19話 赤猫のロスポ
その賞金首を見つけたのは偶然であった。
アッシャー同盟領ホジソンの町、ここはアッシャー同盟領の東端に近いそれなりの規模の町である。
アッシャー同盟領とカスケン領の間で緊張が高まり、ホジソンの町では兵が集まっているらしい。
この情報を得たクリフは間道を通り、ホジソンの町を迂回した……兵隊が集まっている場所に冒険者が近づいてもろくなことにはならない。危うきには近寄らずである。
クリフが間道を進むと、どこか遠くでキンと金属を打ち合う音が聞こえた。
道の先で誰かが争っているようだ。
……盗賊か?
クリフは少し速度を上げ、音に近づく。
……いた。
そこでは冒険者風の男達が争っていた。
クリフは隠れ、じっと様子を窺う。事情が分からない内は手出しは無用である。
争っているのは二人組と四人組だ。さほど腕に差は無いが人数の差で四人組が優勢のようだ。
「ロスポ! 回り込めっ!」
四人組の頭が指示を飛ばす。
……ロスポ……?
クリフはロスポと呼ばれた男をじっと観察する。
左腕の手首から先が無い……そして左耳が火傷で欠けている。
……間違いない、赤猫のロスポだ。
赤猫とは放火や放火魔の意である。
赤猫のロスポは目星をつけた町や村を放火し、混乱を誘ってから盗みを働く凶賊だ。
放火は殺人よりも重罪であり、賞金も高額だ。
……よし、捕まえてやるか。
偶然とは言え賞金首を見つけたのだ……逃がす手は無い。
剣を抜き、走り寄る。
「新手だ!」
四人組のリーダーがクリフを見つけ、叫んだ。
……遅い。
クリフは剣を構え、体当りするように近くの男にぶつかっていく……ドンッと形容し難い音を立てながら 深々と男の腹に剣が突き刺さった。
「こ、この……やろ」
男は自らに刺さった刀身を握り締める。クリフが蹴り飛ばすように剣を引き抜くと、バラリと男の指が落ち……男はそのまま動かなくなった。
……切れる。
クリフはサイラスから貰った剣の切れ味に瞠目した。
「この野郎」と怒声を上げながらロスポが手斧で切り掛かってきた。片腕の為かバランスが悪く、鋭さが無い。
クリフは難なく横に避けるように身を躱わし、剣を振り抜く……クリフの剣はさほど抵抗感も無くロスポの肘から先を切り飛ばした。
ロスポは悲鳴を上げ、もんどり打って倒れた。
「逃げろ!」
クリフの戦いぶりを見た四人組の頭が撤退を指示する。
その判断の速さは中々のものだ。
……逃がすかよ。
クリフは逃げる男の背後に迫り、襟首を掴んで仰向けに引き倒した。
「動くな。」
クリフが剣を突きつけると男は観念したように動かなくなった。
クリフは手早く男とロスポを拘束する。
頭目らしき男は二人組に囲まれて殺されたようだ。
…………
「クリフさん、助かりました。」
ノッポの男がクリフに親しげに話しかける。どうやらクリフのことを知っているらしい。
……はて、どこかで見たような。
クリフが怪訝そうな顔をすると、肥えた男が苦笑をしながら自己紹介をした。
「ジョニーです。こちらがトーマス……ギネスの連れだった者です。」
思わずクリフが「ああ、ギネスの」と声を上げた。
二人はニコリと笑いながら口々に礼を述べた。
聞けば最近名を上げたギネスを訪ねて自由都市ファロンに行った帰りなのだという……やはりホジソンの町を迂回して間道を使っていたのだ。
「いや、雲竜のギネスとは恐れ入りました。」
「俺たちもクリフさんに付いていくべきだったかな?」
二人は実に楽しげだ。名を上げたギネスに対して妬みや対抗心は無く、純粋に喜んでいるようだ。
……いい友達だな。
クリフは少し眩しそうに二人を見た。思えばクリフに同年代の友人はいない。
「コイツらに心当たりはあるか?」
「いえ、ありません。盗賊の類いだと思います。」
クリフが尋ねるとトーマスが答えた。襲撃される心当たりは無いらしい……彼らの推察通り盗賊だろう。
クリフは盗賊の頭の遺体を二人に渡し、拘束した二人と殺した男の首を引き取った。
強盗なんて荒っぽい連中だ…賞金首の可能性は大いにある。
「すいません……こいつもクリフさんに持っていってもらっても……。」
ジョニーが遠慮をしたがクリフは断った。戦果は戦果だ。二人の獲物を横取りするつもりは無い。
「クリフさんに会えなかったらヤバかったです。本当に助かりました。」
「冒険者組合ができたら俺たちもファロンに行きますよ。」
クリフと二人は長話をすることも無く別れた。お互いに旅の途中なのだ。
クリフは拘束したロスポと片割れを引きずるように先を急ぐ。目指すのはアッシャー同盟領アッカンの町……自由都市ファロンのすぐ隣だ。
……急ごう……日が落ちる前に町に入りたい。
クリフがペースを上げると後ろで両手を失ったロスポがうめき声を上げた。
………………
日がある内にアッカンの町にたどり着いた。
アッカンの町はファロンに近く、規模のわりに賑わっている。
クリフはざわざわとした視線を感じながら大通りを歩く……拘束した二人の男を連行し、腰に首をぶら下げたクリフはかなり目立つのだ。
注目を集めながら歩いているクリフを見かけ、人混みから走りよってきた者達がいる。
「おい、あんた!」
「ちょっと待ってくれ!!」
クリフは見知らぬ三人組に声を掛けられた。
男が二人に女が一人である。いずれも若い。
「私に何か?」
クリフが足を止め、三人組と向き合った。
「ああ、その男……赤猫のロスポだろう? 譲ってくれないか?」
「そいつは俺たちの村の仇なんだっ!」
男達が興奮気味にまくし立てる。女は黙ってロスポを睨み付けていた。
「お断りします。」
クリフはあっさりと三人組の申し出を断った。話にもならない…クリフにロスポを引き渡す理由は無いのだ。
「なんでっ!? 私たちはこいつを探して2年も旅をしてるんです! お願いします! 賞金なら、遺骸は引き渡しますから!」
女が早口でクリフに訴える。
必死なのは分かるが彼らは自分達の都合しか考えていない……彼らの身勝手な申し出にクリフは腹が立ってきた。
「私には譲る理由がありません。ロスポを生きたまま衛兵に引き渡せば賞金に色がつきますし、あなた達がロスポを持ち逃げしない証拠もありません。」
「そんな……信じてくださいっ!」
クリフが説明しても女は食い下がる。
「金なら払う! いくらだ?」
「33000ダカットなら譲りましょう。」
ロスポの賞金額は28000ダカットだ。33000ダカットは少し割高ではあるが妥当な所だろう。
「わかった、今は無いけど……いつか必ず払う! だから……」
「……話にもなりませんね。」
いつか払うなどと信じるクリフでは無い。明日をも知れぬ賞金稼ぎに「いつか」などとは笑止である。
「頼む! 村の仇なんだ! 親父の仇なんだ!」
「くどい。」
クリフがピシリと言い切ると、三人組は「うっ」と言葉に詰まる。貫禄負けである。
「お願いします……お願いします……やっと見つけたんです。」
女がとうとう泣き出した。
いつの間にか集まってきた観客も同情し「渡してやれよ」などと勝手な野次を飛ばしているが、クリフは黙殺した。
クリフは金を払えば引き渡すと条件を提示した……金を払えない彼らが悪いのだ。
対価も支払わぬ者に誰が商品を渡すと言うのか。
「行くぞ」と拘束した二人に声を掛け、クリフは歩き出した。
観客が「「ああー」」と溜め息をつく。
「畜生っ! 何で分かってくれないんだ!!」
興奮した男が剣を抜き、ロスポに切りかかる。
しかし、これはクリフの予想内の事であった。
クリフは素早くナイフを抜き打ちに投げつける……ナイフは狙いを過たず男の喉に突き立った。
男は「げっ」と低い悲鳴を上げて崩れ落ち、転がりながらもがき苦しんでいる。
クリフの手錬の早業に観客が「「おおー」」とどよめいた。
「ああっ、ポールっ!!」
「やりやがったな!」
怒りに血迷った残りの男がクリフに突き掛かってきた。
クリフも剣を抜き、男の剣を捌く。
「あの剣はミスリルだぞ!?」
目敏い観客が驚きの声を上げ、周囲の観客もざわめいた。ミスリルは希少である……一介の冒険者が持つ物では無い。
クリフは横に跳ね、女の顔を浅く切りつけた。
女は油断をしていたのか無抵抗だ。
「ぎゃあー」と悲鳴を上げ、女が右目を押さえ踞る。
「何て事をしやがるっ! 畜生めっ!!」
男が再度突き掛かってきたが、クリフは難なく横に躱わし剣で太股を抉った。
男は「ぐわあっ」と悲鳴を上げたが、剣を杖の様にして堪え、クリフを睨みつける……中々の根性だがそれだけだ。
クリフは感情の無い目で男を一瞥すると、鋭く剣を振るい、剣を握る男の手元を切り飛ばした。
バラリと男の指が数本切断され剣を手放す……男は支えを失い崩れ落ちた。
観客が「「うおー」」と歓声を上げた。
ミスリルの剣を持ち、三人組を手玉に取ったクリフが観客に与えた衝撃は強い。
観客は口々にクリフを噂している。
「ああっ、何で……何でこんな……」
片目になった女がうわ言のように呟いた。
彼女はまだ自分達の過ちに気付いていないのだろう……賞金稼ぎという猛獣から賞金首という餌を奪う行為がいかに危険であるか理解していないのだ。
ロスポに遺恨を晴らしたいのならば、処刑され晒された後に、ロスポの遺骸を引き取り故郷に持ち帰ることもできた筈だ。
欲の深い牢役人ならば、袖の下次第ではロスポを牢死扱いにして遺恨を晴らさせてくれたかも知れない。
短絡的に暴力という手段を選択したのは彼らなのだ。
クリフはナイフを回収し、振り向くことすら無く衛兵の詰め所に向かう。
ふと、装飾品店に並ぶ白い髪留めがクリフの目に留まった。
可愛らしいデザインの小ぶりな髪留めである。小さな緑色の宝石があしらってあるようだ。
……あれならハンナの赤い髪に映えるだろう。
クリフは髪留めを一目で気に入った。思えば外套を縫ってもらったお礼をまだしていない。
……よし、あれが良い。エリーにも何か買ってやろう。
クリフはハンナとエリーの喜ぶ顔を想像し、自分の計画に満足した。
もはや先程の三人組など意識の片隅にすら無い。
…………
クリフは衛兵の詰め所で拘束した二人と首を引き渡す。
残念ながら首になった男に賞金は掛かっていなかったが強盗の現行犯である……その首は晒されるであろう。
拘束した男は中々の賞金首であった。
ロスポと合わせて45000ダカット、大金である。
クリフは先程の三人組との喧嘩についても質問されたが、クリフにとっては「ああ、そんなこともあったな」と言った程度のことである。
衛兵はクリフの態度にやや呆れ気味であったが、クリフに非は無いことを確認してくれた。
クリフは喧嘩を売られた立場だ……先に剣を抜いたのもあちらである。クリフは身を守っただけだ。
証人はいくらでもいるだろう。
……やれやれ、予想外に時間が掛かってしまった。急がなくては。
クリフが装飾品店に向かうと閉店作業中であった。クリフはなんとか頼み込み、店内に入る。
店員は迷惑げであったが、すぐにハンナの髪留めを購入すると店員の態度は軟化した。
そして少し迷いながらもエリーに小さな首飾りを選び、チェーンの長さを調節して貰う。
……これで良し。
クリフは買い物に満足した。思えば装飾品店に入るなど初めての経験だったかも知れない。
買い物が終わると既に外は真っ暗だった。店員に礼を述べて店を出る。
宿を探そう、とクリフは歩き出す。
明日にはファロンに着く筈だ。
八日後にロスポは処刑された。絞首刑である。
賞金首が処刑される時には逮捕者の名前も通知される。三人組……すでに二人だが、先程の二人が猟犬クリフの名を知ったのはロスポの処刑の折であった。
その目には暗い決意が宿っていた。




