵士が3人だけのようだ……トバイアス、クリフ、ハンナを含めて6人の探索行である。


 残りの3人は作業員の警護をするようだ。

 道を拡げる作業は継続的に行われ、モンスター対策のためかある程度の広さを確保しながら進められているらしい。


 クリフたちはトバイアスの指揮の(もと)鬱蒼(うっそう)とした森の中へと踏み込んで行く……そこには獣道のような「新道」があり、2列縦隊となり進む。


 山と山の間を進むので、思いの外なだらかな道である。


「意外と賑やかね」


 ハンナがキョロキョロと周囲を見渡す。

 鳥の(さえず)りや、木々のざわめきが聞こえるのだ。


「ハンナ、気を付けろよ……俺は賞金稼ぎでハンターじゃないからな、素人だ」

「うん、私も素人だから一緒ね」


 ハンナがニコッと笑う。

 いまいちクリフの緊張感が伝わっていない気がするが、モンスター被害の驚異を知らないハンナには無理の無いことなのかもしれない。


 ちなみにハンターとは希少な動植物を採集したり、鉱脈を探したりする冒険者のことで、人里離れて活動するためにモンスターや野生生物に慣れた者が多い。


 クリフは賞金稼ぎとして野山で賞金首を追ったことは何度もあるが、人の出入りのある場所の範囲のことであり、未開の地を進むのは始めての経験である。



 2時間ほど歩き、少し開けた場所でトバイアスが小休止を命じた。

 ここまで来れば獣道すら無くなり、ただルートを示す赤い布が木々に結ばれているのみである。


 この先は膝の高さほどに伸びた草が行く手を阻む。

 ここからは草の中にモンスターが潜む可能性があるので、細心の注意が必要となるだろう。


 クリフたちは固まって休息をとる……するとトバイアスがクリフに近づいてきた。


「義父上、あそこに湿地があります。あの辺りはモンスターが良く見つかるのです」


 トバイアスが指で示す方を見ると、少し離れた場所に低い木々に囲まれた湿地があるのが確認できた。


「なるほど……いっそ周りの木々を切り開いて埋め立てた方が良いかもしれませんね」


 クリフが湿地を眺めているとハンナが無造作に湿地の方に石を放り投げた……すると、ガサガサと木々を揺らし、何かが飛び出してくる。

 アンクルワームだ。


「出たぞ! ワームが3匹っ! 油断するなっ!」


 トバイアスが兵士たちに応戦を命じ、短槍を構える。


 ワームたちはググッと身を縮め、地を()うように跳ねた……彼らは人の足首に噛みつくのだ、それゆえに足首(アンクル)長虫(ワーム)と呼ばれるのである。


 トバイアスは冷静に自分に向かってくるワームを短槍で払いのけ、突く。

 鋭い一撃はワームの環帯(かんたい)(ミミズの頭の内側にある輪っかのような部分)の辺りを貫き、ワームを地面に縫い付けた。ワームは体をくねらせ、口をグロテスクに動かしながら身悶(みもだ)えしている。


 1匹はクリフの方に向かって来た。

 クリフは飛びかかるワームを冷静に躱わし、短槍でワームを叩く。

 しかし、ワームの思わぬ弾力と(ぬめ)りでクリフの打撃は弾かれ、そのままワームはハンナの方へ跳ねる。

 この動きは完全にクリフの意表をつくものであった。


……まずい、ハンナが……!


 クリフがハンナの方を見ると、杖の先でワームの頭部を突き刺したハンナの姿が確認できた。


 クリフは「ほっ」と安堵の息をつく。


……さすがはハンナだ……膝の壊れた俺より余程に強い。


 クリフがもう1匹を探すと兵士たちが囲んで止めを刺しているのところであった。


「よし、被害は無いな」


 トバイアスが被害がないことを確認し「義母上」とハンナに向かい合う。


「軽率な行動はお控えください。今回は無事でしたが、皆を危険に(さら)す行為は看過(かんか)できません」


 トバイアスが意外に強い口調でハンナを責める。

 ハンナはチラリと視線でクリフに助けを求めてきた。


……これはハンナが悪い。


 クリフが無言でプイッと横を向くと、ハンナは明らかにショックを受けた顔をして、見るからにシュンと意気消沈した。


「……ごめんなさい……」


 ハンナがトバイアスに申し訳なさそうに謝った。

 クリフにそっぽを向かれたのが(こた)えたのだろう、目に涙も浮かべて口をへの字に曲げプルプルと身を震わせている。これ以上無い反省の(てい)である。


「いや、その……ご理解いただければ……あの義父上……」


 トバイアスがハンナの様子に戸惑い、クリフに助けを求めてきた。


「ハンナ、解ったろう? 今後、気を付ければいいさ」


 クリフがよしよしと抱擁すると「うっ、うっ」と嗚咽(おえつ)を漏らしている。

 普段怒らないトバイアスに叱られたことと、クリフに優しくされたことで我慢ができなくなったらしい。


「やれやれ、こんなんじゃ孫に笑われるぞ……ほら、先を行こう」


 先を(うなが)すと、トバイアスが「すいません」と謝ってきた。


「いや、トバイアス殿が正しい。謝ってはいけません」


 クリフがはっきりと言い切ると、トバイアスは無言で頭を下げた。



 これは謝罪ではなく、教えを受けたクリフへの礼である。

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