大山鳴動して魔王一匹 ②
うちの魔王様、メインヒロインなんです。
ここんとこまともなセリフがなかった気がするけどメインヒロインなんです!!
「ユウリィ、あの脳みそお花畑女の相手はわたしがやる。てめぇはすっこんでろ」
「え、ずるーい! ユウリィだって久しぶりに遊びたいのにー!!」
尋常ではない闘気を撒き散らす楓とユウリィは、どちらがイオタ王女と戦うかで揉めだしたようだ。
あまり考えたくはないが、普段の彼女達は戦いたい衝動を必死に堪えながら生活していたのだろうか。僕らと一緒にご飯を食べたり、一緒に笑っていた時も、内心では煩わしさを感じていたのだろうか。
「どなたかと思えば、そちらの有翼人の方は誉れ高きブレイブローズの血族でしたか。道理で先の剣閃に見覚えがあったはずです」
「あれ? ユウリィのこと知ってるの?」
「昨年、ハーディア帝国で開催された闘技大会において、圧倒的な実力で優勝まで上り詰めた翼の騎士――現代において武を嗜む者であれば、あなたを知らぬ者などいないでしょう」
突撃槍を一旦下げ、イオタ王女は立ち塞がる2人の戦乙女の顔を順に見やった。そして最後に僕の方を、苦渋を噛み殺すような瞳の色で少しだけ見つめていた。
しかし、ユウリィは《クリステラ》では相当な有名人だったみたいだ。それも武勇においては王族の耳にまで届くレベル、強くないわけがない。
しかし、当のユウリィはそのような賛辞などどこ吹く風で、
「別に、あんな暇潰しで出た大会で優勝したくらいで褒められても、嬉しくとも何ともないよ。どいつもこいつも雑魚ばっかだったし。あんな奴らに比べたらかえちゃんの方が100倍強いもん」
短刀を両手でくるくると遊ばせながら、つまらなさそうに吐き捨てた。
闘技大会、というのはおそらく僕のイメージ通りのものでいいのだろう。その出場者の100倍強い(らしい)妹が、ユウリィの発言を聞いて小さく溜息をついた。
「わたしを引き合いに出すなら計算は正確になユウリィ。どーせ、誇りがどうだの最強を目指すだの、くっだらねぇお題目ばっか並べる薄っぺらい野郎どもばっかだったんだろ? そんなヤツらとこのわたしが、たかが100倍程度の差で収まるわけねぇだろうに」
「あははー、それもそーだね!!」
僕の目の前で声を上げて無邪気に笑う妹と友達は、まるで知らない人を見ているかのようだった。
狂っている。思わず喉をついて出そうになったその言葉を必死に押し殺した。
「なるほど……かのブレイブローズにそこまで言わしめる実力。そして、先のわたくしの槍を難なく受け止めたところから、そちらの方も只者ではないようで」
「これでも超人だの何だの言われてる身なもんでな。少なくとも、槍持って粋がってる温室育ちのお姫様くらいなら、指一本でたやすく捻り潰せるくらいには強いつもりだぜ?」
ケラケラと笑う豹変した妹を前に、イオタ王女は無意識に足を後ろに一歩下げていた。
片や、《クリステラ》の誰もが認める最強の戦士。
片や、その戦士が力を認めた異世界の怪物。
イオタ王女がどれほどの強さなのかは知らないが、いくら何でもこの2人を前にこれ以上戦おうだなんて……
「ああ、なるほど。これですべてが繋がりました。つまりあなた方が、ツバキ様を誑かしていたのですね」
天然も行き過ぎると狂気へと変貌する。今の王女は正にそれを証明していた。
鎧姿の姫騎士は胸に片手を当て、この絶望的な戦力差を前に恍惚の笑みを浮かべた。
「ああ、神よ! これこそが異界の地にてわたくしに課せられた試練なのですね! ええ、ええ、構いませんとも。ルーンガルド王女の名に懸けて、力無き人の子を誑かす悪鬼どもを成敗して御覧に入れましょう!!」
自らの宣誓に酔いしれる彼女の横顔からは、ぞっとするような色香が感じられた。清廉潔白な姫君が、男を惑わし喰らいつくす蜘蛛女になってしまったかのようだ。
「ははっ、おいおいなんだよあの姫さん。救国の英雄さまだってのに完全にラリってやがる。……ま、あれくらい狂ってる方が後腐れなくぶっ殺せるけどよ」
「あ、もう始めるのー? だったらさっさとやっちゃおうよ。あの人ムカつくし、もう黙らせちゃっても、いいよね?」
「さあ、始めましょうか。これは正義の名にあいてあなた方を浄化する、聖戦でありますれば!!」
黒い煙のような錯覚が見えるほどに、3人の殺意が色濃く現出し始めた。
まずい、まずい、まずい……このままじゃ、ここが怪我人どころか死人が出るような地獄絵図と化してしまう。
フルールは……
「あ、あ、う……」
ダメだ、恐怖のあまり意識が混濁してしまっている!!
せめてこの子だけ連れて逃げるか? いやしかし、この争いを放っておいたらどんな被害が出るか分からないし、なんとかして止めないと。
どうする、どうする……一触即発の空間の片隅、小さく動き出すなにかが目に入った瞬間、僕の心臓が凍り付いた。
「あれー? おかーさん、どこいっちゃったのー?」
すべり台の下、かまくらみたいな形になっている遊具の中から、もぞもぞと小さな女の子が這い出てきた。さっきまでお母さんと一緒にいたんだろう、まだ小学生にもなっていない少女は、辺りを見渡しながらここにはいない母親を探し求めていた。おそらく、人払いの結界が張られる前から、あそこでかくれんぼでもしていたのだろう。
今、あの子の存在に気が付いているのは僕ひとり。そして、今にも激突の様子を見せる3人。
だめだ……それだけは絶対に、ダメだ!!
「やめろおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」
喉が壊れるほどに絶叫し、無心に走り出した。
それと同時に響き渡る金属音、網膜を貫く閃光、空中で幾重にも交錯する影。
スローモーションになった世界の中、僕は巻き起こった破壊の嵐の真っただ中を走り抜けた。
大小の石つぶてが僕の全身に突き刺さる――振り返らない。
背後から灼熱が襲い掛かり僕の背中を焼く――振り返らない。
不可視の疾風が手足を切り裂く――振り返らない。
駆け抜けた。一顧だにすることなく、死神の誘いから背を背けて進みきった。
茫然とした表情のまま僕を見上げる少女の前に立ち、僕はこの子を安心させるために満面の笑顔を形作った。
「騒がしくしてごめんね。大丈夫かな?」
手も足も背中も、全身に火が付いたような激痛で今にも倒れてしまいそうだ。でも、この子にはそんなところ見せちゃいけない。
泣かないで。心配しないで。さあ、一緒にお母さんを探しにいこう。
大きなお目目がかわいらしいお嬢さんにそっと手を差し出し、僕は――
「あ、うしろ……」
「え?」
――――――――ゴツン。
――このままでいいの、フルールちゃん?
聞き覚えのない、だが、どこか懐かしい少女の声が聞こえたようで、我ははっと意識を取り戻した。
目の前に広がるのは、先程までののどかな公園の風景が一変し、破壊の爪痕ばかりが目につく『戦場』だった。
どうやら、その娘どもが本性を現してぶつかり合ったようだな……しかしこの我が、あんな者どもの殺気に飲まれて案山子みたいに棒立ちになっていたなどとは、何たる屈辱!!
護られっぱなしなど我の矜持が許さぬし、ここは我がガツンと――
「む、ツバキ? ツバキはどこへ行ったのだ……」
――いない。
さっきまで我を守護する騎士気取りだった(か、格好よかった、などとは思っておらぬ。ホントだぞ!)あの少年の姿がいつの間にか消えていた。
いや、それを言えば他の3人もどこへ行った。剣と槍がぶつかり合う音も、戦う者特有の雄々しき叫びも、何も聞こえてこない。聞こえてきたのは、
「あ……あ、ああああああああああああっ!? にーさん、にーさん、にーさあああああああんっ!!??」
空が割れてしまいそうなほどの、絶望の咆哮だった。
カエデのやつめ、いくら兄が好き過ぎると言っても叫びすぎだぞ――そんな益体もないことを思いつつ、声の方に目線を向けた。
「…………ツバキ?」
おかしい、おかしいなあ?
どうしてカエデとユウリィと、あの王女までもが戦いの手を止めて、倒れたツバキを取り囲んでおるのだ?
何が何だか意味が分からない。いや……分かりたくない。
「つっきー、ごめんなさい、ごめんなさい……ふ、ふえええええええええええんっ!!!!」
「まさか、このような……椿さま、どうか目を開けてくださいませ!!」
絶望の叫びばかりが木霊する中、我は馬鹿みたいに寝こけたままのツバキの方へふらふらと歩み寄っていった。
力無く項垂れる王女の脇を通り過ぎ、わんわんと滝のように涙を流すユウリィと、膝を折り両手で顔を覆うカエデを押しのけて、我は眠ったままのツバキの隣に腰を下ろした。
「まったく、女なら自分の膝を貸す甲斐性くらい見せろというに……」
地べたで寝させること自体由々しきことであろうに、これでは頭も痛かろう。
我はツバキの頭をそっと持ち上げ、自分の膝の上に置いてやった。
「ほれツバキ、先ほどの礼だ。我の膝枕を堪能できるなど、子々孫々まで語り継げる誉れであるのだからな? ありがたく思うがよい」
血と泥で汚れたツバキの顔を、自分のシャツの袖で拭って綺麗にしてやる。我はそなたのように綺麗なハンカチなど携帯しておらぬのだ。悪いか。
ツバキの腕の中では、まだ年端もいかない小さな娘が穏やかな寝息を立てていた。
「にーさんは、その子を護るために……」
「よい。言われずとも分かるわ。ほんに……馬鹿な男だのう」
いったい何をやっているのだか、この男は。
大した力もないくせに、いざという時に限ってこうした命知らずな真似をする。
実に愚かしい。身の程を弁えないにも程があるぞ。まあ、この男の性格では遅かれ早かれこうなる運命だったのかもしれぬな。
「……わたくしの責任です」
「責任の所在を問うて何になると言うのか。ツバキは誰に言われるでもなく、自分の意思で決断し、行動し、この結末に至った。その尊き意思を少しでも汲んでやる気があるのなら、下らぬ問答などするでないよ」
背後で見当違いな発言をするルーンガルドの王女を一喝し、我は再びツバキの寝顔を眺めることにした。
ユウリィは延々と泣き続けるだけで、会話に入ってくる気配はなかった。
まったく、どやつも無駄に力は有り余ってるくせに、精神面が弱すぎるのではないか?
…………で、だ。そろそろ気になったことを確認してみるべきか。
「カエデ。キューキューシャとやらはもう呼んだのか?」
「え……え?」
「おい。まさかとは思うがそなたら……ツバキが死んだとでも思うておるのか?」
「「「えええええええええ!!??」」」
泣いていた娘らが一斉に驚愕の叫びを木霊させた。
こ、こやつら! 気が動転しているにしても酷過ぎだろう!!
ツバキの頭を膝に置いているから分かるが、こやつはしっかり息をしているし、心臓の鼓動も伝わってきている。よくよく耳を傾けると小さな呻き声も聞こえてくるし、軽く頭を打って気絶しているだけだろう。
「ほれそこの鳥っ子、近くのコンビニで氷とタオルを買ってこい。大丈夫だとは思うが、救護が来るまで頭を冷やしておいた方がよいだろう。カエデはとにかく119番だ、むしろいの一番にやるべきことだろうに。王女はこの娘の母親を探してこい。近くにいるのは間違いなかろう」
「……え、えーと」
「こおり? た、タオル?」
「母親って、あ、えっと」
「さっさと動かんか戯け者ども! ツバキの症状が悪くなってもよいのか!!」
「「「は、はいいいいっ!?」」」
ぼけっと突っ立っているままの3人を怒鳴りつけたら、ようやく再起動して蜘蛛の子を散らすように走り始めた。
我も手伝いたいところだが、膝枕をやめるわけにもいかぬからな。うむ、仕方がない仕方がない。
「あ、う……ふ、フルール……?」
ぬ、起こしてしまったか。
目の焦点が合っていないところから、まだ意識は朦朧としているようだ。
あまり負担を強いるのもよくないしな。我は優しく頭を撫でてやりながら、起き上がろうとするツバキにしゃべりかけた。
「ツバキ、無理をせぬともよいよ。今は安心してゆっくり眠れ。もう大丈夫だから」
「……うん、よかっ、た」
少しは安心させてやることができたのだろうか?
ツバキは安堵した表情で、再び我の膝に頭を預けてきた。この様子なら大事に至ることはなさそうだ。つられて我も安堵の息をついた。
なら、もう少しだけ――救急車が到着するまでの短い間ではあるが、しばし、この勇者殿のかわいい寝顔を楽しませてもらうとしよう。
まったく、人の心配も知らずに満足げな顔をしおってからに。
命の危機に瀕した主人公を、ヒロインが奇跡の力だの魔法だので治す展開の方がそれっぽいんでしょうけど……今回は普通に救急車です。軽い脳震盪に奇跡の力などいらぬわ。




