4話 顔無しウォーレス 上
「見てみろっ!」
「喧嘩だぞっ!」
年も明けた早々から冒険者ギルドは騒がしい。
冬の間は依頼が少なく冒険者が暇をしていたのも、今は昔だ。
昔と違い冒険者ギルドに依頼が集中するために、毎日何らかの仕事はあるし、人が集まる。
血の気が多い冒険者が集まれば喧嘩の1つや2つは日常茶飯事だ。
「やれやれ、見てくるよ」
クリフは「よっこらしょ」と立ち上がり、喧騒のある表へ向かう。
彼は冒険者ギルドの支配人であり、「猟犬クリフ」と呼ばれた伝説の冒険者だ。尤も彼は42才であり、とっくに現役は引退している。
「おい、誰と誰だ?」
クリフは表に出て適当な冒険者に声を掛ける。
表は結構な騒ぎになっており、状況把握が難しい。
「わっ、支配人!? アイツです! あの若いのが『飛竜党』に絡んだんですっ!」
突然クリフから声を掛けられた若い冒険者が、驚きつつも状況を解説する。
「あの若いの1人か? ウォーレスたちとやりあうとは……」
クリフは若い冒険者の無謀に呆れた。
若い男の冒険者……10代の後半くらいだろうか。
ボサボサの黒い髪と、鋭いグレーの瞳が野生の動物を連想させる生意気そうな面構えだ。
小柄な体つきだが、それに見合わぬ長剣を背負っている。割りと目立つ形だがクリフには見覚えが無い。
ちなみにウォーレスとは『飛竜党』と呼ばれる冒険者チームのリーダーだ。顔面がズタズタに傷ついているので「顔無しウォーレス」と呼ばれるベテランである。
最近は冒険者ギルド内の冒険者たちが集まり「チーム」と呼ばれる組織内組織を作る者たちが出てきた。
チームとは依頼をこなすための仲間とは違い、継続的にかなりの人数が集まっているのが特徴で、動員力があるので難しい依頼をこなしたり、同時にいくつも依頼をこなすことができる。
難度の高い依頼を多くこなせば自然と実入りがよくなる……これは「冒険者ギルド」という新しいシステムに冒険者たちが順応してきたのかも知れない。
しかし、チームは利点も大きいが難点も少なくない。排他的になり他のチームと揉めたり、報酬の分配で仲間と揉めたりと喧嘩騒動になることも多い。
故にチームに入らない者とチームに所属する者は7対3くらいだ。
所属しない方が主流派なのは、冒険者ギルドのエース格である灰色ピートや赤熊のコナンなどがチームを作っていないのも理由の1つであろう。
チームは集散を繰り返すので総数は良く分からないが15~18ほどはあるだろうか……当然、クリフも全部は把握していない。
ウォーレス率いる飛竜党は数が多いのがウリで、20人弱ほどの冒険者が集まる最大級のチームだ。
他には吃りのゲリーが率いる若手グループの『岩石党』などが有力である。
話を喧嘩に戻そう。
「このガキっ! 痛い目に合いたいようだなっ!」
飛竜党の男が若い男を威嚇する。飛竜党は7人、ウォーレスはいないようだ。
「へっ、やれるものならやってみやがれ!」
若い男が吠えた。
両者が剣を抜き、睨み合う。
……ほう、あの長い剣を見事に抜いたな。
クリフは若い男の器用さに感心した。剣に慣れているのである。
……こんな喧嘩で潰れたら勿体無いか……
クリフは若い男を助ける気になり、両者の間にスッと割って入る。
「支配人?」
「何だテメエは!?」
両者が声を張り上げる。
若い男はクリフを知らないようだ……ファロンの冒険者ギルドでクリフを知らぬ者はいない。確実に余所者か新入りである。
「俺はギルドの責任者だ」
「責任者が何だってんだ!?」
若い男がクリフに食って掛かる。
確かに冒険者の喧嘩は自己責任で、あまり他人が口出しすることでは無い。
「この喧嘩は俺が預かろう」
言いながらクリフが「おや?」と言った風情で視線を移す……若い男も飛竜党も釣られて視線を動かした。
その瞬間、クリフは素早く身を低くし、若い男の左足を掴んで捻りあげた。
若い男は完全に意表を衝かれ転倒し、うつぶせのまま膝の間接を極められて身動きできなくなった。
これは変則的ではあるがレスリングの片足タックルに近い動きだ。
クリフの武芸は体力の低下と共に鋭さを失ったが、老練さを増している。
このタックルも完全に無警戒のところに綺麗に決まった。
「ぐああっ、何しやがる!?」
若い男が必死でバタつくが、この体勢ではどうにもならない。
「おい飛竜党の、これで勘弁してやるか?」
クリフが目に力を籠めて問い掛けると「あ、その……十分です」と飛竜党の者らも引き下がった。
彼らもクリフの動きは追えていない……正に目にも止まらぬ恐るべき早業だと錯覚したことだろう。
少し間を置いてからクリフは技を解き、若い男を自由にする。
「テメエ、何しやが……ぶふ!?」
若い男が抗議を終える前にクリフが顔面を蹴り飛ばす。
「弱いのに粋がるなよ、付いてこい」
クリフが野次馬の冒険者たちに指示をし、若い男を強制的にギルドの事務所に連行させる。
「畜生っ、放しやがれっ!」
必死に若い男が騒いでいるが、どうにかなるものではない。
たちまちに事務所スペースに連れて行かれ、執務室の椅子に座らされた。
「クリフ、この子だれ?」
ハンナが興味津々といった風情で覗き込んできた。
「誰が子供だっ! クソババア!」
若い男がハンナに悪態をつく。虚勢ではあるが、気を張っていないとどうにもならないのだろう……しかし、これは悪手であった。
「あら、元気ね? 黙らせてあげる」
言うが早いか、いきなりハンナが文鎮で若い男を殴り付ける。
若い男の唇が裂け、前歯が数本砕けた……ぼとぼとと白い破片が口から溢れ出る。
ちなみに文鎮は青銅でできた手のひらサイズの直方体である。
若い男は「ひいい」と痛みと恐怖でパニック状態のようだ。いきなり容赦なく殴られたのがショックだったらしい。
「おい、二撃目が来る前にこの美しい女性に名乗って謝れ」
クリフが苦笑いしながら若い男を促す。
「ダンカンです……勘弁してください」
「……美しいお姉さまと付け加えるんだ」
クリフが小声で耳打ちするとダンカンは素直に「美しいお姉さま」と震える声で付け加えた。
「ハンナ、若い男は魅力的な女性に素直にはなれないものだ……許してやってくれ、ハンナは優しい女性だろう?」
クリフが取りなすと、ハンナが「いやね、クリフったら」と満更でも無さそうに喜んだ。
ハンナの制御は基本的にはクリフにしかできない。
「良いことダンカン……クリフに免じて許してあげるわ。次にクリフに逆らったら生きたまま腸を掴み出すわよ」
ハンナが鬼の形相で殺気をぶつけると、ダンカンは憐れなほど怯え失禁した。
後ろで様子を窺っていたジュディとマリカがハンナの殺気にあてられ、青い顔でガタガタ震えていた。
………………
数日後
ダンカンはなぜか罰として3日間、冒険者ギルドの下働きのようなことをさせられていた。
彼は元々、王都で登録していた冒険者で、とある理由で顔無しウォーレスを探してファロンまで出てきたらしい。
クリフは支配人としてあまり冒険者個人の事情には立ち入らないようにしているため詳しい事情は詮索しないようにしているが、ダンカンにはウォーレスに対する根深い遺恨があるようだ……かち合えばただでは済まないだろう。
ちなみに冒険者登録証は王都もファロンも共通にしており、受付で提示すれば同じように使える。
そしてクリフはダンカンに「周りに迷惑をかけるなよ」とだけ伝えたのみだ……いくらクリフが支配人とは言え、犯罪でもなければ冒険者個人の生き方には口出しはできない。
しかし、下働き中のダンカンは意外と働き者でクリフらともそれなりに交流を持ち、何度か飯も奢ってやった。
クリフはエリーと同じ年頃の若者が喧嘩で死ぬのを想像すると、何とも言えない心持ちになるのを感じた……
そしてクリフは今、ウォーレスとその仲間たちからギルドの酒場で事情を聞いているところである。
「……ダンカン、ですか……?」
「そうだ、背が低めで髪は黒い、ロングソードか……バスタードソードくらいの長剣を背負っている。」
ウォーレスは「バスタードソードねえ」と首を捻っている。
ウォーレスは「顔無し」と呼ばれるほどに顔面が傷だらけの男だ。
縦横に4筋の刀痕が走り、右耳は火傷で爛れ、右目は眼帯で隠している……その面構えはクリフでさえ怯みそうになるほどだ。
顔から年齢は測り難いが、確かハンナと同年の33才の筈である。
「すいません、ちょいと心当たりがあり過ぎて」
「だろうな」
クリフはウォーレスの言葉に納得した。冒険者稼業を続けていれば恨みを買うことなどいくらでもある。
事実、クリフは引退して久しいのに刺客に襲われることすらあるのだ。
「原則として、ギルドは喧嘩に口を挟まない。死んだら死に損だ……後は周りに迷惑をかけるなよ」
クリフはそれだけ言うとグイッと杯を空にして立ち上がった。
「トーマス、飛竜党に何か飲ませてやってくれ」
クリフはトーマスに500ダカットほど渡して酒場を出た。
「あざっす!」
「ゴチになりやす!」
「さすが支配人!」
「あざーっす!」
飛竜党の面々がクリフに礼を述べ、クリフは片手をあげて応えた。
……別に飛竜党もダンカンも悪い奴らでは無い……だが、冒険者のしがらみってヤツがあるからな……
クリフは「ふうっ」と溜め息をついた。




