恋する乙女は大盛りカレーライスの夢を見るか ①
ベタなラブコメが好きです。
でもボケとツッコミを書くのはもっと好きです!!
明くる日。
昨日色んな出来事があって、一晩かけて頭の中を整理して。
大学に到着し、まず最初にやるべきことは決まっていた。
「あんのシスコン職権乱用教師はどこ行ったああああっ! 出てこーい!!」
「でてこーいっ!!」
「出てこなかったら暗殺しちゃうぞー!!」
冷静になって考えたら、諸悪の根源って教授じゃね? という結論に至ったのである。楽しそうだったので、という理由で僕の後ろについてきて騒ぎ立てるフルールとユウリィと一緒に、エトワルド教授を探して構内をねり歩いていた。
「元を正せばあのドぐされ教師が、イオタ王女に僕のことを吹き込まなきゃこんなことにはならなかったんだよ……!!」
「つっきー落ち着いて! ワイルドつっきーが表に出てきてるよ! それ以上怒りに飲まれて暗黒面に落ちたら大変だよ、キャラ作りが!!」
「ツバキ、そなた普段の穏やかな口調はキャラ作りだったのか……本性はワイルドだったのか?」
ユウリィは最後の一言が余計! フルールは殺人現場を見た家政婦みたいに手で口元を押さえて息を呑んでるじゃないよ!!
無邪気に騒ぎ立てる異世界の仲間を引き連れた僕らは、ブレーメンの音楽隊みたいにでも見えてるんじゃないだろうか。周りから奇異の目線を浴びせ掛けられるのも気にせず闊歩する僕たちは、勢いのまま教授の研究室の扉を開け放った。
「あら? 椿さま、このような所でお会いするなんて奇遇ですわね。……はっ!? これはまさか、運命の赤い糸が――」
――バタンッ!!
全力で扉を閉めきった。
僕はその場でうずくまって頭を抱えた。
なんでだよ! なんで諸悪の根源その2までいるんだよ!?
後ろにいたフルールとユウリィも目撃したみたいで、ゴーヤを丸かじりした時みたいな苦々しい顔をしていた。
いや……待てよ。
もしかすると、さっきの光景は僕らの精神的ダメージが引き起こした幻だったのかもしれない。はっきり言って、僕の中では『かわいさ余って憎さ百倍』の領域にまで到達していたあの女に対する憎悪のあまり、この場にいない幻覚を見せたんだよ、きっと!!
そもそも学生でもない彼女がこの大学にいるわけないんだし(フルールという部外者はこの際無視)、きっと目が疲れていたんだね。
いやはや、そういうことならひと安心。さあもう一度扉を開けて……
「わたくしの顔を見るなり扉を閉めるだなんて、どうなさったのですか? ……はっ!? まさか椿さま、わたくしと会えた衝撃のあまり、胸のトキメキが抑えきれなくなっ――」
――バタンッッ!!!!
あかん。これあかんやつや。
再び頭を抱える僕に、ユウリィがぽんぽんと肩を叩いてきた。
「つっきー……殺っちゃおっか♪」
花咲く笑顔で、翼の生えた天使さまは親指を自分の首に持っていって横にかっ切るポーズを見せた。なぜか僕は泣きたくなった。
「諦めろツバキ。現実は受け入れなければならぬ」
淡々と現実を突き付けてきたフルールに頷き、僕は震える足に鞭を打って立ち上がった。
うん、そうだね。辛い現実にもめげずに立ち向かわなきゃ。
フルールとユウリィに目配せ。力強い首肯を返してくれた。
前を向き、堂々と胸を張り、ありったけの勇気を振り絞り、いざ――!!
「講義もあるし戻ろっか」
「うむ、そうだな。こんなところで遊んでいる場合ではない。学生たるもの勉学に励まねば」
「今日も一日がんばろーっ!!」
一限目の始まりも近いので、そそくさと講堂へ向かうことにした。
うんうん、別に研究室へはいつでも来れるからね。
「ちょっ!? ちょっと、ちょーっとお待ちくださいませ!? 置き去りですの!? この運命的な出会いから目を背けますの!? 椿さまがいらっしゃるのを待って今朝からずっとスタンバイしていたわたくしの苦労を台無しにするおつもりですの!?」
「確信犯の出会いに運命も何もあったもんじゃねぇよ!!」
扉を蹴り破って飛び出してきたイオタ王女に、僕は振り向きざまにツッコミを叩き込んだ。まさか、僕の思考を先読みして待ち伏せしていたとは――なんでそんなどうでもいいことにばっか頭が切れるのこの人は!!
いくらなんでも大学に鎧姿で来ることはなかったようだ。
乳白色のサマーセーターに、紺色のフレアスカート。足下はこげ茶色のロングブーツで、活動的な大人の女性といったイメージだ。揺れる金色の髪の隙間から、水晶のイヤリングがさりげなく光っていた。
こうやって見ると外見だけは抜群の美人なんだよなあ、この人。僕は彼女の第一印象から現在に至るまでロクなイメージがないものだから、特にトキメキを感じることなんてないんだけど。人は見た目より中身なんだね。
「もう、ツバキ様ったら……こういう殿方が、巷でよく言われる『ツンデレ』というものなのでしょうか」
「僕のあなたに対する感情は、ツンでもなければデレでもなくて、無関心ですからね?」
「嫌よ嫌よも好きのうち――ってあら、予想だにしていなかった回答が!?」
『好き』の反対は『無関心』なんだよ、勉強になったね。
わざとらしい泣き顔を作るイオタが鬱陶しいことこの上なかったが、周りの目がある手前、あまり王女様を邪見にも扱えない。
しかも、だ。
「さも当然のように僕らについてきてますけど、僕らは今から講義なんであなたに構ってる暇なんてありませんよ」
「そこはご心配なく。わたくしも今日からここの学生でございますので」
来ると思ったよこの展開!!
ついに、安住の地である大学までもがこの異世界貴族に侵略されてしまった。
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一晩休んで随分と快復はしたけれど、流石にお弁当を作るほどの気力は残っていなかった。
「しょんぼり……美味しいご飯は一日の活力だぞ。そこを妥協するとはなにごとかー!!」
「君が言うと妙に説得力があるね。明日は頑張って作るからさ」
さすがは飢え死に一歩手前を体験したフルールさん。食べ物の大切さをよくご理解いただいているようだった。居候のただ飯食らい、というツッコミは今は飲みこんでいてあげよう。
今日は大学の食堂でお昼をいただくことにした。
安い・早い・うまいの三拍子が揃った黄聖大学御用達のお昼の戦場である。
ユウリィは前の講義がフィールドワークだったらしく、
「老舗の和菓子屋さんに行って、お菓子を作ってるところを見せてもらうんだよ!!」
今は市内の和菓子屋さんに移動しているため別行動だ。
しかし、うちの大学でお菓子作りの工程を学ぶような講義ってあったっけかなあ……? 興味が湧いてきたので彼女が帰ってきたら聞いてみよう。
くいくいとフルールが後ろで僕の服の裾を引っ張ってきた。分かったから涎を拭きなさいね。
急かされたこともあり、僕はお昼を何にしようかぐるりと食堂内を見回した。
食券の券売機に並ぶ長蛇の列。長机を3つ横に並べて、山のように惣菜パンが積まれたスペースに群がる餓鬼の群れを見て、隣のイオタがわなわなと唇を震わせていた。
「あ、あの……椿さま。この国の大衆食堂というものは、こんなにも、こう……殺気立っているものなのでしょうか?」
「あははー、まだまだうちの大学なんて可愛いもんだよ。食べ盛りの学生が集う高校の食堂とかだったら、菓子パンひとつ巡って殴り合いとか日常茶飯事だしねー」
「憩いの場であるはずの食堂が、そのような修羅が集う場所であろうとは。なんと、業の深い……うううっ」
どうして彼女が涙を堪えているのは理解に苦しむけど、今日はこれでも空いているくらいだ。
パンだけというのも味気ないし、ここは無難に定食かな。
券売機の列に並んでいると、みるみるうちに僕らの番まで流れてきた。人の回転が速いのも学生食堂ならではだろう。
ちゃちゃっと決めてすぐに食券を購入。メニューで迷うのは並んでいるうちに済ませておくこと。後ろも閊えているわけだしね。そう思ってちらりと後ろを振り返ると、
「あれ? 晴流先輩」
「や、やっと気付きやがったか。ふええ、無視されちゃってるのかと思ったよぉ……」
普段通りのごついライダー姿の晴流先輩が、今にも泣き出しそうな顔でこちらをじっと見つめていた。
先輩、もうキャラがぶれぶれになっちゃってるよ! 狼なのか羊なのか、せめてどちらか片方のキャラで通さないと、こっちもどう接していいのか分からないから!!
一悶着はあったものの、皆無事にご飯を受け取り、ちょうどいいタイミングで空いたばかりの小さな丸いテーブルを囲んで腰を下ろした。
僕が選んだのは日替わり定食。つやつやの白いご飯に、旬のアジの塩焼きとひじきの煮物、豚汁と栄養バランスの良い組み合わせだ。
「ふふふ……威圧されるぞこの大きさに! だが、そうでなくては踏破し甲斐がないと言うもの。いざ往かん、白米とスパイスの大海原へ――!!」
フルールはカレーライスにしたようだ。無料で大盛りにできると聞き「なら特盛りで頼むのだ!」と口走ってしまったものだから、ライスの山のてっぺんからカレールーの渓流が流れ下りるという、ある意味絶景が広がっていた。当然ながらお代は僕持ちである。
「椿さま、わたくし日本に来てからお箸の持ち方を練習致しましたの。特訓の成果、とくとご覧あそばせ――って、あら、あらららら!?」
イオタ王女はきつねうどんか。まだお箸の使い方に慣れていないのか、震える箸使いで麺を持ち上げてはつるんっ! と落としてしまうのを何度か繰り返し、ついには大判の油揚げを使って麺を根こそぎ挟んで持ち上げるという暴挙に打って出た。当然ながら口に入りきらず、熱いお出汁を吸った油揚げで舌を火傷する始末。おとなしくフォーク使いなさいよ……
「もぐ、もぐ……」
晴流先輩は麻婆豆腐の丼だった。意外とガッツリ系がお好きらしい先輩だったが、レンゲで少しずつ端の方から掬って小さな口に運ぶ様子は、お世辞抜きで美しい食べ方だと思った。空いた手で横髪を耳に引っかける仕草を見て、ちょっと色っぽいなとも思った。
と、見惚れている場合じゃない。僕も食べちゃわないと。
箸を進めながら、僕は晴流先輩にフルールの記憶のことや、イオタ王女の紹介も含めて近況報告。
「椿くん、大変だったんだねぇ……おつかれさま」
苦笑しながら言ってくれた先輩の労いの言葉に、僕は涙がちょちょ切れそうになった。
だって、初めて……初めて僕の苦労を理解してくれる人に巡り合えたんだよ! 感動の涙も出ようものだろうさ!!
「ええと……晴流さま、でよろしいでしょうか?」
「うん、いいよ~。わたしもイオタちゃんって呼ばせてもらうね~」
が、僕がこの小さな感動を噛み締めているのをぶち壊しにするように、未だつるつる滑るうどんと格闘していた王女さまから爆弾が投下された。
「晴流さまは、その……椿さまと、お付き合いをされている仲なのですか?」
「「ごぶふうっ!!??」」
「にぎゃああああああっ!? わ、我の……我のカレーの上に焼き魚と豆腐の破片がああああああっ!? ……あれ、でもこれはこれでイケそうな予感が?」
僕と晴流先輩は同時に思い切り噴き出してしまったのだが、真正面に座っているお互いに当たらないよう顔を背けたまではよかった。が、揃って顔を向けた先はフルールの席で、哀れカレー山脈に僕らの食べかすが付いてしまうという大変申し訳ない事態に発展してしまった。
ごめん、ごめんよフルール! だからそんなチャレンジャー精神でゲテモノ食いに挑戦しないでおくれ!!
盛大にむせ返りながら、僕はあらぬ誤解を向けられてしまった晴流先輩の様子を窺い見た。
「――――っ!?」
目が合った途端、湯気が出そうなほどに顔を真っ赤にされて目を逸らされてしまった。
き……気まずい! しかもその反応が照れから来るものなのか嫌悪感から来るものなのか判断が難しい!!
そしてそんな僕の様子を訝しんだのか、それともカレーの恨みなのか知らんけど、フルールがやたらこっちを睨み付けてくるし!!
「わ、わたくしは次の講義がありますのでこれにて――お、おほほ、椿さまお顔が怖いですぅ……」
この惨状に目を背けて逃走を図ろうとしたバカ姫の首根っこを摑まえ、僕は盛大に溜め息をついた。
ああ、どうしようこの空気……
ご感想・ご意見などあればお気軽にどーぞ。割と見切り発車な作品なので、今後の展開の希望なんかあったら喜んで拝聴します!!




