8話 クロフツ村攻防戦 中
2日後
クラフ村の説得に出向いていたヒースコートが帰還した。
「不首尾だ。」
結果を気にした従士に短く答え、馬を預ける。
明らかに不機嫌である。
「クラフ村は敵に回りましたか?」
その様子を見ていたクリフが穏やかに話かけた。
「クリフ殿、戻られていたか。」
「ええ、こちらも報告があります。皆を集めましょう。」
クリフはバーニーに皆を集めるように指示をし、ハンクも呼び寄せた。
「む、少ないな?」
「はい、今は我々と交代で見張りに立っておりますので。」
ヒースコートは「なるほど」と頷き話始めた。
「クラフ村だが、我々に味方はせぬようだ。この期に及んで中立を望んでおるらしい。」
「敵にはならぬと?」
ヒースコートは頷く。
実はまだ風見鶏を決め込んでいる貴族はそれなりにいる。
「しかし、戦闘が始まっても中立では戦後の立場は無いだろう……そこを説いたのだがな。」
「まあ、敵に回らぬなら良しとしましょう。」
クリフはヒースコートを慰めながら地図を広げる……クロフツ村の見取図だ。
「ほう! なかなか詳細だ……柵があるのか。」
「はい、急拵えと思われます。大したものではありませんが、馬を乗り入れるのは難しいでしょう。」
クリフは続けて先日行われた前哨戦の報告に入った。
後詰めに出撃した従士がいたので、村からの報告も済ませれたのは幸運だった。
ちなみに先日のクロフト村からの出撃は従士2人を含めて11人だったらしい。
報告を聞くやヒースコートは喜色満面といった様子で立ち上がる。
クラフ村の交渉が思わしくなく、少し気分が萎えていたときの捷報である。嬉しくない筈がない。
「よくぞ! よくぞしてのけた!」
ヒースコートは従士たちを褒め、戦利品を確認し大いに喜んだ。
敵が負傷者を担いで逃げる為に捨てていったのだろう槍や剣や弓などの武器や盾や兜もある。
恐らくは食料などはダリウス派の拠点で補給するつもりであったのだろう、食料や金銭はあまり無い。
ヒースコートは早速、先程の戦いに参加した者を呼び、戦利品を分配した。
戦利品を主君から与えられるのは大変な名誉であり、各人の士気は大いに上がったようだ。
クロフツ村の軍勢はダリウス派と合流する予定であったのだろう……ダリウス派への見栄もあり、彼らの装備は中々のものだった。
これを獲得したのは運が良い。
普通はまともな装備をしているのは従士からで、雑兵は録な装備は持っていない。
精々が棍棒や山刀に厚手のシャツを重ね着する程度だ。粗末な木製の盾や狩猟用の弓を持っていれば上等である。
ちなみに装備は自弁であり、比較的豊かな農民が装備を揃えて従士になるパターンは多い。
良い装備は兵に勇気を与える。新しい装備を手に入れたクロフト勢はより精強になるだろう。
余談だが、この時に褒められた従士の中にフィオンという24才の若い従士がいた。
彼には機転と勇気があり、ヒースコートから信頼され、この後クロフト家になくてはならぬ存在となる。
「叔父上、クロフツ村を休ませることはありません。すぐに仕掛けましょう。」
「うむ、クリフ殿には何か策があるのだろう?」
ヒースコートがニヤリと笑う。彼も冒険者との付き合いに慣れてきたのだろう。
クリフやハンクは兵の進退を指揮することはできないが、少人数での争いに関してはエキスパートである。
ヒースコートも頼るところは大きい。
………………
次の日の夜
クリフとハンクはクロフツ村の側で身を潜めていた。
「なあ、うまく潜り込んだらヒースコートの大将に呼応して暴れりゃいいんだろ?」
「ああ、見つかった時は適当に暴れて逃げよう……その時は従士でも殺れれば御の字だな。」
クリフはハンクに「無理はするなよ」と確認した。
「おっ、来たぜ。」
見ればクロフト村の方角から100に迫る松明の火が見える。
……ほう、急場の思い付きにしては上等だ。
クリフは松明の動きを見てほくそ笑む。
これは兵が松明を1人2つずつ持っているのである。
背中に棒を背負い、松明をくくりつけているのだ。
遠目には数百の軍勢がひしひしと迫る様な圧力がある。
「凄えな。」
「張り子の子供だましだがな。」
ハンクが「違えねえ」と低く笑った。
その時、クロフツ村の様子が変わり人が慌ただしく走る気配を感じた。
松明の群れを発見し、兵が急いで招集されているのだろう。
「良し、行くぞ。」
クリフとハンクは足音を立てずに柵を乗り越え、鳴子を避けて村へ侵入する。
クロフト村から迫る松明は盛大な陽動である。本命はクリフたちだ。
足音も立てずに2人は進む。ハンクもクリフほどでは無いが、身を潜める術はかなりのレベルである。
『少し待て』とハンクがクリフに無言でハンドサインを出した。
そこには積み上げた薪がある。
ハンクは藁くずを取りだし、火の付いた炭を落とす。
これは灰を入れた容器の中に火の付いた炭を埋めておくのだ。こうしておけば何時間も火種を持ち歩くことができるのである。
めらめらと藁が燃え始めた。2人はその様子を確認もせずに先へ進む。
馬屋を発見し、今度はクリフが同様の手口で枯れ草に炭を落とした。
たちまちに火災が発生する。
「うわっ! 火だ!」
「馬を逃がせ!」
「こっちも燃えてるぞ!」
村の中で混乱が起き、その中をクリフたちは巧みに身を隠して屋敷の床下に潜り込んだ。
(やったな。)
(ああ、あとは機を待てば良い。)
2人は周囲には聞こえぬ小声で話す。
そのまま2人は混乱が広がるクロフツ村の喧騒を聞きながら身を潜め続けた。
…………
数時間後
「「おうっ! おうっ! おうっ!」」
「「おうっ! おうっ! おうっ!」」
村の外から鬨の声が聞こえた。クロフト勢が威嚇をしているのだ。
まだ夜は深く、クロフツ村からは実数は判らないだろうが、50人の男が上げる鬨の声は迫力がある。
屋敷の前の広場でクロフツ村の男たちが集まるのが見えた。およそ50人くらいだ。
……もう少し多いと思ったんだがな……
クリフはクロフツ村の兵力が少ないと感じた。
実はこれは、先日の戦いでの死傷者はクリフたちが想像するよりも多かったこと、そして先程の不審火を警戒して数名が後方を巡回しているためである。
(見てみろ、あれがワトキン・クロフツだろう。)
(隣のは息子か何かか?)
2人の視線の先にはラメラーアーマーに身を包んだ肥えた中年男と、チェインメイルを身に付けた若い男がいた。
篝火の側にいるので姿がよく見える。
ラメラーアーマーとは鉄の小札を繋ぎ合わせた鎧である。
ついでに言えばチェインメイルは鎖帷子のことだ。
金属の鎧は高価であり、2人がある程度の身分がある証拠でもある。
ちなみに従士は精々が硬革の鎧かリングメイル程度である。
リングメイルはチェインメイルの粗悪品と思えば良い。
(やるか。)
クリフがバックラーからナイフを数本外し手に構える。
(おいおい、大将を待つんじゃねえのか?)
ハンクが抗議するがクリフは止まらない。
敵の頭と息子を同時に潰すチャンスである。正に千載一遇の好機だ。
(あー、もう知らねえよ。)
ハンクも剣を抜いてクリフに続く、2人は床下から這い出て身を潜める。
ワトキン・クロフツらしき男が息子らしき若者と並んで兵に訓示を始めた。
戦の前に士気を高める訓示をするのは間違いではない……だが、これが彼の命取りになった。
クリフが物陰からナイフを投擲する。
ナイフは狙い違わずワトキン・クロフツの耳の下辺りに命中した。兵に顔を見せるために兜を脱いでいたのも不幸であった。
彼は自分の身の上に何が起きたのかも理解できずに絶命したであろう。
「何だ!? ……がっ!」
驚き振り向いたワトキン・クロフツの息子の喉にもナイフが突き立つ。
「ワトキン・クロフツ、猟犬クリフが討ち取ったり! 者共かかれぇ!」
クリフが物陰から飛び出し、呆然とする従士を切りつけ走り抜ける。
「かかれぇ! 総掛かりだっ!」
飛び出したハンクが篝火を蹴倒しながら駆け、後方の兵士を切りつける。
「かかれぇ! かかれぇ!」
2人は滅茶苦茶に走りながら喚き散らし、篝火を倒し、兵に襲いかかる。
クロフツ村は大混乱に陥った。
「「おうっ! おうっ! おうっ!」」
「「おうっ! おうっ! おうっ!」」
外のクロフト勢が騒ぎに呼応して進軍したことも混乱に拍車を掛けた。
「ええい! 門を固めろ!」
「曲者を討ち取れい!」
「集まれ! バラバラになるな!」
てんでバラバラの指示が乱れ飛んだ。
ワトキン・クロフツと息子が死んでしまえば後は横並びの従士たちである、統一した指揮をとるものもおらず、兵は狼狽え従士は勝手に動く。
ドンッ! ドンッ!
クロフト勢が門に取り付き破壊を始める。クリフの方からは見えないが、恐らく槌や斧を叩きつけているのだろう。
この門は柵に取り付けられた簡易的な物であり、大した強度は無い。
クロフツ村の見張り台から門の辺りに数本の矢が飛ぶが、夜間であり狙いは定まらない。
ドン! ドン! ドカッ!
大きな音を立て、門が破壊された。
「進めぇ! 屋敷を制圧せよ!」
ヒースコートの指揮のもと、クロフト勢が雪崩れ込む。
クリフたちが起こした混乱を見逃さず、一気に攻め立てたヒースコートの戦術眼は中々のものだ。
そこかしこでクロフツ村の兵士らが武器を捨てて降参した。
兵士は農夫である、死ぬまで戦うなどはありえない……支配者が変われども彼らの生活は大きくは変わらないのである。
数人の従士が手強く応戦したが、防衛のための柵はそのまま彼らを逃さぬ檻となり、全員が捕らえられるか戦死した。
最早、勝敗は決したのである。




