恋する乙女は大盛りカレーライスの夢を見るか ④
主人公は隠れドS、王女様は隠れドM。ホントにこんな奴らが主役でよかったんだろうか……
「話は聞かせていただきましたわ!!」
悪夢のような時間は終わらない。
更なる夢魔がこの空間に投入され、ここはまさに『乙女の修羅場ごった煮コース』とでも呼ぶべき混沌の魔窟と化していた。
「ぬ、面倒くさいやつが乱入してきたのう」
「邪魔。さっさと去ね」
「イオタちゃん、あなたはお呼びじゃないからね~」
「次々と突き刺さる言葉の暴力!? 皆さま、わたくしの扱いが酷過ぎや致しませんか!!」
これだけ騒いでたらそりゃ見つかるよね。
お昼に食堂で別れてたきりのイオタ王女が、真打ち登場! と言わんばかりのドヤ顔で入ってきたはいいが、3人からのツッコミ集中砲火の前に即撃沈。出てきて早々涙目になって崩れ落ちる王女様、いったいあなたは何をしに来たんですか?
「椿しゃまぁ……傷心のわたくしを慰めてくださいませぇ……」
「だあっ!? 鼻水垂らしたまま抱き着こうとしてくるんじゃないよ! あんた仮にも国を率いる王女さまでしょうに、この程度で精神折られてる場合じゃないでしょうが!!」
ゾンビみたいにほふく前進で近付いてきて、僕の胸に顔を埋めてきたイオタ王女の脳天にチョップを一発。ついに我慢しきれず手を出してしまったが――しつこいようだが色っぽい意味ではなく、あくまで手刀の一撃だ――これは暴力じゃない。これはツッコミだからセーフ。
しかし、それでも僕の背中に両手を回してがっしりホールドしたまま、抱きつき姿勢を解除しようとしない泣き虫王女さま。こうなると僕も強く突っぱね辛いところだ。
「イオタきさまぁっ! 誰の許しを得て、我が伴侶の胸を借りているのだー!!」
「やっぱり殺すやっぱり殺すやっぱり殺すやっぱり殺すやっぱり殺すやっぱり殺すやっぱり殺すやっぱり殺す」
「ああやって弱い所を見せれば、自然と胸に飛び込むことができるんだ……メモしとこう」
そして三者三様のブーイング。一部先輩だけ不穏当な発言があった気もするが、スルーしておこう。
どんどん収拾が付かなくなって燃え上がるばかりのこの修羅場、いったいどうしたら鎮火できるというの!!
他に、他に手立てはないだろうか――周囲を見渡していると、この騒ぎに集まってきた学生たちの中に、見知った影がひとつ。
でも、安堵なんてできるわけがない。小さな純白の翼、若草色のセミロングヘアー、そして……
「つっきーが遅いから迎えに来てあげたんだけど、なんだか大変なことになってるね。大丈夫?」
「ゆ、ユウリィ……」
……普段通りの無邪気な笑顔、両手に携えた漆黒の短刀。
うん、終わった。
「なんだか困ってる? うんうん、何も言わなくてもユウリィには分かるよつっきー。つまりはこういうことだよね? ――あそこにいる女ども、うるさいから全員死んじゃえばいいのにって」
「言ってない! 言ってないし思ってもないよユウリィ! お願いだからまずは僕と言語的コミュニケーションをとることから始めよう! 意志疎通は大事! すっごく大事なんだから!!」
ああ、また1人修羅が追加されてしまった……というか全員揃ってしまった。
示し合わせたように、5人の修羅は円陣を組むように向かい合っていた。
「誰が何と言おうと、ツバキは我のものだ! 今、ここで我がそう決めた!!」
焔の如き赤髪を揺らし、両手を組んで堂々と言い切ったのは『魔王』フルール。
「ただ飯ぐらいの居候ごときが大きく出たと褒めてあげる。でも、にーさんは妹のものだと宇宙創世のころから決まっているから無駄」
大宇宙的妄想を持ち出してまで『妹』の権利を主張する世良楓。
「そんな勝手なことは許されないよ。椿くんにだって自由に恋愛する権利があるはずなんだから。例えば、ちょっと気になるひとつ年上の先輩とか……ぐへへ」
唯一まともな意見かと思いきや、最後の最後で残念な欲望がだだ漏れになっている美貌の『先輩』こと孔雀院晴流。
「否! 断じて否ですわ! いずれ椿さまにはわたくしの傍仕えとなっていただき、わたくしの隣で共に人生を歩む運命なのです!!」
それはもう『王女』としての職権乱用だよね? とツッコみたくなる運命を押し付けようとするイオタ=セイル=ルーンガルド。
「あは、あは、あはははー。もう、みんな揃いも揃っておバカさんばっかりなんだからー。つっきーはユウリィのことが一番大好きなんだから、そんなのあり得ないっていうのにねー」
すべての感情を無くした虚ろな瞳で完全にぶっ壊れた笑い声をあげながら、音も無く双剣を構えた『有翼人』のユウリィ=ブレイブローズ。
5人それぞれの主張を聞き終えた僕の感想。
(あ、帰ったら洗濯物入れないと)
現実逃避。もう諦めました。
もう知らない、もう勝手にやりたまえよ。
そもそも、みんな揃って僕を槍玉に挙げるくせに、肝心の僕の意見が蔑ろにされるのかが分からない。
何? 何なのさ? 僕が何か悪いことしたって言うのか?
善意に対して見返りが欲しいわけじゃない。別に「余計なお世話」だと突っぱねられても文句などありはしない。
けれど――流石に、こいつは理不尽が過ぎるってもんじゃないのかな?
我慢、我慢、何があってもじっと我慢。いい加減疲れました。
………………あー、何だかもう、面倒だ。
「いい機会だ、ここで魔王の実力を見せつけてやるのも吝かではない。そなたらにしっかりと刻んでやろう――真の上下関係というものをなぁ!!」
一触即発の雰囲気の中、この世間知らずの穀潰しが調子ぶっこいた発言をかましたところで、僕は色々と限界を迎えてしまった。
「あはははは人に飯をたかるしか能のないゴミクズが、よくもそんな偉そうな口を叩けたものだねぇ。僕びっくりしちゃったよ」
―――――――――――――再び、この空間に確かな亀裂が入る音がした。
だが、今回はあえてそうした。僕がこの空気を凍りつかせた。
今にも飛びかからんとしていた女戦士どもは、豹変した僕の様子に全員時が止まったかのように動けないでいた。
そんな様子を意にも介さず、僕は固まったまま動けないフルールの後頭部を片手でがしっと掴んだ。「ひぃっ!?」という悲鳴がもれた気がするが無視無視。ぐいっと彼女の頭を引っ張り、僕の顔の隣にまで持ってくる。
「ねぇフルール。僕は関心しているんだよ。何もない所で空腹で行き倒れてたホームレスごときが、そこまで人に対して上から目線で接することができるなんてさ」
「ほ、ホームレスッ!? いや、その、確かにそうなんだが、流石に言い方というものがな――」
「どうしたの? 居候の穀潰しの分際でこの僕を所有物扱いしてくる自称・魔王さま? 口ごたえするならどうぞー。すべて、一言一句漏らさず、全部聞き届けてあげる。その上で――全部、捻じ伏せてあげるから」
「ぴいいいいいいいいいいいいいっ!!??」
感情など不要。
僕は彼女の耳元で、淡々と、ただつらつらと事実を述べただけだ。
ぱっと手を離してやると、フルールはその場に蹲ってわんわんと大号泣し始めた。
「び……びええええええええ「耳障りだから黙ってようね」えっ!? ふ、う、うえええ」
まだ他の子へのお仕置きが終わってないんだから、ちょっと静かにしてようねー、くらいの気持ちで囁いたのだが、周りには追い討ちをかけたように見えたらしく、
「お、鬼だあいつ……」「小さい女の子相手に、なんて外道っぷり」「でも……あれ? ちょっとカッコよくね?」「なに? 今の背中に走る電流のような感覚は!?」「ちょっとだけ……罵ってほしいって思っちゃった」
批難の声があがる……かと思いきや、妙な感覚に目覚めようとしている学生諸君がちらほら。予想外ではあったけど、変な騒ぎにならなくて好都合だ。
では、次。
「(ちょっと、かえちゃん……一体つっきーどうしちゃったの、怖いとかそういうレベル超えてるんだけど!!)」
「(どうやら、わたし達はやってはいけないことをやってしまった。要するに、にーさんがブチ切れた。……こうなったら、もう諦めるしか)」
「僕を目の前にこそこそ内緒話だなんていい度胸だね、楓。……舐めてるのかな?」
「い、いいいいいいいいいいえ!? そ、そんな、滅相もない、です」
ユウリィにこっそりと今の僕の状態を的確に伝えたことは褒めてあげよう。
でも、だからどうなるってものでもない。
「どうしたのさ楓。取って付けたような下手くそな敬語を使わなくてもいいんだよ? どうせ許してあげないんだから」
「そ、そんなぁ……」
僕はそれなりに怒ってはいるけど、絶対に暴力を振るう真似はしない(さっきのイオタへのツッコミは例外としてほしい)。ただその代わり……徹底的に心をへし折る。
そういう意味では楓は一番お手軽な相手だった。両手を前で組き、神でも祈るかのようなポーズをしてくる妹に、僕はちょっとだけお説教をすることにした。
「楓。別に僕は、君がどこで、誰と、何をやろうと口出しするつもりはないよ? ただ、前々からずっと言い聞かせてきたよね、学校だけは真面目に行きなさいって」
「は、はい……ごめん、なさい……」
さっきまで黒い瘴気を撒き散らしていた狂戦士が、今や借りてきた猫より大人しくなっていた。
悪いことをしている自覚はあったんだろう。俯いたまま動かなくなった妹の肩にぽんと手を置いて、僕はとびっきりの笑顔を向けてあげた。
「うん、分かってる、分かってるとも。僕の言いつけを破ってまでここに来るほどの、大事な事情があったんだよね? だから、言ってごらん? 僕を納得させるだけの理由があるんだよね? まさか、妹の第六感とか戯けたことぬかすなんてあるわけないって、信じてるからね」
「あ、あ、ああああ……」
楓はいったいどうしちゃったんだろう? 怖がらせないように笑顔で問い詰めただけなのに、変なうめき声しか出さなくなっちゃった。
これ以上は会話が成り立ちそうにないので、次。
僕の視界の隅っこに見えたのは、背を向けてそろーりとこの場から離れようとしているかわいい小鳥さん。楓が落とした包丁を拾い上げ、無造作に放り投げた。
「ぴきゃああああああああああああっ!!??」
ちょっと力を入れ過ぎたのか、包丁はユウリィの頬を掠めながら講堂の壁に垂直に突き刺さった。腰砕けになってその場に座り込んだ鳥っ子の首根っこを掴んで、頭の高さまで軽く持ち上げる。
「ユ・ウ・リィ♪ どっこいっくの♪」
「あわわわわわわわわわわわわわわわ」
この子もこの子であわあわ言うばかりで会話にならない。人間なんだからもっと知性的なコミュニケーションをとりましょうよ。
仕方がないので、ちょっと気付けをすることにした。
「ちょっと落ち着いて。あと3秒以内に落ち着かないと……今日の夕飯は鶏団子鍋で決定かな」
「はい落ち着きました! ユウリィ、とってもクールダウンしていますっ!!」
耳元でぼそっと呟くだけでこの超回復。鶏肉料理の力は偉大だね。
と言っても、ユウリィに対してはそこまで物申すこともなかったのだ。僕が一番好きなのはユウリィだと決めつけられてはいたけれど、別に嫌な気持ちにはならなかったし。
「だ、だったらどうして、ユウリィのこといじめるの……?」
「いじめるだなんてとんでもない。ただ僕は君の言う通り、ユウリィのことが大好きだからさ。つい……啼かせてあげたくなっちゃうんだよ」
「わ、ワイルド過ぎる、ワイルド過ぎるよつっきー…………きゅう」
あら、気絶しちゃったよ。
とっても健やかな、恐怖を顔に貼り付けたかわいいユウリィを横にして、僕は残る2人に目を向ける。
「イオタ王女は……別にいいや」
「えっ!? それは助かったと喜べばいいのか軽く扱われたことに憤ればいいのか出番が少なくなってしまうことに涙すればいいのか分かりませんわ!?」
「だってあなた、最近僕にボロカス言われてちょっと喜んでたでしょ。ドMには何言ってもご褒美にしかならないからスルーします」
「ド、ドエム、ですの……? この、わたくしが……?」
禁断の扉を知らぬ間に開けてしまっていた事実に打ちひしがれ、イオタ王女はその場で膝をついた。というか王女さまがよくドMなんて言葉の意味を知っていたものである。
さあ、最後の1人だ。
「つ、椿くん……」
「先輩……すいませんでした」
「どうせお仕置きされるなら、できれば2人っきりになれる場所で……って、え?」
僕は晴流先輩の前に立つと、彼女の反応を待つ前に深々と頭を下げた。
先輩に怒りを向けられる理由など存在しない。むしろ、ここまでの騒ぎに巻き込んでしまったこと、あらぬ誤解を与えて不快な気持ちにさせてしまったのは僕なんだから、ここは全面的に僕が謝らねばならない。
「はっきりと断っておきますが、僕はフルールの旦那になるつもりなどこれっぽっちもないので。だから、その……安心? というのはおかしいか。ともかく、誤解だっていうことを知っていてほしいんです」
「椿くん……うん、君がそこまで言うんだったら、そうなんだね。わたしこそごめんね、勝手に勘違いしちゃって」
桜の華やかさにも負けない、鮮やかな笑顔を見せてくれた先輩に、僕の中でもやもやとしていた負の気持ちが全部吹っ飛んでいってしまったようだ。えこ贔屓なんて野次など聞こえません。
暗雲立ち込める修羅場の空気がさっと霧散した。それと同時に、壊れたロボットみたいにガクブルしていた女性陣も正気に戻ったようだ。
僕も久しぶりに鬱憤を晴らせたし、心の中に爽やかな風が吹き抜けるようだった。
さて、血みどろの展開も回避できて円満解決。これで心置きなく家に帰って――
「ツバキ……きさま、我という伴侶がありながら、いきなり他の女に色目を使うとはなにごとか」
「わたしはあんなに怒られたのに、どうしてその人だけ……ずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるい」
「椿さま、不公平とは集団生活における人間関係が崩壊する第一歩なのです。つまり……こうなるお覚悟はあった、ということでよろしいですね?」
「くー……くけー……くけしゃあああああああああああああああああっ!!!!」
背後には地獄が広がっていた。
完全に目が据わった状態で、身体の周りに無数の魔法陣のようなものを展開し始めたフルール。
嫉妬に狂い、再び包丁を手真っ黒なオーラを放出させ始めた楓。
知性的な微笑みで、これまたどこからともなく取り出した突撃槍の切っ先を向けてくるイオタ王女。
そして、完全に野性の獣と化したユウリィ。
――さあ、逃げよう。
「えーと、椿くん。……強く生きてね?」
「あははー、そんな大袈裟な。いくらなんでもそこまで酷いことにはならないですよ。ほら見てください、あの子たちだって寂しいから僕に構ってほしいだけなんですって。わんちゃんと一緒ですよ、ほーらこっちおい
以降、その日の僕の記憶は途絶えている。
目覚めた後、全身に無数の引っかき傷やら噛み付き痕やら火傷やらがびっしりと付いていたところから、僕は多分一回死んでいたんだろう。
ともあれ――この、フルールの『お嫁さん』発言を引き金として、僕はこれから先、いくつもの大騒動に巻き込まれてしまうこととなる。
やれやれと溜め息もつきたくなるが、心の片隅で、この先に待ち受けている騒がしい日々に胸を躍らせる僕がいたことも確かだ。
……ここから先のお話には、心温まる感動の物語や、胸が熱くなるような戦いなんてありはしない。
これはただ、喜劇と一括りにされても文句が付けられないほどの、平和や安穏とは無縁の日々。
山あり谷あり、どんな辛いことや悲しいことがあったとしても、最後はきっと笑顔で終わることができる、刺激なんかとは無縁な日々。
そんなつまらない物語でも、もし興味があるというのなら――今しばらく、僕に付き合ってもらえると嬉しい。
――それじゃあ、現世と幻想が混ざり合ったこの世界で。
――馬鹿みたいなお祭り騒ぎをはじめよう。
ブチ切れ椿くんの言動は、昔作者が親や学校の先生に怒られていた時の記憶を再現して作ってみました。
殴られるよりも、淡々と言葉で追い詰められる方がよっぽど怖い。
ひとまずこれにて、プロローグと呼べる話は終了です。
一区切りついたので、しばらくは別作品の『AL:Clear』の方に集中するためこっちの更新はまばらになります(週1回か2回)。
2作品併せて、今後もよろしくお願い致します。




