17話 駒鳥の囀り 上
マルゴの町。
ここはアッシャー同盟領の西端にあたる。
マルゴの町は小さいながらも主要街道上にあり、それなりの賑わいがある宿場町である。
クリフがマルゴの町に立ち寄ったのは、ハマナスの花が咲く時期だった。
「おい、そこのお若いの。」
クリフはマルゴの町で大柄な老人に声を掛けられた。
「私ですか?」
「そうだ、お前さん狙われてるぜ。」
クリフはスッと目を細めて老人を見た。
年の頃は50代半ばを越しているだろう、白髪の老人だ。
痩せた顔に尖った顎が見るものに狷介な印象を抱かせる顔つきだ。
クリフは慎重に周囲の気配を探る。
……何人か、この先の辻に隠れているな。
クリフは待ち伏せの気配を感じた。
2つ先の辻に4~5人、気配の消しかたの未熟さから見るに大した腕では無いだろうとクリフは踏んだ。
「ご助言、感謝します。」
クリフが礼を述べると老人は表情を変えずに頷いた。
クリフは待ち伏せのある辻まで進み、急に振り返ると来た道を走り出した。
「あっ! 気づかれたぞ!」
「追え! 逃がすな」
「待ちやがれ!」
待ち伏せしていた男達が誘い出され、クリフを追いかける。
……数は4人、やるか。
クリフは再度、急に振り向き先頭の男にナイフを投げ付けた。ナイフは男の太股に突き刺さり、男は堪らず倒れ込む。
「あっ」と悲鳴を上げ、すぐ後ろの男が、倒れた男に躓いて転んだ。
すかさずクリフは転んだ男にナイフを投げ付けた。
ナイフは男の顔面に突き刺さり左目を潰した。絶叫が響き渡る。
「喧嘩だ! 喧嘩だぞ!」
住民がどやどやと集まり始める。
娯楽の少ない時代だ。冒険者の喧嘩はスリル溢れる見世物なのだ。
「二人もやっつけたのか?」
「一対四だとよ!」
「負けるな色男っ!」
物見高い観客がクリフを応援し始めた。別段クリフは美男でも無いが、四人も相手にする凄腕は二枚目の色男という設定なのだろう。
「野郎めっ! やりやがったな!」
残る二人の片割れがクリフに凄む。
対するクリフは無言で剣を抜き、倒れている二人を浅く切りつけた。
これは挑発である。
クリフに切りつけられた男は「勘弁してくれっ」と泣き声を上げた。
観客も固唾を飲んで見守っている。
「止めろ!」
この挑発には堪らず、残りの男の片割れがクリフに突きかかってきた。
クリフは素早くナイフを投げ付け、男が倒れる。男の左膝にはナイフが突き刺さっていた。
観客が「わっ」と歓声を上げた。
残るは一人だ。
「この野郎っ! 嘗めんじゃねえぞ!」
威勢よく剣をクリフに向けるが剣先は震えている……これでは人を殺傷するには覚束ない。
クリフが無造作に近づくと男は体当り気味に諸手突きを放ってきた。クリフは体を捌き、横に躱わすようにして剣を突き出した。
男が「畜生っ」と恨み言を言いながら崩れ落ちた。腰の辺りをクリフの剣が抉ったのだ。
観客がどっと大きな歓声を上げた。
………………
衛兵が駆けつけ、クリフと男達は衛兵の詰め所に向かった。
有り難いことに先程の老人がクリフは被害者であると証言をしてくれたお陰で、クリフは多少の質問をされたが直ぐに解放された。
多少の袖の下を渡した影響もあるかもしれない。
衛兵は襲われた事情を説明してくれようとしたが、クリフは断った。
賞金稼ぎを生業としているのだ……買った恨みなどは数えても限りがない。
「余計な世話だったな。」
老人がクリフに笑いながら話しかけてきた。
「いえ、助かりました。礼などしたいのですが……。」
クリフが申し出ると老人はニタリと笑いながら酒場を示した。
一杯奢れと言いたいのだろう。
二人は酒場に入っていった。
………………
老人はサイラスと名乗った。
人品は決して卑しくは無いが、騎士の雰囲気では無い。
……ひょっとしたら、どこかの従士でもしていたのかも知れないな。
クリフはサイラスの大きな体と身のこなしから武術の心得があると見た。従士とは貴族や騎士に従う下級の武士階級である。
「クリフさん、お前さんのナイフは大したもんだ…それに挑発のやりようが凄い。殺し屋か、細作か?」
真顔のところを見るに、冗談では無さそうだ…どうやらサイラスはクリフのことを知らないらしい。
「いえ、賞金稼ぎです。」
「ほお……そいつは良い。お前さんみたいな賞金稼ぎがいたら、世の中は綺麗になるだろうさ。」
サイラスはグイッとジョッキを飲み干す。かなりの酒豪のようだ。
「サイラスさんは、何か目的があって街道を張っているのですか?」
クリフが尋ねると、サイラスは少し目を細めて考え込んだ。
「わかるかね?」
「まあ、仕事柄……良く似たことはやりますので。」
サイラスは「ふむ」と頷き、酒をお代わりした。
「別に隠すことじゃ無いか。イザドルって賞金首を探してるんだ……恥ずかしながら息子でね。」
これには、さすがのクリフも驚きで目を見張った。
「大した話じゃないんだよ……ぐれた息子が家を飛び出した。10年間便りもなく、死んだと思ってたら手配書に書かれてやがった。恥さらしに……俺の手で引導をくれてやりたいのさ。」
クリフは考え込んだ。
イザドルはクリフも知っている。
滅法腕の立つ野盗の頭目で、荒駒のイザドルと呼ばれ恐れられている。
……なるほど、従士の家で仕込まれた武術だったわけか……腕が立つ筈だぜ。
クリフはイザドルの強さに得心がいった。イザドルはもう何人も賞金首を返り討ちにした実力派だ。
「クリフさん、どうだろう……手伝ってくれないか。どうも俺には賞金首を探し出すのは難しい。」
サイラスはドシャリと重そうな財布を机に置いた……どうやら報酬のようだ。
サイラスは本当にクリフの事を知らないようだ。
普段は賞金稼ぎ専門ではあるが、サイラスには借りがある。
それに、クリフはサイラスの正直さをすっかりと気に入ってしまったのだ。
「引き受けましょう。」
報酬は遠慮をしないのが冒険者の流儀だ。クリフは堂々と財布を受けとり、イザドル追跡を引き受けた。
「ただし、追跡だけだ……手出しは無用だぜ。」
サイラスはニヤリと笑ってグイッとジョッキを飲み干した。




