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公式企画(秋)

考えすぎだよ、深海くん

作者: 岩越透香

 一人でいる時間が好きだ。静寂の中、何をするわけではなく座っていても良い。寝ていても良い。取り繕う必要のない時間が好きだ。


「思うに、僕らは友達の定義を知らない」

教室に一人で残っていたある日のこと。教室に戻ってきた隣の席の男の子、深海(ふかみ)くんが唐突に言葉を発した。


 教室には私と彼しかいない。彼の言葉は自分へのものなのか、それとも単なる独り言なのか。彼との関係性はただのクラスメート。そのため前者だと考え、外を眺めることにした。今は小雨が降っており、グラウンドには練習をするサッカー部と野球部、それを傘を差しながら眺める顧問がいた。


「知り合いやクラスメートとの境目、親友との境目はとても曖昧だと思わないか?」

疑問を投げかけられたため、彼の方を見ないままぼんやりと相槌を打った。


「挨拶を交わすのは? 連絡先を知っているのは? 二人きりで遊べるのは? どれも指標にできそうだが、関係性の形は液体のように可変だ。どれも定義としては弱い。だから定義を決めたい」

彼は理屈で考えるタイプだったらしい。よく言えば思慮深く、悪く言えば考えすぎる。そんな男の子だったようだ。隣の席に居たものの授業以外では話しておらず、今までは特定のグループに属していないことと勉強ができるらしいことと几帳面でノート作りが丁寧ということしか知らなかった。


「定義を知って、どうするの?」

このまま壁打ちのようなことをさせては哀れだと思い、振り返って一言返す。


「特に何も。僕が納得するだけだ」

彼は自嘲気味に笑うと、「君はどう思う?」と問いかけた。


「えっと……ならどうして私に? 納得したいなら自分で考えたら良いんじゃない?」

「そうだね、うん。いつもはそうしてる。ただ、誰かの言葉を――」

彼はそう言いかけて、首を振った。


「いや、違うな。君の考えを聞いてみたいんだ。『明るくて誰とでも友達になれる』君の言葉で」

彼は見透かしているかのように告げる。しばらくの間、私は言葉を発することができなかった。



「や、やだなあ。そんなの誰に吹き込まれたの。なんだか恥ずかしいよ」

「誰でも良いだろう。他にも『誰にでも優しい』や『リーダーシップがある』とも言われていた」

大げさに「恥ずかしい!」と言いながら顔を手で覆い隠す。


「それで」

彼は顔を隠して恥ずかしがっているのを知らんぷりして話を進める。


「君にとって友達とはどんな存在だ?」

「どんな存在……? うーん、やっぱり改めて言われると難しいな。ああ、でもクラスの人はみんな友達だよ」

「それは僕も? 今日まで全く話していなかったのに」

「友達って、どれくらい話すかによって決まるものではないよ。もちろん、話す時間が長いとそれだけ親しい友達ってことになるだろうけど」

「なるほど、グラデーションか。では知り合いと友達の境目は?」

「自己紹介して、仲良くしたいという意思があれば、もう友達じゃないかな」

少し悩んでから答えた。それ以上深掘りされないよう、私は彼に話を振る。


「私ばっかりじゃつまらないでしょ。深海くんの定義も教えてよ」

「僕はもっと長く会いたいと思う相手が友達だと仮に定義している。面白味のない定義だろう?」

彼はその定義には納得していないようで、言い訳のようにいくつも補足説明を加えた。それが終わると、彼は小さく息を吐き、肩をすくめて言う。


「僕は考えるのが好きだが、いつも考えが上手く纏まらないんだ。実は、この時間まで残っていたのは作文の課題を見てもらっていたからだ。先生の見事な添削によって文章量は半分以下にされてしまったよ」

文章を半分も消されてしまったというのに、彼はどこか他人事のように言う。悲壮感がないのは、彼が自分の欠点を理解して、他人を頼れるからだ。作文の課題なんて人工知能に丸投げして、少し手直しするだけでも終わる。けど、わざわざ添削してもらったのは自分の思いをちゃんと伝えたかったから。


 彼をほんの少しだけ羨ましく思った。彼は自分の欠点を知っていてもきっと彼自身を嫌いではないのだろう。


「長々と話して悪かった。実に有意義な時間だった。ありがとう」

彼は教科書をリュックにしまいながら、耳をほんのりと赤くして言った。感謝を伝えるのが照れくさかったのか、自分の考えを発露したのが恥ずかしかったのか。それを見て、彼の弱みを握ったみたいでおかしくなって笑ってしまった。


「有意義なら良かった。私にできることがあればいつでも言ってね」

「それはこちらの台詞だ。君は……息苦しそうだ」

なんとなく、そんな気はしていた。彼は、自分を見ているような気がしていた。


「息苦しい? 委員会に部活に勉強に遊び。忙しさはあるけど、どれも楽しいから苦しくないよ」

心の内を悟られないよう嘘を吐く。吐き続ける。自分を守れるように。


 仮面の内側を見せられるような人はいない。見せようとも思わない。だから自分には友達はいない。互いに仲良くしたいと思わなければただの片思いだ。


「君はきっと仮面を被っていなくても苦しさを感じるだろうが」

本当の自分では好かれない。きっと一人になってしまう。……人は一人では生きていけない。自分の領域に踏み込ませてしまえば、たとえ嫌いでも避け続けるのは難しい。


 繋がりが欲しかった。薄っぺらですぐ切り離せるような、そんな広く浅い関係性の。その場しのぎのための友達を求めて仮面を被り続けた。


「僕はこの性格だから友達が少ない。だから、少しくらいボロを出してもバレないんじゃないか」

「……私の話、聞いてた? 別に仮面なんて……」

「それなら、僕の変な独り言だと思えば良い。良くある事だ」

彼は今まで自分と友達になってきた人とは全く違うタイプの人だった。だからだろうか、彼の提案に乗りたいと思ってしまった。


「それじゃあ、また明日」

「深海くん」

別れを告げる彼を引き留めると、彼は不思議そうに振り返る。


「委員会がない日の水曜日」

彼の目を見て言う。


「委員会がない日の水曜日。私はここにいるから」

その言葉に彼は少し驚き、頷いた。


「ならば……僕らは共犯者、いいや違うな。秘密の共有者かあるいは互いに利用し合う打算的な――」

「考えすぎだよ、深海くん」

「……すまない、これは性格だ」

「別に、それは嫌じゃないけど。関係性なんてさ、難しく考える必要はないんじゃないの。良いじゃない、友達で」

私はこれ以上話さなくて済むように鞄を持って席を立つ。何か聞き返そうとしている彼を無視して扉の方へ早足で歩く。誰かに見られても忘れ物を取りに帰ったと言って誤魔化してすぐに帰れるように鞄に全ての荷物を詰めていたのに助けられた。


「また明日、深海くん」

廊下から教室を覗き込みながら声をかける。私は返事が返ってくるよりも先に下駄箱へ向かう。雨は止んでいて空気は澄んでいた。雲の隙間から覗く光が心地良い。


 想定よりも早い帰宅になってしまうにも関わらず、不思議と私の心は軽かった。

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― 新着の感想 ―
記憶の底にある、懐かしい教室を思い出します。 こんな話し方の深海くんと、素敵な女の子の 放課後の何気ない会話がかわいらしいです。 小雨さえも、小さなエピソード。 題名もとっても素敵で。 深海くん、よか…
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