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猟犬クリフ~とある冒険者の生涯  作者: 小倉ひろあき
2章 壮年期

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1話 ノッポのトーマス 下

 衛兵の詰め所に行くと、幾つかの遺体が並べられていた。



「トーマス、無事か?」


 クリフはジョニーの遺体の傍らにトーマスを見つけ、声を掛ける。


「あ、クリフさん……」

「ジョニーは残念だった。お前は無事なのか?」


 トーマスはクリフの言葉に「はい」と短く答えた後、ジョニーの傷を指で指し示した。


「肩口に刺し傷……股に刀傷か。」

長巻(ながま)きです。凄い奴でした……9人で掛かって殺られたのは3人、手傷を負ったのは2人です。」


 長巻きとは太刀の1種で、柄が長く、全体の中心に鍔がくるように付けられている。

 重心の関係で太刀よりも取り回しが良く、開けた場所で威力を発揮する強力な武器だ。日本では室町の頃から流行し、江戸時代に刀の長さが規制されて衰退した。

 また、槍や薙刀の様な長柄物とは違い、刀と同じように扱う為にリーチを生かした戦術には向いていない。

 あくまでも太刀の1種である。


……9人の囲みを破るのか。


 クリフは戦慄した。

 取り囲んだのは素人ではない。衛兵は言わずもがな、ギネスら3人とてそれなりの腕前である。


……これは強敵だ。


 改めてジョニーの傷を調べる。

 肩口の刺し傷は(のみ)の様な物で刺されている……恐らく長巻きの石突きを尖らせているのだ。

 そして股の刀傷、これが致命傷だ……恐らくは失血死だろう。見事に内側の動脈を絶ち切られている。


「ギネス、強盗の居場所は分かるか?」

「はい、衛兵が(ねぐら)を突き止めまして……もう逃げたとは思いやす。」


 クリフは頷くとギネスとトーマスに指示を出す。


「ジョニーの弔い合戦だ……行くぞ!」


 クリフは敢えてギネスとトーマスを休ませなかった。


 こんな時は動き続けた方が良い。

 クリフは仲間を集めるべくギルドに戻った。




………………




「ここです……さすがに帰らねえでしょうが。」


 ギネスに案内され、安宿にたどり着いた。


「ギネス、イルマは部屋を調べろ。トーマスは宿帳を……ロッコ、ピートは周囲を聞き込め。時間を掛けるなよ。」


 クリフは周囲を探るが石畳の上では痕跡などは発見出来ようもない。


 結果は空振りだ……何も分からなかった。宿帳の名前はジミーとあったが、どうせ偽名だ。


「次だ……戦った場所に行くぞ。」


 クリフは早めに見切りをつけ、強盗と衛兵たちが戦った場所に向かう……そこは安宿から程近い場所にあった。


「ここです。」


 トーマスが当時の状況を詳しく説明する。

 さすがに現場は清められているが、所々に争いの痕跡があり生々しい。


「逃げた方向は?」

「あっちですね。城門の方です。」


 自由都市ファロンは高い城壁に囲まれている。外に出るのならば門は通ったはずだ。


「良し、城門で聞き込みだな。外に出たかどうか判れば大きい。」


 クリフはチラリとトーマスを見た……彼とて経験を積んだ冒険者だ。目に見えて落ち込んだりはしていない。


……どうも、な……(ツキ)の無い奴らなんだよな……


 クリフはトーマスとジョニーを運が無い、と評した。


 彼らはギネスと比べて格段に劣るわけではない……しかし、ギネスは雲竜ギネスと呼ばれる冒険者だが、彼らは無名のままだ。ジョニーなどは思わぬ強敵とぶつかり死んでしまった。

 彼らもギネスと別れず、クリフと行動を共にすれば違った結果があったかもしれない。


 今回の依頼とて、難度のわりには大した報酬でも無い。6人で頭割りすれば尚更だ……ようは貧乏クジである。

 彼らはこんな貧乏クジばかり引くような印象が強い。

 運が悪いのだ。


 運はバカには出来ない。命のやり取りをするなら尚更だ。

 たまたま、何かが起きて助かった。

 たまたま、敵が向かってきて死んだ。

 戦場でのたまたまを考えればキリもない。

 この運を武運と呼び、騎士などは何よりも尊ぶのだ。



 クリフがぼんやりと考え事をしている間にギネスが門兵とやりとりをしていた……このような時のギネスは頼りになる。


「外です。衛兵を傷つけて走り抜けたそうです。」

「良し、この時間なら……郊外に潜んでいるだろう。次の町までは日没に間に合わんからな。」


 クリフたちは追跡を再開した。




………………




 もうすっかりと日が暮れた。


 クリフはファロン郊外の百姓屋を睨んでいた。


……見つけたぞ。


 クリフは仲間を集めて足跡を示す。


「これを見ろ。」

「足跡ですね。何かあるんですか?」


 ピートが不思議そうに尋ねた……他の4人も分からないらしい。


「良く見ろ……爪先立ちだ。爪先立って歩く奴は騎士や冒険者なら凄腕さ。胡散臭いやつなら泥棒か殺し屋……もしくは間者(スパイ)だな。農民の歩き方じゃない……農民の足跡はこっちだ。」


 クリフが他の足跡を示すと5人はまじまじと足跡を見比べた。


「本当だ……足跡で……」


 イルマが目を丸くしている。


「覚えておけ、足跡を見るのは追跡術の1つさ。」


 クリフの言葉に全員が頷いた。


 ピートが自分の足跡を確認しているが、彼は己が爪先立ちでは無いのを知って落胆したようだ。


「足跡はあの百姓屋に続いている。俺が様子を見てこよう。」


 クリフは言うが早いか、足音を全く立てない特別な歩法で百姓屋に近づいていく。


「……やっぱ凄えわ。」


 ギネスがポツリと呟いた。



 クリフは百姓屋に張り付き、中の様子を窺う……血の臭いを感じ、イビキが聞こえる。


……気配は、1人だな。まず間違いは無い。


 百姓屋をぐるりと回る……入り口は2つ、玄関と勝手口だ。


……井戸と、水甕(みずがめ)も有るのか……良し。



 クリフは待機する5人の元に戻ると、作戦を披露する。


「いたぞ。火攻めにする。」

「えっ?火を付けるんですか?」


 イルマが思わずと言った風情で驚きの声を洩らした。


「そうだ……親父譲りの火攻めを見せてやる。」


 クリフがニヤリと笑う……迫力のある凄まじい笑みだ。


「親父……?闘将サイラス……」


 ロッコがブルッと身を震わせた。


 諸事情により、クリフの父親は元将軍のサイラス・チェンバレンと言うことになっている。



…………



 クリフが外に積まれた薪を集め、勝手口から火を付けた。


 パチリ、パチリ


 ほどなくして薪が()ぜ、火柱が立つ。


「お前らは何者だっ!」


 玄関の方から怒鳴り声が聞こえる。


……あちらに行ったか、予想通りだな。


 強盗は火の手が上がった勝手口を避け、玄関から飛び出したようだ。


「良しっ、イルマ! 火を消すぞ!」


 クリフは濡らした外套(マント)を火に被せ、火の着いた薪を棒で叩く。イルマは水甕からどんどんと水を掛け続ける。


 火はすぐに鎮火した……そのタイミングを見計らったかのようにロッコが走りよってきた。


「やりましたっ! 作戦通りですっ!」


 ロッコは声を弾ませ、結果を伝える。


「わかった。ロッコとイルマは火が出ないようにしばらく見といてくれ。」


 クリフが玄関に回るとギネスとトーマスが強盗の傍らに立ち尽くしている。


「やりましたよ。」


 ピートが得意気に笑う。


 強盗は複数の投げ網に絡め捕られ、槍で突かれたのだ。


 クリフがギネスとトーマスに用意させたのは投げ網と短槍だった。

 ちなみにこれはイルマとピートも装備しているが、ロッコは網の数が足りなかった為に短槍のみだ。


 凄腕の強盗は、得意の長巻きを振るうこと無く討ち取られたのだった。


……手の内が知れたら、工夫次第さ。


 クリフは事切れた強盗を調べ始めた……身元は判明しなかったが、得物の長巻きを見るになかなかの業物(わざもの)だ。見事な腕前といい、主家が滅びた騎士や従士かもしれない。


 大きな戦役が終わりを迎えたとは言え、平和になったわけでは無い。

 最近は主家が滅び、行く当ての無くなった元兵士が犯罪者となる社会問題が起きているのだ。


「ギネス、イルマを連れて衛兵に知らせてくれ。トーマスはロッコと共に周囲の住民が集まったら説明してくれ……ピートは俺と、ここの片付けだ。」


 クリフは死体を眺めた。

 憐れな農家の家人は3人……当然だが全員が死んでいる。

 1人はエリーくらいの女の子だ……母親は暴行された痕がある。


 クリフは何となく、今のギネスとトーマスに死体の片付けをさせたくなかった。


……仇を討ったところで、生き返る訳でもないが……


 クリフが「ふうっ」と溜め息をつく。


「仇は討てたんだ……この人たちも慰められますよね。」


 ピートが呟く。後ろを向いているので表情は分からない。


「そうだな。」


 クリフは死体を片付けながら、ギネスとトーマスの胸中を想像した。


……ギネスとトーマスは幼馴染み……大切な人を亡くした。


 クリフは大切な人、ハンナとエリーを思い浮かべる。


……ハンナとエリーを失った時、俺は生きていけるのだろうか……。


 クリフは自らの想像に寒気を感じ、ブルッと体が震えた。


……そう言えば、ハンナと初めて会ったのも、結婚したのも今の時期だ。


 マカスキル地方に「結婚記念日」という概念は無いが、クリフはふと、何かを贈ろうと考えた。



……そうだ、花が良い。ハンナに良く似た、あの花を。


 クリフは赤いアネモネの花を思い出す。

 アネモネには「はかなき恋」という花言葉がある。

 しかし、アネモネの花言葉は色によって様々だ。



 赤いアネモネには「君を愛する」という意味がある。


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