竹ぼうきと空飛ぶエトランゼ ②
長らくお待たせしました、連載再開です!
初夏の爽やかな風が心地よい。今日はいい掃除日和だ。
僕とユウリィは竹ぼうきを携えて、小さな神社のあちこちに散らばるゴミや落ち葉をかき集めていた。
「さっさっさー♪ きれいにしちゃうぞ、さっさかさー♪」
ユウリィは随分とごきげんみたいで、おかしな歌のリズムに合わせて背中の小さな翼を上下にぱたぱたとさせていた。足取りも軽く、スキップでもしそうな勢いで竹ぼうきを巧みに操っていた。
「あはは、変わった歌だねユウリィ。なんだか嬉しそうだけど、いったいどうしたの?」
「別にどうもしないよー? とってもいい天気で、美味しい朝ごはんを食べて、つっきーと一緒にお掃除ができる。朝からこんなに嬉しいことだらけで、楽しくなるのも当然ってもんだよ♪」
屈託のない笑顔で答えてくれたユウリィに、僕も釣られて笑顔を返した。
何気ない日々の中にこそ、幸せと呼べるものがたくさん詰まっている――とても、素敵な考え方だと思う。
僕にとっては『当たり前』の光景として流れていってしまうものが、ユウリィにとっては宝石箱みたいに輝かしい、心を躍らせる大切なものなんだろう。
「それにしても、こんな小さなお社に来る人なんて、僕ら以外にいるのかなぁ……?」
神社と呼ぶにはあまりにこじんまりとし過ぎている、この小さなお社。
この辺り一帯の土地を所有している地主さん――加賀美のおばあちゃんは、この神社にお参りすることが日課になっているのだそうだ。
でも、こんな自然豊かな山の中にある上、人の手がほとんど入らない小さな境内だ。すぐに雑草が生えてきて荒れてしまう。おばあちゃんは何とかきれいにしようと頑張りたかったんだけど、お年も召されているし、どうしても体力的に無理があった。
そこで、お隣である『さざんか荘』の住人――つまり僕に、このお社の手入れの依頼が舞い込んできたのである。
おばあちゃんにはこの街に引っ越してきてから色々とお世話になっているし、断るつもりなど毛頭なかった。
けれど、いざやろうとするとこれが大変だったのだ。
伸びきった雑草の駆除、壊れかけたお社の修繕。
体力にそれほど自信があるわけでもない、ひ弱な男ひとりではどうしても限界があったのだ。
そこに、救世主として『さざんか荘』にやってきたのがユウリィだったのである。
「最初は酷かったよねー? 見渡す限り雑草がボーボーで、お社もいつ壊れてもおかしくなかったし」
「ユウリィが手伝ってくれたおかげですごく捗ったよ。流石は有翼人、フットワークの軽さじゃ敵わないや。……あ、顔に泥が付いてるよ」
「うにゅにゅ……」
僕はおにぎりと一緒に持ってきたタオルで、ユウリィの頬についた汚れをぬぐってあげた。洗いたてのタオルの感触が気持ちいいのか、ユウリィはほにゃっとした表情でされるがままになっていた。
彼女が手伝ってくれてからの作業効率は、僕ひとりの時の何倍にも跳ね上がった。
目にも止まらぬスピードで雑草を刈り取り、空を飛びながらあちこちにまとめたゴミを集めて捨てに行ってくれたり。色んな意味で、僕には真似できそうになかった。
出会ったころのユウリィは今よりずっと無口で、あまり感情を表に出さない子だったけれど……
「よーし、今日のお掃除はここまでっ! つっきー、そろそろ帰ろっか?」
そう言って僕に笑いかけてくるユウリィの顔は、まるでお日様のように眩しかった。
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神社の掃除をひと段落させた僕とユウリィが『さざんか荘』に戻ってみると、
「やぁ少年、お邪魔しているよ。今日も朝から頑張っているみたいだね、若いのに感心なことだ」
「あれ、ハクさん? おはようございます」
白い髪、シンプルなTシャツにジーンズ姿の管理人さん――通称ハクさんが、リビングの椅子に座りながらこちらに向けて軽く手を上げていた。
フルールと楓の姿はない。自分の部屋に引っ込んでしまったのだろうか?
「椿さま、ユウリィさま、おかえりなさいませ。勝手ながら水回りをお借りしております」
「え、洗い物してくれてたんですか? すいません、お手を煩わせてしまって……」
イオタ王女はリビングに面した台所で洗い物の真っ最中だった。曲がりなりにも彼女は客人だというのに、随分と気を遣わせてしまったようだ。
「イオたん、ユウリィもお手伝いするよーっ」
「い、イオたん……? で、でも、なんでしょう。悪い気にはならない、このくすぐったい気持ちは」
ヘンテコなあだ名を付けられてしまったことに戸惑うイオタだったが、ユウリィがこうやって気安く接してくれることが嬉しかったのか、自然と笑顔を返していた。
さて、洗い場は2人にお任せするとして、僕は何やら用事がありそうなハクさんに話を聞いてみることしよう。
「しかし、珍しいですね。ハクさんがここにいらっしゃるなんて」
「そりゃあ、私だってたまには顔くらい出すさ。可愛い店子さんたちのことだって気になるしね」
苦笑しながら答えるハクさんだが、僕が知る限り、彼女と『さざんか荘』で会ったのは入居日にご挨拶した時きりで、ここ1ヶ月近くはずっとあの海岸でしか姿を見かけていなかった。
と言うより、ハクさんが普段どこでどんな生活をしているのかさえ知らない。結構、神出鬼没な人なのだ。
洗い物を終えたユウリィとイオタも交え、4人で向かい合う。
なお、王女様は席に着く前に人数分のお茶を淹れてくれていた。ここだけ聞くと、気配りがきめ細かい人だなぁ、と好印象も持てるんだけど……
「あの、イオタ? 僕は君にお茶っ葉がある場所を教えた覚えはないんだけど?」
「うふふ。椿さまが暮らしていらっしゃるこの空間で、私が知らぬところなどございませんわ」
なにそれ怖い。
このお姫様、ドMに加えて僕へのストーカー容疑が深まりつつあるのだ。だから家庭的なところや気配り上手な面を見せつけられても、どうしても彼女に対して好印象を持てないと言うか、キャラが残念すぎると言うか。
「茶葉の場所だけではありません、椿さまのお部屋――ベッドの下に隠されているおつもりの蔵書の数々なども「よし分かった、口止め料はいくら払えばいい?」おほほ、何を仰っているのかさっぱり理解できませんわー?」
この王女様には悪魔でも憑りついているんじゃなかろうか。もしかして、以前のお説教や放置プレイをまだ根に持っているんだろうか。
いかん、どんどんと外堀を埋められているような気分だ。油断すると彼女の手練手管に乗せられて、いつの間にやらイオタルートに突入してしまいそうで恐ろしかった。
「ねぇつっきー? ベッドの下にある本っていったい「君が知る必要はないし今後その話題を蒸し返す必要もない。次に一言でもそれに触れたら、今夜のおかずは棒々鶏に決定だからね」ぴきいいいいいいいっ!? 今度は蒸すの、蒸しちゃうの!? そして甘辛いタレにからませるつもりなの!?」
純粋無垢な顔で不用意な発言をしようとしたユウリィにすかさず釘を刺す。
相変わらずの鶏肉料理恐怖症、ユウリィは背中の羽をぷるぷると震わせながらテーブルの下に潜り込んでしまった。
「……ちょっといいかい少年? 見ている分には大変面白おかしい一幕で結構なことなんだが……そろそろ本題に入ってもいいだろうか?」
「あ、すいません。どうぞどうぞ」
突然始まったショートコントでハクさんを置いてきぼりにしてしまったことに気付き、僕は慌てて居住まいを正した。
ハクさんの固い表情に、リビングの空気が少しだけ重くなったような気がした。どうやら深刻な話のようだ。
「つい先ほど“アストライアゲート”の方から連絡が入ってね。《クリステラ》のとある犯罪者が、ゲートの検問を破ってこちら側の世界に逃走してきたらしい」
「犯罪者、ですか……それは、大変なことですよね」
この地球と異世界《クリステラ》を繋ぐ巨大な門、通称“アストライアゲート”はこの黄聖市からさほど離れていない場所に存在する。
つまり、その脱走犯とやらがこの街の近くにいてもおかしくはないということだ。
「分かりました。他の子たちにも伝えて、あまりひとりで出歩かないように言い聞かせておきます」
「理解と対応が早くて助かるよ。だが、伝えたいことはもうひとつあってね。その脱走犯の情報を聞いたところ……どうやら、そこの翼の少女に関わりのある人物かもしれないのだ」
「ぷるぷる…………え? ユウリィのこと?」
ハクさんからの突然のご使命に虚を突かれたユウリィは、テーブルの下からもぞもぞと這い出てきた。
なんだか、嫌な予感がする。
せっかく目いっぱいに笑えるようになったユウリィの顔が、また曇ってしまうような出来事が起こるような気がして。
でも、聞かなきゃいけない。家族や友達が危険な目に合うかもしれないことに、目を背けるわけにはいかなかった。
「いったい、誰なんですか……?」
絞り出すような声で問いかける。隣のユウリィはぴんと背筋を張ったまま、緊張した面持ちでハクさんの言葉を待っていた。
「彼は有翼人の一族の中でも指折りの剣士であり、そして……1年ほど前にとある罪を犯して、投獄されていた人物だ」
「っ!? ま、まさか、ハルシャのこと……!?」
どうやらユウリィにとってはよく知る人物――それも、とびきり最悪な意味での知りあいだったようだ。
その名に聞き覚えがあったのはイオタもらしく、確認の意図でハクさんに声をかけていた。
「ハルシャ=イエローガーデン。有翼人最強の騎士とも称され、魔族間との戦争時にも多大な功績を残した英雄ですわ。ルーンガルド王国でも、その功績を称えて近衛騎士の席を用意していたほどです。それに、あと……」
イオタは急にユウリィの方をちらちらと見ながら、言い辛そうに口を固まらせていた。
ユウリィも彼女の視線に気付いたのか、悲しげな笑みを浮かべながらその言葉を引き継いだ。
「ユウリィの……婚約者だった人、だよ」
ユウリィは、どんな想いでその言葉を口にしたんだろうか。
苦しさ、懐かしさ、怒り、悲しみ。
色んな気持ちがその一言にこめられていたような気がして、僕は彼女にかける言葉が見つからなかった。
だが、ひとつ気になったことがある。
そのハルシャさんとやらは英雄と呼ばれるほどの人だというのに、いったいどんな罪を犯したというのだろう?
「あの男は、決して許されざる大罪を犯したのです。それは、ユウリィ様の心にも深い爪痕を残したことでしょう……」
その疑問に、イオタ王女が砂を噛むように苦々しい表情で答える。
許されざる大罪――どんなものなのか、概ね予想も付きそうなものだ。
今さら言葉を濁しても仕方ないだろう。
この場の雰囲気にあてられて、心臓が軋むように痛い。それでも僕は意を決して、直球の質問を投げかけた。
「……ハルシャさんは、誰を殺してしまったっていうの?」
が、返ってきた答えは僕の予想の斜め上を行くものだった。
「……え?」
「あれれ?」
「少年、いったい君は何を言っているんだ?」
口を半開きにしたまま硬直するイオタ王女、きょとんとした様子で首を傾げるユウリィ、大仰な溜め息をついてくるハクさん。
あれ? みんなどうしたのさ。その「お前は何も分かっていない」とでも言いたげな反応は。
ものすごく申し訳なさそうな口調で、イオタ王女がハルシャさんの解説を加えてきた。
「えーと、ですね、椿さま。ハルシャは別に殺人の罪を問われているわけではないのです。戦時においても常に不殺の志を崩さず、対話による交渉で戦場を収めた功績の方が大きいくらいですし。彼が着ていた白い鎧には、無数の傷はあろうと一滴の返り血も付いていなかったとされ、純白の騎士と呼ばれていたくらいですもの」
「で、でもでも、さっきの流れじゃ勘違いしても仕方ないよね! 変な雰囲気にしちゃったユウリィたちも悪いよね! ね!!」
早合点して恥ずかしい思いを汲んでくれたのか、ユウリィがやたら早口で僕の弁護にまわってくれていた。気持ちは嬉しいけど、余計みじめな気分になってしまった。
「そ、そうなんだ……立派な騎士さまだったんだね。でも、だったらいったいどんな罪を犯したって言うの?」
だったら何なんだと、僕は気を取り直して再度質問をぶつける。
だがここまで来ると、物事の理解に乏しい僕でもそろそろ察してしまうわけだ。
辛そうではあるものの、あまり危機感が感じられない様子のユウリィたち。ここ最近の色んな騒動の流れからして、ほぼ直感で予想できる今後の展開。
たぶん、このハルシャさんとやらが犯した罪は……
「ハルシャ=イエローガーデン。その罪科は……下着泥棒だよ」
「ああチキショウやっぱりおバカ方面のキャラだったか!!」
ああ、結局のところ。
今回もまた、シリアスなお話にはなりそうもないということだ。
この作品に、争いや恨みといったシリアス要素など日常のちょっとしたスパイス程度しか出てきません。
ジャンル『コメディ』とはそういうもんだ!!




