大山鳴動して魔王一匹 ③
2話連続投稿。
お医者様いわく、僕が倒れた原因は軽い脳震盪だったらしく、数日安静にすれば問題ないとのことだった。
むしろ背中と手足についた切り傷や火傷の方が酷かったようで、治療が終わった後の僕は、ミイラになる寸前みたいに全身包帯でぐるぐる巻きにされてしまっていた。
別に骨折しているわけでもなし、入院の必要性はないとのこと。お医者様からは、丈夫な身体に産んでくれた親に感謝しなさいと言われたほどだ。
さて……それじゃあ、
「申し開きがあれば聞きましょうか」
お説教の時間である。
さすがに今回ばかりは、笑って許せる領分を遥かに超えていた。
病院の室内で騒いでは迷惑なので、敷地内の中庭をお借りして説教部屋が開催された。
麗らかな緑が溢れる中庭のベンチに腰掛け、僕は目の前で正座させている3人の子たちを順に見回した。
まず、先の獣じみた傲慢な態度はどこへやら。完全に委縮した様子でおずおずとこちらを見上げてくる楓だ。
「にーさん、その、あの……ご、ごめんなさいっ!!」
「楓、僕は謝罪の言葉なんざ聞いてないんだよ。反省というのは、自らの行いを省みること。悪いことをしたって自覚があるなら、まずはその点を振り返って、そこからどうすべきなのかを考えなさい」
まだ僕ひとりが怪我するだけで終わるなら別によかったんだよ。大なり小なりこの事態を引き起こした責任だってあるわけだし。
だが、見ず知らずの人――それもあんな年端もいかない子供を巻き込もうとしていたことを、そう簡単に許すわけにはいかない。
僕は、相当頭にきていたのだ。
「つ、つっきー……怒っちゃやだよ……」
「ダメ。今回ばかりは怒るし叱るよ、僕は。君らがとても強くて、僕を助けてくれたことには感謝してる。でも、君らは絶対にやっちゃいけないことをしたんだから、謝ってすぐ終わりにするわけにはいかない」
「ふ、ふええ……」
翼を小さく折り畳み、今にもまた泣き出しそうなユウリィが許しを請うてくるが、受け入れるわけにはいかない。
罪悪感で軋む心を押さえ付けながら、僕は冷徹な口調で彼女の懇願を切り捨てた。
「椿さま、この度はまことに――」
「さっきも言いましたが謝罪は結構。今に始まったことではないですが、あなたの謝罪には中身がない。そんなので頭を下げられても単に不愉快です」
「っ……ふ、うぐ……」
心を抉る一言に、シンプルなベージュのワンピース姿のイオタ王女は声を詰まらせ小さな嗚咽をもらした。
特にイオタ王女にはまったくもって情状酌量の余地がないため、僕に一切の容赦はなかった。
これでもまだ加減している方なのだ。もしこの場においても全身武装の状態で現れるつもりだったら、おそらく僕は、今後一生彼女と口をきくことはなかっただろう。
「僕の言い分が理不尽だ、弱いくせに調子にのるなよ――そう思っているなら、今すぐ僕をぶん殴ってくれていいし、このまま立って帰ってくれて構わない。簡単だよね? 君らは大の男が束になっても敵わない、誇り高き戦士さまだ。何の力も持たない、しかも怪我人の僕なんざ赤子の手をひねるより簡単に倒せちゃうよ」
「そ、そんな言い方……あんまり過ぎる!!」
「ひどいよつっきー! ユウリィ達のことを見損なうにもほどがあるよ!!」
「黙って拝聴しておりましたが……今の発言は承服しかねます。わたくしを馬鹿にするのも大概に――」
当然、女性陣からはブーイングの嵐が殺到する。
ああ、まったく――そんな答えじゃ許してあげられない。
「僕らと会話もしようとせずに、手前勝手な事情で襲い掛かってきた暴漢王女さま。それに乗せられたのか知らないけど、周りの人などまるで無視して殺す殺すと連呼する野獣が2匹。そりゃあ見損なうし馬鹿にもするさ」
はっきり言って、僕は今の彼女らを人間として見れない。今のままじゃダメなんだって本人達が気付くまでは、徹底的に悪役になりきらなきゃならない。
「で、でも! それは、にーさんを護るために!!」
「そうだよ、あのままじゃつっきーとフルールちゃんが危なかったから」
「自己の行いを省みろと言った。本当に、あの時の君らは僕とフルールのために戦ってくれてたの? 自分のためじゃなくて?」
「そ、それは……」
「うぅ……」
この程度の反論で押し黙るくらいなら、最初から噛み付いてくるんじゃないよ。
確かに、僕は楓とユウリィに助けられた手前、偉そうなことは言えないさ。
ただ……この2人が、それにかこつけて自分の欲求を満たそうとしているようにしか見なかったのが問題なんだ。
「君らが戦うことを咎める資格なんて僕にはないよ。けどね、戦うのなら、相手を傷付けてまで何を為したいのか、その意思をはっきりとさせなさい。意思なき力はただの暴力なんだから。……お願いだから僕に、大事な妹と友達を軽蔑させないでほしい」
戦う者の心理なんて僕には分かりっこない。
だけど、楓にもユウリィにも。その手を血で汚して、誰かの命を奪って、そうしてまで貫きたい思いがあるはずなんだから。それを見失い、ただ戦いたいから戦うなんて理屈で、関係のない人を危険に晒すなんてあってはならない。
「あなたもだ王女さま。神の試練とか勇者の使命なんて酷い妄想に、これ以上巻き込まれるのは御免こうむりたい。それとも、罪のない子供の命を踏みにじってまで成し遂げる必要があるほどの、ご大層な名目があるって言うなら聞きますが?」
「……いえ、ございません」
おや意外。てっきり反発してくると思ったが、素直に否を認めてきた。
二呼吸ほど時間を置いて皆の反応を見てみるが、全員うつむいたまま僕と目を合わせようとしない。
やり過ぎちゃっただろうか? さんさんと陽光と降り注ぐ平和な中庭が、見事にお通夜ムードになってしまっていた。
これくらいにしておいてもいいんだけど……ううむ、どうしよう。
「ツバキ」
そこに、別行動をとっていたフルールが戻ってきた。僕が助けた女の子と一緒に、仲良く手を繋いで歩み寄ってくる。
2人とも特に怪我はなかったことが何よりの救いだった。これでこの子たちに消えない傷でも残るようなことがあったら、と思うとぞっとする。
「この娘め、怪我どころかさっきまでぐっすりとお昼寝状態だったらしくてな。まったく胆の据わった子供だ! 将来はいったいどんな女傑になるのやら」
「小さい子に向かって女傑って言い方はどうなんだろうねフルール。それって褒め言葉なの?」
少女の豪胆さに苦笑するフルールに、僕はささやかなツッコミを入れておいた。
と、当の少女がこちらを訝しげに見つめてきたので、僕は笑顔でそれに応じた。
「へんなおにーちゃん、おけがだいじょうぶー?」
「へ、変な、おにーちゃん……」
さっきの命懸けの攻防など露知らず、小さな少女は的確な表現で、ミイラ化した僕の心をちょっぴり抉り取った。
まあね! この子から見たら、かくれんぼしていたところにいきなり声かけられた挙句、気が付いたら包帯男になってたんだからね! ただの不審者だと思います!!
「お母さんは見つかったの?」
「うん! あのきれいなおひめさまが、いっしょにさがしてくれたの!!」
そう言って、無邪気な少女は正座したまま動かないイオタ王女を指さした。
ほら、無視してないで顔を上げなさいよ王女様。子供の前でそんな死にそうな顔してるんじゃないよ。そこまで追い詰めたのは僕だけども。
とてとてと小さな足を進め、王女の傍らに立った女の子は勢いよく頭を下げて、
「おひめさま、おかあさんをみつけてくれて、ありがとう!!」
病院中に、その澄んだ声を響かせた。
自分に向かって言われたことにようやく気付いたイオタ王女は、太陽にも負けない明るい笑顔を見せる少女をまぶしように見つめ、
「ど……どう、いたしまして……!!」
こみ上げる涙を拭うこともせず、嗚咽混じりで答えながら少女の手を取った。
百の言葉より一の事実とはよく言ったもので。こりゃあ、全部あの子にいいところを持っていかれちゃったかな。
失ってしまうかもしれなかったもの。護ることができたもの。
この光景をしっかりと目に焼き付けて、もう一度考えてみよう。
いつの間にか、楓とユウリィの瞳にも力強い光が戻っていた。
「にーさん、わたしが間違ってた。……もう、謝らない。もう謝る必要がなくなるように、これから頑張る」
「ユウリィたちのせいで、あの子の笑顔が消えちゃうかもだったんだよね。……そんなの絶対、ダメだよね」
どうやら、説教部屋はこれにてお役御免でよさそうだった。
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病院で話し込んでいるうちに、もうすぐ日が暮れようとしていた。
女の子とそのお母さんを見送った後(何度も何度も頭を下げられてしまった。むしろ謝るべきはこちらだというのに)、皆で『さざんか荘』へと続く海岸通りを歩いていた。
水平線に沈む茜色のお日様が、僕らの横顔を優しく照らしていた。
たくさんトラブルもあったけれど、最後の最後で素敵な光景に出会えたことだし、終わりよければすべてよし……そう、締めくくりたかったんだけど。
「どうしてついて来てるんですかあなたは!!」
「そんなご無体な! ここまで来て、わたくしひとりをはみ出しものにしないでくださいませ!!」
「そもそも最初から最後まではみ出してるよ! 一秒たりとも僕らの輪に溶け込んだ瞬間なんてなかったでしょうが!!」
どうしてついてきた、この王女さまは。
せっかくいい雰囲気で一日を終われそうだったのに、色々台無しだった。
たたたっと僕を追い抜いて、立ち塞がるように仁王立ちになるイオタ王女に対して、後ろの女性陣からは思い思いの言葉が飛んできた。
「にーさん、ここなら人の通りも少ないから大丈夫。……排除する?」
「ユウリィがお空に持っていって、太平洋の真ん中に投げ捨ててこよっか?」
割と本気で頷きそうになってしまった。
殺し合いは論外だけど、海上投棄なら手も汚れないし別にいいかな、と少しでも考えてしまった僕も大概酷かった。
「そなたら、まったく懲りておらんのう……」
そんな様子を、後ろから一歩ひいて見守っていたフルールから溜め息がもれた。
僕の気のせいかもしれないけど、朝に比べて今のフルールは少しだけ大人びた雰囲気を纏っているように感じられた。彼女にもさっきの一件で何か思うところがあったんだろうか。
「椿さま。この度はわたくしの身勝手な行為により多大なご迷惑をおかけしたこと、平に謝罪申し上げます。楓さま、ユウリィさま……フルールさまも、誠に申し訳ございませんでした」
綺麗な言葉づかいによる、型通りというえば型通りの謝罪の形。だが、お辞儀の丁寧さなどの部分ではなく、その一言一言に込められた確かな『重み』が、これまでとは別人のように異なっていた。
だったら、こちらも相応の態度を取るべきか。小さく咳払いをし、思いつく限りの丁寧な言葉づかいでそれに応じる。
「その謝罪、確かに受け入れました。あなたの誠意ある行動に免じて、それを許します」
「わたしも、にーさんが許すのなら何も言うつもりはない」
「ユウリィだって悪かったんだし、こっちこそごめんなさいです」
「うむ。分かればよいのだ、分かれば」
別に王女様とケンカしたいわけではないのだし、理解を示してくれるというのであれば、今後も付き合っていくことに対してやぶさかではないのだ。なんだかんだ、僕はこの天然で周囲を振り回すお姫様のことが嫌いじゃなくなっていたんだろう。
「この謝罪とは別の話ではございますが……ツバキ様、よろしければわたくしのことは「イオタ」と呼び捨てにしていただきたく思います。同い年でございますし、ここはルーンガルドではありませんもの。王女とは関係のない、ただのイオタとしてあなた様の輪に加わりたいのですわ」
金色の長い髪を風で揺らしながら、王女様――イオタは柔らかな笑みでそう告げた。ちょっとだけ見惚れてしまったことが不覚だったが、決して悪い気分ではなかった。ただ王女としての立場もあるだろうし、人目の多い場所では呼び捨ては自粛することにした。
「それじゃあよろしく、イオタ。早速で悪いんだけど……邪魔だから帰れ」
「距離が縮まったと思った途端にこの仕打ち!? いけずにも程がありますわ椿さまぁ!!」
まあ、諸々の経緯でこの人には敬意を払えそうになかったし(ダジャレではない)。しばらくはこのアホ姫さま相手にはつっけんどんな態度を貫くことにしょう。
「それじゃあイオタ、そこの自販機でジュース買ってこい」
「あ、だったらユウリィはトマトジュースでおねがーい!!」
「あなた方にまで呼び捨てを許した覚えはありませんわ! というかわたくしは対等な立場でのお付き合いを望んでいるのであって、それがどうしてパシリ扱いになるのですか!!」
うーむ、もしかするとあの3人はあれか。拳で語り合って友情が芽生えたタイプなんだろうか。ついさっきまで殺し合いをしていた間柄とは思えないほどに打ち解けていた。
と言っても、別に恨みつらみで戦っていたわけでもないんだしね。こんなものなんだろうか。
ひとまずあちらは一件落着としておこう。
僕はさっきから話の輪に加わろうとしていなかったフルールを呼び止め、2人で並んで歩くことにした。
「ごめんねフルール。せっかくの買い物がこんな形になっちゃって」
「なぁに気にするでない。買い物などいつでも行けるし、良き出会いもあった。たまには、このような日があってもよいではないか」
フルールさんの、落ち着いた大人の態度にびっくりである。
やっぱり今朝までの彼女とは様子が違いすぎる。もしかして……?
「ねぇフルール。もしかして記憶が……?」
「断片的ではあるがな。少なくともはっきりと言えることはただひとつ……我は魔王だった」
魔王、だった?
何かを懐かしむような、それでいて深い悔恨に彩られた複雑な表情で、フルールは僕にそう言ってきた。
椿くんのお説教は賛否両論だとは思います。戦ってもないヤツが何言ってんだと言われたらそこまでですし。
ただ、この作品は平和な日本が舞台で、相手は話のできない魔物なんかじゃなくて、理性的に対話ができる人間同士である、という前提があります。
そんな環境で「弱いのが悪い」とか言うのもおかしいような気がするのです。




