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猟犬クリフ~とある冒険者の生涯  作者: 小倉ひろあき
2章 壮年期

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1話 ノッポのトーマス 上

4年後のお話です。

 クリフとハンナの結婚より4年の月日が経った。



 歴史的に見れば激動の4年である。


 王国東部の混乱を静めるため4000人もの王国軍は東部へ進軍し、争いを続けるアッシャー同盟・カスケン・マンセル侯爵・バッセル伯爵の4勢力に対し討伐令を発令した。


 王国軍に対しての諸勢力の対応は様々であった。


 バッセル伯爵は逸早(いちはや)く降参し、王国軍と合流を果たしたために、本領を安堵された。


 マンセル侯爵は敵対していたバッセルが王国軍に着いたために対応を誤った。

 感情的な徹底交戦を主張した侯爵の息子2人が戦死。軍も壊滅させ、降参した。

 所領は半分となり、子爵に降爵され散々な目にあった。


 アッシャー同盟は統一した行動が取れなかった。

 元々が小勢力の連合体であり、降参を主張する者、交戦を主張する者、日和見(ひよりみ)を気取る者とバラバラに動いた為に各個撃破され、アッシャー同盟は解体された。


 余談だが、アッシャー同盟の切り崩し工作を担当したのはアイザック・チェンバレンである。

 彼は様々な勢力を糾合し、最終的に王国軍は27000人に膨れ上がっていた。


 最も悲惨な目にあったのはカスケンだ。

 カスケン領は王国軍と同盟を結んだジンデル辺境伯軍13000人による攻撃を受けて滅亡した。

 有無を言わさぬ先制攻撃であり、始めから滅ぼすつもりであったろう。カスケンの支配は4代70年で終わりを迎えた。


 ジンデル辺境伯はこの功により、実効支配している領域の安堵(カスケン領は除く)と公爵への陞爵(しょうしゃく)となった。

 代々、辺境にあって荒れ地を拓き、小勢力を吸収し続けたジンデル公爵の領地は広大な物となった。

 これよりおよそ200年後に王国からの分離独立する下地はこの時に出来たと言われている。



 王国は没収した地域を直轄領とし、王国東部への支配を約170年ぶりに完全回復した。

 これにより王国東部の戦乱は終結したのである。




………………




 ここは、自由都市ファロン7番通りにある冒険者組合(ギルド)である。


 股旅(またたび)亭のマスターが発案した冒険者組合は1年前に発足し、順調に活動している。


 冒険者組合本部の施設は主に3つ、仕事の依頼関係や報酬を支払う依頼窓口と、広間に設置された酒場……これは仲間(パーティ)の仲介や情報の交換などをする。

 そして併設された訓練場である。


 今日も多くの冒険者によって組合は賑わっている。

 ちなみに、ここの冒険者は組合がヘクターの事務所を吸収したためにヘクターの子分の割合がかなり多い。



 クリフは現在、組合(ギルド)でハンナと共に希望者へのコーチのような仕事を主に行っている。


 依頼もこなすが、大部分は若手に譲るような形となり、たまに受けても新人教育の様な形となることが多い。


 3年半ほどはクリフも少し無理をしたが、ほとんど借金を返済したためにガツガツと仕事を受ける必要が薄れてきたのだ。


 今日もロッコやピートら数人の若手相手にハンナが木刀を振るっている。

 ピートは若手と言うほどでも無いが、ハンナの稽古が受けたくて参加しているらしい。


(えい)!」


 ハンナの鋭い打ち込みがロッコに迫るが、ロッコはハンナの攻めの()をギリギリで外しながら防ぎ続ける。


……本当に強くなった。


 クリフはロッコの剣技の上達ぶりに感心した。

 ロッコは何年もハンナに稽古で失神させられ続け、身を守るために、いつの間にか防御のテクニックを身に付けたのだ。


「しゃらくさいっ!」


 ()れたハンナが身を寄せて鍔迫り合いを仕掛けた……その瞬間、ハンナは自らの木刀を手放した。

 ロッコの手首を掴んで(ひね)り上げ、彼が体勢を崩したところで上から肩を押さえつけ身動きを封じた。

 肩を見事に()めている。


「があっ!? 参ったあっ!」


 ロッコが降参したところでハンナは関節技を解いた。


……ハンナも成長したなあ。


 クリフはハンナの成長に感心した。以前のハンナなら降参した相手を面白半分に気絶させたり、間接を外したりしていただろう。


 10代の頃のハンナには、幼児が虫の足を千切って遊ぶような残酷な稚気があった。


「次は?」


 ハンナが若者たちを促すが皆、尻込みをしている……無理もない。

 彼らの中ではロッコが飛び抜けて強いのだ。そのロッコが手も無く、文字通りに(ひね)られては立ち向かえと言うのが酷だ。


……仕方ないな。


 クリフが木剣を持ってふらりと立ち上がる。


「俺がやろう。」


 クリフが若者たちに助け船を出した。

 ハンナがニイッと獰猛に笑う。


「クリフと戦えるなんてツイてるわ。」

「稽古だからな、忘れるなよ。」


 クリフがハンナに念押しをして向かい合う。


「エェェェイッ!!」


 いきなりハンナが大上段からの打ち込みを仕掛けた。雷刀らいとうと呼ばれる石火の面打ちだ。

 木刀とは言え、食らえば即死である。


 しかし、ハンナの木刀は空を切った。クリフが地に伏せるように低い姿勢をとったためだ。

 クリフはそのまま横凪ぎに剣を振るいハンナの足首を狙う。

 ハンナは足を上げて躱わすが、クリフは蜥蜴(とかげ)の様に低い姿勢のまま身をくねらせ次々と足元を狙い剣を振るう。


 ハンナは応戦するが、身を低くすれば上から切られても精々が掠める程度になるのは道理だ。

 ()れたハンナは上からクリフに突きを放った。地面ごと(えぐ)るような必殺の一撃である。


 クリフは素早く立ち上がると共に、下からハンナの木刀を跳ね上げ、ハンナにピタリと身を寄せた。


 深く踏み込む突きは予備動作……すなわち()こりが見えやすい。クリフはそこに狙いを澄ましたのだ。


 ハンナの鎖骨辺りにクリフの肘が触れている。実戦ならば体重を乗せた体当たり気味の肘打ちでハンナの鎖骨を砕いただろう。


「負けたわ。」


 ハンナが降参した。

 この戦法はクリフが対ハンナの為だけに密かに練り上げた剣術である。


「やっぱりクリフは凄いっ! 凄いわっ!」


 ハンナがぴょんと跳ねてクリフに抱きつき、口づけを迫るが、クリフは彼女の頭をグリグリ撫でることによって防いだ。


「見たか? 剣技に優劣があろうが、勝敗の決め手にはならない……工夫しろ。」


 若者たちがコクコクと何度も頷いている。


「良し、次はピート。」

「よっしゃ! いきます!」


 ピートはクリフの真似をして四つん這いになるが、ハンナに(あご)を蹴り飛ばされて失神した……その顔は何故か幸せそうだった。




………………




 稽古を終え、クリフがハンナと酒場で寛いでいるとギネスが来た。表情が暗い。


 ちなみにハンナは「剣先が鈍る」と言って酒は飲まない。今もマスターにビワを剥いてもらって噛じっている。


「兄貴、ジョニーが殺られた。」


 ジョニーとはギネスの幼馴染みの冒険者で、最近になって相棒のトーマスと共に組合(ギルド)員となっていた。

 よく肥えていたので「太っちょジョニー」と呼ばれていた中堅どころの冒険者だ。

 ちなみにトーマスは背が高いので「ノッポのトーマス」で通っている。


 クリフはギネスを落ち着かせるように、努めて平静に対応する。


「そうか……辻強盗を狙っていたな?」

「ええ、何処かの落武者でしょうか……もの凄い奴で。」

 

 最近では衛兵が手に余る事件の解決するために組合(ギルド)に依頼が来ることもある。

 その場合は衛兵と張り合うわけでは無く、協力体制となる。

 今回は連続で辻強盗を働く凶悪犯をギネス、トーマス、ジョニーの3人で追っていたのだ。


「トーマスは?」

「衛兵の詰め所に……ジョニーの遺体と一緒です。衛兵も何人も殺られて……取り合えず怪我人も遺体も詰め所に運んだところで。」


 クリフは立ち上がり、身支度を手早く済ます。


「ハンナ、エリーのことを頼むぞ。食事は先に食べてくれ。」

「うん、気を付けてね。強敵だったら手伝うよ。」


 ハンナはニッと笑った。

 実際にクリフよりハンナの方が強いのだから何とも言い難い。先程のような外連(けれん)技など、2度は通じないであろう……クリフはまた、対ハンナの新しい工夫を考えねばならない。



 クリフは苦笑して衛兵の詰め所に向かった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 1部まで読了 [気になる点] 1話完結はやっぱり最高だね! [一言] クリフの弟子時代の話とか読みたいわ
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