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猟犬クリフ~とある冒険者の生涯  作者: 小倉ひろあき
2章 壮年期

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11話 エリーの縁談

少し性描写があります。

 秋を迎え、小集団に別れつつ兵士が帰ってきた。


 収穫の為である。


 今年は長期間に渡り多数の男が戦でとられたために不作である。

 なんとなく、村の空気が重くなるのは仕方の無いことであろう。


 帰還した従士から聞けば、内乱は大詰めを迎え、ダリウスが籠るサヴァレの町の攻略中であるらしい。


 ヒースコートは他のアルバート派の軍勢と共にリグという町を攻略した後は予備戦力として後方に回っているそうだ。

 戦況から考えれば、先ずは戦場に出ることは無い。


……とりあえず、無事に終わったらしい。


 クリフは少し安堵したが、こういう時こそトラブルは起こるものだと思い直し、落武者や野盗への警戒を密にした。


 既に怪しげな者たちとの小規模な戦闘はクロフト村で2度、クラフ村で1度行われている。


 被害こそ無かったが油断のできる状況では無い。




………………




「お父さん、バーニーとジーナのこと知ってる?」


 朝、クリフが井戸で顔を洗っているとエリーが唐突に話しかけてきた。


 エリーは初潮も迎え、さすがに父親と一緒の部屋では不味(まず)かろうと、別室を貰い生活している。

 そのため、内緒話をする機会も減り、このような時を狙ったものだろう。


 エリーは従者のバーニーとジーナが男女の関係になったことを言いたいのだとクリフは察した。


「ああ、バーニーももう14才だ……そういう話があってもおかしくは無いさ。」


 この時代のマカスキル地方では15才前後で成年とされ、早いことには早いが14才ならば結婚したところで不思議は無い。

 バーニーが恋人を作っても全く不自然では無いのだ。


「うん、そうなんだけど……その、あれだから……」


 エリーが言い辛そうに口にするが、これはバーニーとジーナが……と言うよりもジーナがバーニーに執着し、所構わずにベタベタとしていることが気になるのだろう。少し顔が赤い。


 農村の性とは、それしか日常の楽しみが無いこともあり、非常におおらかだ。

 バーニーとジーナも人目を忍んで物陰で体を重ねている……エリーもそれを目にしたのかもしれない。


 大人からすれば「気づかないふりをしてやろう」程度のことであるが、エリーもお年頃であり、その手の行いには敏感なのだ。


……うーん、もとはと言えば俺のせいではあるんだよな……


 クリフは「ジーナを抱いてやれ」とバーニーに命じたことを思いだし、少し気まずくなる。


 バーニーも性欲が旺盛な年頃であるし、ジーナも喜んでいたのでクリフは良しとしていたのだが、思わぬ所でエリーが迷惑をしていたらしい。


 ちなみにバーニーはすらりとした美少年であり、村の少女の間では憧れの的だ。

 ずんぐりとした体形で、目鼻立ちもパッとしないジーナと並べばあまり釣り合いが取れてるようには見えないが、バーニーはジーナを邪険にしたりはせずに大事にしているらしい。

 バーニーはジーナの兄であるゲリーとも良好な関係を築いており、若者たちの睦まじい様子は傍目(はため)にも微笑ましいものである。


「エリー、バーニーとジーナを引き離せと言うのなら……」

「ちがうよっ!」


 エリーはクリフの言葉を遮るように力強く否定した。


「そんなことじゃなくて、ただ……私は……」


 エリーが複雑な表情を浮かべている。


 思えば、バーニーはここ数年でエリーに最も近しい存在だった。

 ハンナが(うつ)病になり、クリフがハンナにかかりきりの時期にもバーニーはエリーに近しく仕えていたのだ。


「ジーナにバーニーを取られた気分か?」


 クリフが尋ねると、エリーは「む」と唇を尖らせた。

 恐らくは図星だったのだろう。


「わかったよ、バーニーにはもう少し隠れてするように伝えとく……後はエリーが寂しがってることもね。」


 クリフがニヤリと笑うと「もういいわっ」と言い残し、エリーはぷいっと離れていった。


 その様子がクリフには堪らなく愛おしい。

 クリフにとってはいつまでも小さい頃のエリーのままなのだ。つい子供扱いしてしまうのも仕方の無いことではある。


……大きくなったな。


 クリフはエリーの後ろ姿を感慨深げに見送る。

 そしてエリーを引き取った昔日を思いだし「ふ」と薄く笑った。


 エリーがクリフを初めて「パパ」と呼んだ日のことを思い出すと、クリフはいつも堪らない気持ちになるのだ。


 間違いなく、クリフとエリーは本当の親子である。

 ただ、そこに血の繋がりが無いだけだ。



 エリーに構ってもらい上機嫌のクリフは朝食を済ませ、従者たちと合流した後に村人たちと見張りを交代する。


「なあ、バーニー……話があるんだが。」

「はい、何でしょうか?」


 改まった様子のクリフを見て、バーニーが少し緊張した様子で返事をした。


「あのな、ジーナと仲良くするのは良いんだが……エリーが困ってるんだ。もう少し上手く隠れてやってくれ。」


 クリフの言葉に「すいません」とバーニーが頭を下げる。

 ジーナも恥ずかしそうに(うつむ)いている。ひょっとしたら彼女は、誰にも見つかっていないと思い込んでいたのかも知れない。


 気配を探ることに長けたクリフは実は何度も見つけているのだが、別にそれを言う必要は無い。


「それと、子供が出来ないようにしろよ。ファロンに戻るときに腹が大きかったり、赤子がいたら連れていけないぞ。」


 クリフの言葉にバーニーとジーナが顔を見合わせた。


「どうした?」

「あの、子供ができないようにって……?」


 バーニーが情けなさげに質問をした。彼らは本当に避妊の仕方を知らないのだ。

 まともな性教育などはされない時代のことだ、彼らが知らなくても無理はない。


「種を外に出すんだよ。」


 クリフが教えると2人は感心した様子で「はい」と返事をし、ちらちらとお互いを見やる……これにはクリフも苦笑いするしかない。

 見張りが終われば早速にでも試すのだろう。



 ちなみにクリフはと言えば、エリーと別室になったこともありハンナに挑みかかったものの、肝心のハンナが「今はその気になれない」と断ってしまったためにすっかりと御無沙汰である。

 恐らくハンナには子供を作る行為に不安があるのだろう。


「クリフ……他にお嫁さんを貰ってもいいんだよ……?」


 クリフの誘いを断った時のハンナの言葉である。

 この時、クリフはハンナを本気で叱りつけた。


 30代のクリフにとって3年に迫る禁欲生活は苦行でしか無いが、ハンナを悲しませてまで他の女を抱こうとは思わない。


 その言葉を伝えると、ハンナはポロリと涙をこぼした。


 それは複雑な涙であった。



ともかくも、外に出すか、そもそもしないか……避妊具の無い時代の避妊のやりようはこの程度である。




…………




 収穫を終える頃、ヒースコートが兵を40人ほど引き連れて帰還した。

 ハンクとフィオンも同行している。


「柵が出来たか。」

「すみません、出すぎた真似とはおもいましたが防衛のために必要でした。」


 ヒースコートはゲリーの作った柵を見て感心したようだ。クリフに「かまわんよ」と笑い、村の広場に向かう。

 クリフと話す前に、領主として兵たちを(ねぎら)わねばならないのだ。


 兵たちの前で数人の男たちが正式に従士として任命され、功のあった者に褒美を与える。


 こうした行いを怠ると軍規は(たも)てない。

 功に報い罪を罰せねば兵たちの不満は溜まり、下手をすれば寝首をかかれることもある。


 兵や民の反乱で滅んだ貴族家などは枚挙に暇がないのだ。


 この国に真性の暴君などは存在しない。

 たとえ存在したとしても、君主とは支持を失えば部下や民衆に「交代」させられる存在なのである……あっという間に首をすげ替えられてお仕舞いだ。

 妊婦の腹を裂き、血に酔いしれる暴君などは「おとぎ話」の存在なのだ。


 その点を言えばヒースコートは実に立派である。

 新しく手に入れた領地を硬軟織り交ぜて統率し、長期間に渡り兵を動員させた手腕は名君と呼んで差し支えが無い。


 一族に強力な対抗馬もおらず、ヒースコートの立場は正に磐石(ばんじゃく)である。


 この日は収穫の祝いも兼ねて宴会となる。

 宴は大いに盛り上がり、多くの者は翌日に障りがでたようだ。



 ちなみに先日、バーニーらが飲んだ酒はクリフの私物である。

 農村で酒とは比較的豊かな者しか口にできない貴重品なのだ。




…………




 翌日の夕飯、1日ゆっくりと休んだヒースコートは(くつろ)いだ様子でテーブルに着く。


 戦場に出ると人は一気に老ける。ヒースコートも髪に白いものが随分と増えた。


 お疲れさまでしたと、皆が労うとヒースコートは「さすがに草臥(くたび)れたよ」と薄く笑った。


「次はクリフ殿に行って貰うとしよう。」

「ご冗談を、叔父上はまだまだ現役ですよ。」


 クリフは冗談めかしてお世辞を言うが、ヒースコートはもう41才だ……決して若くはない。

 跡を継ぐべき近親者もおらず、姪の養子をさらに養子に貰おうかという状況ではうっかりと戦死するわけにもいかない。

 今回の戦はストレスも多かったことだろう。


「ダリウス様とサヴァレが降参してくれて助かったよ、あのまま来年に持ち越しではこちらが参ってしまうからな。」


 ヒースコートが本音を洩らす。


 来年も戦が続けば畑は荒れ、農夫たる兵も死に、兵糧などの出費もかさみ、冗談ではなく破産した可能性がある。


「それでな、名誉な話なのだろうが……複雑な話がある。聞いて欲しい。」


 ヒースコートは全員の顔を眺めてゆっくりと話し出す。


「公爵閣下には3人の男子がいることを知っているな?」


 この公爵閣下とは当然だが、アルバートのことである。


 ヒースコートの話によれば、今回の後継争いに懲りたアルバートは、次男と三男を臣下に養子に出すことにしたらしい。


 これには将来の後継争いを未然に防ぐ意味がある。

 養子に出て、他家の当主になれば基本的には相続人にはなれないからだ。


 アルバートの長男ファビウスにも子はおり、将来的な相続に不安が少なくなったことも一因であろう。


 次男のアマデウスは、今回の内乱で最後まで抵抗したサヴァレ家を継ぐ。


 サヴァレ家当主、バリー・サヴァレは隠居し、バリーの子らは相続権を放棄、そしてアマデウスを当主とすることを条件にサヴァレ家は降参を許されたのだ。

 公爵家による有力貴族家の乗っ取りである。


 これは厳しい処置には思えるが、サヴァレ家からは1人も刑死はされず、家門も家碌もそのままである……考えようによっては非常に寛大な処置でもある。


 サヴァレの町は1760戸もあるジンデル公爵領第3位の大邑(たいゆう)であり、要害だ。


 アマデウスは公爵にこそなれないが、公爵領屈指の大貴族として、そして親族衆の筆頭として大いに権勢を振るうであろう。


「そして、三男のトバイアス様だが……我がクロフト家にどうかと内示があった。」


 エリーが「え」と僅かに声を上げる。


「すまない。私は……エリーを養子に迎えようと思っていたのだが……本当にすまなく思う。」


 ヒースコートが頭を下げる。


「叔父上、そのようなことはお止めください。」

「そうよ、別に私はエリーがクロフト家を継がなくても構わないわ。」


 クリフとハンナが声を揃えてヒースコートを庇う。

 エリーは複雑そうな表情だ。


「まだ続きがあるのだ。トバイアス様にはクロフト家とは別にバーチの町が所領として与えられる……そして、エリーを妻に欲しいらしい。」


 これには皆が唖然(あぜん)とした。


 ちなみにバーチの町とはクロフト領からは然程(さほど)離れていない500戸ほどの小ぢんまりとした町だ。


 わざわざ持参金がわりに領地をつけると言うのだから「クロフト家への乗っ取り」という意味合いは薄いし、そもそも公爵家にとってクロフト家は乗っ取るほどの価値はあまり無い。


 アルバートからすれば、よく働いたヒースコートへの恩賞と、エリーとの結婚を強く望むトバイアスの希望を兼ねた処置なのだろう。


 常識で考えれば配下の小貴族に公爵が息子を養子に出すことなどは非常な名誉である。断ることはできない。


「それは、あまりにも強引ではありませんか! エリーの意思はどうなるのですかっ!」


 クリフが思わず声を荒げた。

 権力を笠に着て無理矢理娘を奪うなど許される事では無い。


 ヒースコートが悪いわけでは無いが、つい責めるような形になってしまう。


 ヒースコートは苦しげな表情だ。

 彼とてエリーを養子に迎えようと考えていたのだ。

 溺愛する(ハンナ)の子でもあるエリーを、ヒースコートも大切に思っている。


「私は、構いません。」


 意外にもヒースコートの助け船を出したのはエリーだった……その表情は意外や明るい。


「ただしトバイアス様が、以前に私が言った条件に叶うなら、とお伝えください。」

「むぅ、それはクリフ殿を破ればという話か……」


 エリーの言葉にヒースコートが小さく(うな)る。

 この話は有名で、ヒースコートは既に知っていた。


「何の話?」


 ハンナが興味津々といった風情ふぜいでエリーに尋ねる。


「私ね、トバイアス様からプロポーズされたの。そこで、お父さんより弱い男は嫌だって言ってやったわ。」


 アビゲイルが「まあ」と控え目に笑った。


「あはは、さすがはエリーね!」


 ハンナは大喜びしている。


 クリフは何と言ったら良いのか分からず黙っていた。


「誤解しないで。私はトバイアス様が嫌いじゃない、むしろ好きよ……だってお父さんを知っているのに挑戦するって言ったのよ、勇気があるわ。」


 ハンナがうんうんと頷き、アビゲイルも目を輝かせて身を乗り出した。

 この降って湧いたような話に2人のご婦人は興味を隠せない様子だ。


「でもね、私はお父さんのほうが好き。」


 エリーがクリフを見る。


「お父さんみたいに強くて、私を守ってくれるような男じゃなきゃ嫌。」


 クリフは複雑な気持ちで聞いていたが、どうしようもなく顔がにやけていく。

 娘にこんなことを言われて喜ばない父がいようか……クリフはエリーを抱き締めたくなったが、必死で我慢した。


「だから小父(おじ)さま、トバイアス様にお伝えください。アリス・チェンバレンはトバイアス様が約束を果たされるのを待っていると。」


 ヒースコートは黙り込んでしまった。

 憐れな彼はさらに老け込んだ様にも見える。


「でも、クリフに挑戦するなんて身の程知らずね。」


 ハンナがトバイアスを鼻で笑うと、エリーが少しムッとしながら「トバイアス様も優秀らしいわ」と抗議した。


 その様子が微笑ましく、アビゲイルは「ほほ」と控え目に笑った。



 結局、ヒースコートはそのままアルバートに伝え、来春に催される公爵の就任と戦勝を祝う宴にクリフとエリーは招待されることとなる。


 その席でクリフとトバイアスは決闘をするのだ……エリーを賭けて。


 奇しくもその日はエリーとトバイアスが出会って、丁度2年後のことである。



ちょっと下世話かなとも思いましたが、人生を書いているのに性生活を無視するのも不自然かなと思ったので入れました。

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