8話 クロフツ村攻防戦 下
クッコロを書くのは一つの目標でした。
翌朝
ヒースコート・クロフトはクロフツ村のワトキン・クロフツの家族を始め、クロフツ村の従士や兵を広間に集めて首実験を行った。
これは戦死したワトキン・クロフツ他の身元を確認するためだ。
当然ではあるが、捕虜たちは徹底して武装解除されており、反抗的な者は裸で拘束されている……人間心理とは不思議なもので、いかに捕虜になろうとも鎧に身を包んでいるうちは元気があるが、裸にされると一気に戦意を失うのだ。
そして、捕虜たちの周囲をクロフト勢が取り囲むように警戒している。
不穏な動きを見せたものは有無を言わさず後ろから殺されるだろう。
首となったワトキン・クロフツと息子の前で夫人が気を失うアクシデントなどもあったが、概ね順調に進み戦死者の確認は終えた。
次はヒースコートが捕虜となった従士や兵と対面をする。
中央に座るヒースコートの前に従士が引き立てられた。
「このっ! 卑怯者め!」
ワトキン・クロフツの甥だと言う若い従士が悪態をついた。
若い従士がヒースコートを睨み付けるが、裸にされた上に縛りつけられた従士と、厳めしいラメラーアーマーに身を包んだヒースコートでは見るからに立場の違いが際立つ。
「武略である。」
ヒースコートは従士の抗議を涼しく受け流した。
今回の作戦は結果として敵将の暗殺となった。
たとえヒースコートが望まなかったにしても、卑怯と謗られても仕方が無い行いである。
しかし、ヒースコートがそれを認める訳にはいかない。
彼は小なりとは言え大将だ。部下に情けない姿を見せる訳にはいかないのである。
「ぐ……この」
尚も言い募ろうとした従士の首をクリフは有無を言わさず刎ねた。
「無礼者め。」
クリフは顔色一つ変えずに嘯いた。
事実、彼にとっては戦の作法なぞどうでも良いし、そもそも知らない……興味が無いのだ。
喧嘩は勝たねばならぬし、勝つためなら工夫を凝らす……それだけのことだと心底思っている。
そして威勢の良い従士の首を刎ねたのも必要だからである。
捕虜の中で反抗的な者を無慈悲に殺し、従うものを許せば良いのだ。これは事前にヒースコートとも打ち合わせ済みである。
クロフツ村の従士はワトキン・クロフツの親族であり、これはヒースコートも排除したい。
後になって相続やらで揉めたくないのである。皆殺しが後腐れが無くて良い。
そして憎まれ役をクリフがやってくれれば都合が良い……クリフが鞭を、ヒースコートが飴を与えればクロフツ村の住民はコントロールしやすくなるだろう。
「次の者を」
ヒースコートが指示をすると次の従士が引き立てられてきた……こちらも裸にされ縛られている。
「降参して私に従うかね?」
「…………。」
ヒースコートが従士に尋ねるも返答がない。
従う気はないが、先程の有無を言わさぬ斬首を見ては反抗もし難いのだろう。
クリフがまたしても剣を振るい、この従士の首と胴も泣き別れとなった。
「返答せぬとは無礼である。」
クリフが冷酷に言い放つ。
「次の者を」
ヒースコートが淡々と指示を出す。
次の従士が引き立てられてきた。
クロフツ村の従士は6人……2人が戦死し、2人が首を刎ねられた今、残りは彼を含め2人である。
「降参して私に従うかね?」
「……くっ、殺せ!」
ヒースコートの問いに従士が答える……すかさずクリフの剣が煌めき、首が跳んだ。
「次の者を」
最後の従士も首を刎ねられる……元から生かす気がないのだから当たり前である。
この様子を見て怯えきってきた兵たちは全員がヒースコートに忠誠を誓い、ヒースコートもこれを赦した。
兵とは農夫である……つまりは領主の財産だ。無闇に殺すなどあり得ない。
むしろヒースコートは今回戦死したクロフツ村の兵の家に見舞金を遣わしたほどである……これはヒースコートによる村人へのご機嫌取りだ。
民とは厳しく締め付けるだけでは統治はできないのだ。
次に戦利品の分配であるが、ヒースコートはワトキン・クロフツの屋敷と従士たちの財産の略奪を許可した。
兵たちは勇んで財貨を奪い、領主や従士たちの妻や娘を犯す。
これに対して村人からは抗議の声は上がらなかった。
むしろ彼らは無差別に略奪が行われなかったことで、ヒースコートを「よき侵略者」だと判断したほどである。
それに所詮は他人事である。下手に刺激をして自分たちの身の安全を脅かすはずがないのだ。
ワトキン・クロフツと従士たちの家族で反抗するものがいないでもなかったが、これらはすぐに血祭りにされたのは自明の理である。
大人しく、なすがままになっていたクロフツ家の者たちは「戦利品」としてクロフト勢に分配された。敗者が奴婢となるのは乱世の倣いだ。
この時、ヒースコートはクロフツ家という貴族家を徹底的に解体した。
これは先祖代々仲が悪かったこともあるが、下手に慈悲を掛け後に禍根を残したくなかったためである。
その後にクロフト勢の被害を確認したところ、負傷が6人に戦死者が3人であった。
ヒースコートが彼らに篤く報いたのは言うまでも無い。
………………
翌日
クリフはハンクとフィオンと共に兵を15人ほど率いてクラフ村に向かった。
これは旗幟の定かならぬクラフ村を脅しあげるためだ。
ヒースコートは占領したクロフツ村に駐屯し、名代として名前の通ったクリフを軍使として立てたのである。
前回とは違い、クロフツという盾を失ったクラフ村は勢いを増したクロフトの矢面に立たざるを得ず、非常に苦しい立場に有る。
降参する可能性は十分にあると言えるだろう。
クロフツ村からクラフ村への移動中、 ハンクは度々フィオンに質問をして部隊指揮を学んだ。
この部隊の実際的な統率者はフィオンであり、新たにヒースコート・クロフトに召し抱えられ従士となったハンクは、10才も年下のフィオンから兵の統率を学んでいるのだ。
クリフと共に抜群の戦功を認められたハンクは晴れて従士となり、ヒースコートからワトキン・クロフツのラメラーアーマーを授けられて身に付けている。
「なかなか立派だな、騎士ハンク。」
その姿を見てクリフがハンクをからかう。
この部隊でクリフとハンクとフィオンの3人は騎乗している……クリフもハンクも馬術の心得は殆ど無いが、歩かせるくらいは問題は無い。
ラメラーアーマーを身に付けて騎乗したハンクは、なるほど騎士の様にも見える。
ちなみにラメラーアーマーは紐で固定するのでサイズはある程度はなんとかなるものだ。
「ええ、本当に立派です。」
クリフの言葉にフィオンも同意した。彼はクロフト村の若き従士であるが、クロフツ村の戦いでも従士を討ち取る活躍を見せ、ヒースコートから特別にチェインメイルを与えられている……これはワトキン・クロフツの息子が着けていた物だ。
厳めしい金属鎧を着けた2人に挟まれたクリフは、いつも通りの服のため少し浮いて見えるが、一目で冒険者だと分かった方が都合が良い。
クリフは「猟犬クリフ」として使者に赴くのだ。
「ふん、言っとけよ。」
ハンクはからかう2人に対し悪態をつくが、満更でも無いのは表情を見ればわかる。
引退した冒険者が従士になるのは大成功の部類だ。
たとえクロフト家のような小貴族でもそれは変わらない。
「後は嫁さん貰いたいとこだなあ。」
ハンクがぼそりと呟いた。
「それならすぐに見つかりますよ。お殿様も考えてるんじゃないですか?」
フィオンがすぐに応じる。彼は若いが如才なく、クリフやハンクとも気安く話す。
ちなみにお殿様とはヒースコートのことである。
道中とは退屈なものであり、ハンクとフィオンは軽口を叩きながらのんびりと進む。
……ハンクは意外とうまくやるかもしれんなぁ。
クリフはぼんやりと2人の会話を聞いていた。
ここ数度の働きで、ハンクはヒースコートから篤く信頼されているのだ。
輝くラメラーアーマーが信頼の証であろう。
…………
クラフ村の側に到着すると進軍を停止し、フィオンを村に走らせた。
単騎で向かわせたのは敵意が無いことを示すためである。
するとクラフ村からも人が出てきて村の外に陣幕を張り始めた。
会談の場所を設置しているのだ。さすがに武装した兵を村には入れたく無いのであろう。
そして陣幕が完成した頃にフィオンがクラフ村の使者を連れて戻ってきた。
使者は下馬をしてクリフに礼をする。
「お目にかかれて光栄ですチェンバレン卿。私はジェド・クラフ、アーロン・クラフの息子です。フィオン殿から伺いましたが、改めて本日のご用向きを教えて頂けませんか?」
ジェド・クラフと名乗った若者は堂々と口上を述べた。
彼はまだ若く、10代の後半ほどに見える。茶色い髪を短く刈り込み、きびきびとした印象の若武者だ。
ちなみにアーロン・クラフとはクラフ家の当主で村を治める男である。
「こちらこそお会いできて嬉しく思いますジェド・クラフ殿。本日はクラフ村へアルバート公爵への帰順を勧めに参りました。」
クリフは「クラフ村」という表現をした。
これ以上はアーロン・クラフでは責任がとれず「村が危ないですよ」と警告をしているのである。
「承知しました。父アーロンに伝えます」
ジェド・クラフは大きく息を吸い込み、屹と眼に力を込めた。
「チェンバレン卿、我がクラフ村は貧しく攻撃を受ければ一溜りもないのです。中立を保つのは苦肉の策なのです。公爵様へ叛意は寸毫もありません。ご承知ください。」
そう言い残し、ジェド・クラフは陣幕へ向かう。
アーロン・クラフへ報告に戻ったのだろう。
確かにクラフ村はクロフト村よりさらに規模が小さく、公爵領の貴族としては下の下だ。
安全策を取りたい気持ちは理解できる。
その上、先祖代々争ってきたクロフト家とクロフツ家の戦いがこうもあっさりと終わるとは誰も予想できなかった事である……同情の余地が無いでもない。
……だが、もう遅い。
クリフは颯爽たる若武者の背中を惜しむように眺めた。
…………
アーロン・クラフとの会談は、クリフが拍子抜けするほど順調に終わる。
アーロン・クラフは痩せた30代半ばほどの男で、風采が悪い。
もそもそと喋る様子はとてもジェド・クラフの父親とは思えぬほどだ。
ジェド・クラフは母親に似たのかもしれない。
始めは渋っていたアーロン・クラフだが、ワトキン・クロフツ以下、クロフツ村の従士の首をずらりと並べて見せられた後は呆気なく降参した。
通常、内乱とは言わば身内同士の戦いである。
ここまで徹底して皆殺しにすることはなかなか無い。
アーロン・クラフは猟犬クリフの苛烈さに憐れなほど怯え、新たな公爵への帰順を誓い、クリフにヒースコートへの口添えを願い出た。
クリフはアーロン・クラフと嫡子であるジェド・クラフの同行を条件にこれを許した。
さすがに領主と嫡男が人質になれば、クラフ村も大人しくするより他はあるまい。
………………
翌日
ヒースコートへクラフ親子を引き渡すと彼はニタリと笑い「首が効いたかね」と愉快げに口許を歪ませた。
……前回の降伏勧告で、よほど不愉快な思いをしたらしいな。
クリフは叔父とアーロン・クラフの様子を見比べて察しがついた。
アーロン・クラフはヒースコートの前で小さくなり、過日の無礼を必死で詫びているところだ。
「降参するならば地図を出してもらおう。」
ヒースコートが表情も変えずに言い放つ。
「地図を差し出す」とは「土地を差し出す」とほぼ同義であり、全面降伏のことである。
アーロン・クラフは正に渋面と言った表情で地図を取り出した。
クリフはこれほど悔しそうな人を見たのは初めてだ……貴族にとって土地とはそれほど大切なものなのだ。
「お待ちください……クロフト卿、この地図を公爵様に献上することをお許しいただけませんか?」
ジェド・クラフがヒースコートに懇願した。せめてヒースコート・クロフトではなくアルバート・ジンデルに降参する形にしたいのだ。
「ならぬ。貴公らは条件を出せる立場ではない。」
「……失礼しました。」
ジェド・クラフが悔しげに引き下がり、アーロン・クラフはヒースコートに地図を手渡した。
「うむ、降伏を受け入れよう。」
ヒースコートは應揚に頷いた。
「新公爵閣下への執り成しを宜しくお願いします。」
クラフ親子は悔しさを滲ませながらヒースコートに改めて頭を下げた。
しかし、彼らが無傷で所領安堵を勝ち取るのは極めて難しいであろう。
せめて口先だけでも「協力する」と答えていれば違った結果になっただろうが、これは今さら言っても後の祭りというものだ。
……仕方ないな。始めに叔父上の誘いを断ってるのだから。
クリフはジェド・クラフのような若者の未来が暗いことに嘆息した。
……しかし、叔父上がこれほど激しい気性の持ち主だったとはな……
最近のヒースコートは少し変わったようにクリフは感じる。
ヒースコートはどちらかと言えば正直で穏やかな人柄であったのだが、戦が始まるや苛烈な一面が目立つようになった気がする。
……まあ、正直で穏やかな人が戦いで苛烈であっても矛盾は無いしな……クロフトの血かな?
クリフはヒースコートがハンナの叔父であることを改めて感じた。好戦的なのはクロフトの血筋なのかもしれない。
ヒースコートの二面性を考え、人間とは不思議なものだとクリフは感じた。
………………
その後、ヒースコートはクラフ親子を連れてジンデルへ向かい、アルバートに戦勝を報告した。
内乱全体で考えれば影響は微々たるものであり、大勢に影響は殆ど無い。
たかだか数十人単位の勝利である。
しかし、勝ちは勝ちであり、大将を討ち取り村を制圧した完全勝利である。
アルバート派はこの勝利を大いに喧伝し、戦意の向上と勢力の優勢を印象づけることに成功した。
「僅かの間に戦力で勝るクロフツを打ち破り、不穏な動きをしたクラフを降すとは抜群の武勲である。」
ヒースコートはアルバートから賞詞を受け、大いに面目を施したのである。
そして返礼と忠誠の証としてクロフツ村とクラフ村の地図を献上した。
このクロフツ村の地図はハンクの作ったものである。
「クロフツ村とクラフ村の管理を命じる。」
アルバートは受けた地図をそのままヒースコートに再度授け、新たに両村の管理を命じた。
これらはアルバート派の勝利の暁には正式にクロフト家の所領として認められるだろう。
ちなみにヒースコートはクラフ村のことを「アルバート派への参加を拒み、背後からクロフト村を脅かし、間接的にクロフツ村を支援した」と報告した。
そのためクラフ親子は謀叛人として拘束され、ジンデルにて刑場の露と消える。
ヒースコートも乱世の武人である。武功を上げ、他人を蹴落としてでも立身したいという欲は当然に備わっているのだ。
この働きでヒースコート・クロフトという存在は一気に注目をされることとなる。
クロフト家も公爵領の貴族としては下の中から下の上ほどの存在に成り上がったようだ。




