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竹ぼうきと空飛ぶエトランゼ ①

ここから第二章となります。

今回からは章ごとに各ヒロインをひとりずつピックアップしていきます。

最初はユウリィ編。

「ツバキー。よいではないかー、よいではないかー」


「……」


「我は見ての通り、美の女神(ヴィーナス)ですら裸足で逃げ出す、超! 美少女であるぞー。しかも王族だ。富とか権力とかには事欠かんし、うっはうはだぞ?」


「…………」


「こう見えて、我は結構尽くす女だ。夫を立てて、三歩後ろをしずしずと歩く。ええと、なんだ……ああ、ヤマトナデシコ? とかいうヤツだ!!」


「本当の大和撫子は、自分で自分を大和撫子なんて言いません」


 あの壮絶な修羅場を潜り抜けてから数日が経った。

 ひとまずは平和な日々を取り戻せたのだけれど、あの日を境に、僕の周りの環境は少しだけ変化を見せていた。

 変化はとりわけ三つ。


「暑苦しいからそんなに引っ付かないの。あと、前々からその話はずっと断ってるでしょ? いい加減諦めなよフルール」


「いーやーだー! 我はツバキと夫婦(めおと)になるのだー! なるったらなるのだー!!」


 変化その一。

 この間のなんちゃって(、、、、、、)プロポーズからこっち、フルールがしつこく結婚を迫ってきたこと。今日も自分の部屋でゆっくりと読書をしていたところを、朝からいきなり乱入してきて背後からべたべたと抱き着いてくる始末だ。

 誘惑、しているつもりなんだろうか。薄い生地のシャツ越しにぎゅうぎゅうと伝わってくる魅惑の感触が、僕から読書の集中力を奪っていく。


「あのねぇ……そりゃあ僕だって、君みたいなかわいい女の子に言い寄られたら嫌な気分になんてならないよ? 好きと言われれば真剣に向き合うし、本気で考えてちゃんと答えも出すさ。ただ、いくら何でもいきなり過ぎだし、そもそも僕と結婚しようとする理由も教えてくれない。それじゃあまともな返事なんてできっこないんだからね」


「か、かわいいか……! うむうむ、やっぱりツバキは我のことをかわいいと思ってくれていたのだな! うふふふぅ……」


「どっちかというとその後の言葉を聞いてほしかったんだけどなぁ」


 浮かれているというか、上の空というか。

 最近のフルールとはまともな会話が成り立っていないような気がする。

 彼女いない歴=年齢の僕にとって、彼女からのアプローチはとても嬉しいものだし、悪い気だってしない。状況が状況なら「そんなに僕のことが好きなのかい? まいっちゃうな~もう」なんて言いながらデレデレだってしていただろう。

 だが……実際は、そうやって能天気に喜んでもいられない。


(既成事実って言うのかな……やけに急いでいるというか、焦りが見えるんだよね)


 魔王という種族において、『名前を付ける』という行為が求婚(プロポーズ)にあたる。これは別にいい。

 なし崩しとはいえ、僕がその求婚にあたる行為をしてしまったことも認めよう。

 だが、そこに恋愛感情なんて含まれていなかったことは、当のフルール自身が一番よく分かっているはずなのだ。

 その点を指摘してもこの子はすぐにすっとぼけるし、口を開けば「結婚しよう」「結婚しよう」の一点張りと来たものだ。

 だから、フルールには僕との結婚を急ぎたい何かしらの理由があるように見えたのだ。

 

「にーさん、起きてる? ……また貴様かアバズレ魔王」


「なんだいたのか小姑(こじゅうと)シスター。朝から失礼な物言いだが……まあよかろう。未来の義姉(あね)としては、ここらで懐の深いところを見せておかねばならぬしな」


「にーさんちょっとそこどいて。今日は燃えないゴミの日だから、今すぐお掃除(、、、)しちゃわないと」


 そして、変化その二。

 妹がフルールに対して明らかに刺々しくなっていた。

 理由は――もはや言うまでもないか。そこまで僕も朴念仁じゃない。


「どうして燃えないゴミの日と言いながら懐から包丁取り出すのかが不思議でならないけど、ともかくおはよう、楓。お腹空いてる? 朝ごはん作ろっか?」


「ホント? それじゃあ、にーさんの作ったおにぎりが食べたいな…………ゴミ掃除が終わったら(、、、、、、、、、、)、ね」


 ちっ、食べ物では誤魔化せなかったか。

 楓は包丁の腹をぺちぺちと手の平に当てながら、瞳に(くら)い炎を宿してじわりじわりと燃えないゴミことフルールの目の前まで歩み寄った。これまでのフルールだったら恐怖のあまり脱兎のごとく逃げ出していただろうに、ここではやけに強気な態度に打って出ていた。

 

「カエデよ……今時ヤンデレ系妹など流行りはせぬぞ? そんな十数年も前に通り過ぎたような古臭いキャラ設定で、この弱肉強食の世界を生き残れるとは到底思えんがなぁ?」


「そっちこそ、頭の足りないお馬鹿キャラなんかで正妻(メインヒロイン)の座を勝ち取れるとでも思っているの? ……ああ、お馬鹿なのはキャラじゃなくて元からか。これは失礼致しました」


 僕には君らがケンカしている論点がまるで理解できないよ。というかフルールはそんな偏った文化(サブカルチャー)をいったいどこで習得してきたの?

 ぐぬぬと火花を散らす2人だが、決して暴力沙汰にまで発展することはないだろう。


「2人とも、朝から元気なのは結構だけど……ほどほどにね(、、、、、、)?」


「は、はい……」


「も、もちろんなのだー」


 もしそんなことになったらどうなるか――以前の件でしっかりと(、、、、、)身に染みているだろうからね。

 何だか煮え切らない雰囲気になってしまったフルールと楓を引き連れ、リビングへ。

 今日は日曜日だ。

 ぱぱっと朝食を作ってしまって、たまには一日中のんびりしようかな。


「それじゃあ楓のリクエスト通り、朝はおにぎりにしよっか。具材は何があるかなーっと」


「あ、それでしたら冷蔵庫にツナ缶と梅干しがございますよ。卵も余っていましたので、甘めに焼いて入れるのもよろしいかと」


「お、いいですねー。それじゃ早速…………あなたがさも当然のように台所に立っているのはもうツッコみませんからね、イオタ王女」


「うふふ。それはつまり、一緒に台所に立っていても違和感がないほどに、わたくしをこの家の住人として認めてくださったということですのね!!」


 朝から頭が痛い光景だった。

 僕が料理の支度を始めるより早く、炊飯器でお米を炊き、冷蔵庫からおにぎりの具材になりそうなものを取り出していたエプロン姿の金髪少女にも、いい加減慣れてしまった。

 これが変化その三。

 この王女様――ついに最後の安息地たる『さざんか荘(わがや)』にまで侵攻してきやがった!!


「といか王女様。あなた公務で忙しいんでしょう? こんな所で油売っていていいんですかー?」


「そこはご心配無用でございます。王国(あちら)の情勢も落ち着きましたし、二世界間の国交も安定化してきました。わたくしも存外手持ち無沙汰(ぶさた)になってまいりましたので……ちょうどいい機会だったのですよ」


「いったい何の(、、)いい機会だったのか……いえ、やっぱいいです」


 ふたつの世界を繋いだ立役者であるイオタ王女は、いわば二世界の国交を司る平和の象徴(シンボル)といったところか。

 さりとて、その平和が安定して維持される兆しが見えてきたのであれば、遅かれ早かれ彼女はお役御免となる。それはきっと、喜ぶべきことなのだ。

 そういう意味では、彼女はようやく『自由』を手にできたというわけだ。多少は羽目を外したくもなるのだろう。

 けど、しかし、だからってねぇ……


「なんでウチなんですか? 言っちゃなんですが、ここは王侯貴族が暮らすような至れり尽くせりなお屋敷なんかじゃないのに。……あ、玉子焼きの味付けは控えめでいいですよ。ウチの子たちは薄味の方が好きなので」


「庶民の暮らし――という言い方は無礼だと承知しておりますが、わたくしも椿さまと同じ目線で、日々を過ごしてみたくなったのです。理由としては不足でしょうか?」


 こんな話をしながらも、イオタ王女は慣れた手つきでフライパンを器用に操り、綺麗な玉子焼きを完成させていた。お世辞抜きで、大した腕前だと感心した。

 料理上手なお姫様というのも、なんだか奇妙なギャップがあるものだ。気になって尋ねてみると、


「わたくしは戦争において前線に出ることが多かったですから。生きるか死ぬかの戦場において、身分の差など些細なものでしたし。命を燃やし戦う民たちのために、できる限りのことをしたかったのです」


「そう、だったんですか……」


 憂いを秘めた表情をする彼女を見て、僕は自分の言動の迂闊(うかつ)さを呪った。

 僕は少しばかり、イオタ王女に対しての見方を改めなければならないのかもしれない。

 世間知らずや破天荒さばかりが目立つものだから、つい見逃してしまいがちだったけれど……その思いやりが時に暴走したり、明後日の方向に行ってしまうことがあるだけで。

 彼女自身は誰よりも真面目に、他人を思いやることのできる人なのだ。


「(ふふふふ……こういった家庭的な部分を見せると、男はみんなイチコロ。流石はお兄様、的確なアドバイスです!!)」


 こういう所がなかったらねぇ。

 思ったことが無意識に口に出ているあたり、嘘の付けない素直な人とも解釈できるんだけども。


「ぬー、イオタの奴め。我のツバキとちょっといい雰囲気作りおってからに。……我も料理覚えようかな」


「あの2人、怪しい」


 リビングで待ちぼうけの2人からあらぬ誤解を受けていたが、ここで変に言葉を差し挟んでも藪蛇になる気がしたのでスルー。

 そんなこんなで人数分のおにぎりを作り終え、並行して火をかけていたお味噌汁と一緒に食卓へ。

 あれ? そういえばユウリィの姿がまだ見えない。


「もしかするとあそこに行ってるのかな……」


 彼女のいる場所に心当たりがあった僕は、2人分のおにぎりをタッパーに、水筒にお味噌汁を入れて外出の準備をする。

 はくはくとおにぎりを口に運びながらテレビに夢中になっている3人に軽く声をかけて、僕は裏口の扉に手をかけた。





 『さざんか荘』の裏口を出て細い道を少し歩くと、かなり角度が急な古めかしい石の階段が見えてくる。普段から掃除の手が行き届いているのだろう、落ち葉が少ない階段をゆっくりと踏みしめていった。

 背の高い広葉樹の枝々が自然の(ひさし)になっており、まばらな日の光が石造りの階段をゆらゆらと照らす。

 空気がとても澄んでいるのがよく分かった。読書をしたり昼寝をするには絶好のロケーションであることは間違いないだろう。


(さて、この辺りかな)


 階段の中腹あたりで立ち止まり、目を閉じて聞き耳を立ててみる。

 そよそよと頬を撫でる風、近くの木の枝から飛び立った小鳥の羽ばたき。

 そして、


「ふんふんふ~ん、ふんふふふ~ん♪」


 竹ぼうきが地面をこする音と一緒に聞こえてきたのは、どこかズレた雰囲気の、かわいらしい鼻歌の声。

 声の主を探して階段を上り切ると、


「ユウリィ、やっぱりここだったんだ」


「ふんふふーん……あれ、つっきー?」


 やっぱり、いた。

 小さなお(やしろ)がひとつ、ぽつんと建っているだけの寂しげな境内の中。

 普段着のパーカーと丈の短いスカート姿で、ユウリィ=ブレイブローズは大きな竹ぼうきでせっせと落ち葉を集めていた。

 僕の姿に気が付いたユウリィは竹ぼうきを近くの木にそっと立てかけ、ぴゅーっという擬音が聞こえてきそうなほど足早に近付いてきた。


「おはようつっきー! お、その手に持っているのはもしや……」


「おはようユウリィ。朝ごはんまだだったでしょ? おにぎりとお味噌汁作ってきたから、一緒に食べよう」


「わーい! つっきー大好きーっ!!」


 大袈裟に両手を振り上げて喜んでくれるユウリィの姿が微笑ましくて、僕もついつい口元を(ほころ)ばせていた。

 思えば、ここで僕とユウリィは初めて出会ったんだった。

 つい1ヶ月ほど前の話だというのに、随分と懐かしい気持ちになる。

 

「どうしたのつっきー? 早くこっちに座って食べようよ。ユウリィもうお腹ペコペコなんだからー!!」


「ああ、ごめんごめん。すぐ行くよ」


 石段に腰掛けて手招きしてくる腹ペコさんは、もうご飯が待ちきれない様子だった。

 しょうがないなぁと苦笑しながら、僕は太陽みたいな笑顔を見せる彼女の隣に座りこんだ。


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