第一駐屯地(7)
そんなジャックの様子を感じ取ったのだろうか、モンガはカバンからおもむろに小さな皮袋を取り出すと、「これをどうぞ……」と、丁寧にジャックの手をとり、袋をのせた。
手の上にのる皮袋を見るジャック。
「これはなんだ?」と聞くもニヤニヤと笑う顔は、どうやら中身を知っている様子であった。
だが、それを分かっていますと言えば、いやらしく聞こえるものなのだ。
だから、モンガに言わせるのである。
実にいやらしいが、大人の世界ではよくあること。
「いや、いつものつまらないものですよ」
と聞くと、袋をふりだすジャック。
ジャラジャラと袋の中の銀貨が景気のいい音を立てていた。
「いつもより、かなり多いみたいだが?」
ちらりとモンガをみるジャックは、悪代官のような満面の笑み。
「ODN屋! お主もワルよのぅwww 」
「いえいえ、お代官様ほどでは御座いませんwww ワっハハハハハハ」
「お前が笑うな! ようは、俺がその半魔女をシメといたらいいんだろ」
「ジャック様! なんなら、ぶち殺してもらってもいいですよ! 半魔女の一人ぐらいどうでもいいですわ! ぶわははははっ」
「お前な~……大体、仕事に遅れてきておいて~……その偉そうな態度は~……」
瞬間、顔が引きつるモンガ
――ヤバイ! ジャック隊長の語尾が伸びてきた!
ジャックの性格だ。
遅れただけでも難癖付けて、値下げや、契約破棄を言い出しかねない。
だが、この輸送業務がなくなると家業に響く。
どうしても、この仕事を続けなければならないのだ。
ならば、先手を打ってゴマをするまで!
今まさに、ここで遅れた事実を責めだそうとしているジャックに先手を打つことが肝要なのだ!
「おっと! そうだった!」
モンガは、カバンの中からもう一つ別の小さな革袋を取り出したではないか。
そう、ジャックに渡す銀貨をあえて二つに分けていたのだ。
うまくいって、一つで済めば安いもの。
だが、今回のようにうまくいかなければ、追加賄賂を渡すのだ!
「これは……今回送れたお詫びでございまして……」
積み上がる銀貨の奏でる音色は怒りの炎をも和らげる! はず……
「今後とも、よろしくお願いいたします」
モンガは、ジャックの手を取りニコニコと愛想笑いをしていた。
「まぁ、息子が人魔に襲われたのだから仕方ないよな!」
気をよくしたジャックは、モンガの肩を叩きながら笑いだす。
どうやらモンガのゴマすりが功を奏したようで、ジャックの機嫌はすごく良くなた。
今後も第一の輸送業務はルイデキワ一家で間違いないようだった。
その二人のやりとりをだまって見ていたヨークが小さくつぶやいた。
「人魔か……」
そう、なぜだかヨークは最初に携わった人魔の事件のことを思い出していたのだ。
それはヨークが初めて第六の門の宿舎に配属された日の事。
その日も、今日のようにあきれるぐらいに天気が良かった。
そんな突き抜けるような青空にヨークのバカみたいな大声が響いていた。
「本日付で第六宿舎に配属されましたヨーク神民兵であります!」
第六の門前広場で敬礼するヨークの先には宿舎の守備隊長のギリーが立っていた。
「あんまり気張らんでもいいぞ」
ガチガチに緊張しているヨークを気遣って声をかける。
「なんだぁ。緊張して損したぁ~」
だが、急に態度を軟化させるヨークにあきれ顔。
――こいつ、もしかしてアホなのか?
そんな時である。
第六の宿舎に人魔発生の知らせがあわただしく届いたのだ。
「隊長! 町はずれの森で人魔が一匹出ました!」
駆け戻ってきた一人の守備兵が息を切らしながらギリー隊長に報告をいれる。
まぁ、人魔一匹程度なら、たいした問題ではない。
人魔症が広がる前にさっさと処分して、周囲の人間たちに感染がないか人魔検査を施せばいいだけなのだ。
魔装騎兵が一人いれば十分対応できるレベル。
だがなぜか、それを聞くギリー隊長は少々困った顔をしていた。
というのも、今、この第六宿舎には魔装騎兵が誰一人としていないのだ。
なぜなら、第六の騎士エメラルダは第五世代の存在を快く思っていなかったのである。
身体強化のためといえ、魔物組織を人間の体内に入れて大丈夫なわけがない。
いつ、魔物組織が暴走するか分かったものではなかった。
いや……実際に、そういう事件があったのだ。
10年ほど前に起きた第七駐屯地における第三世代の暴走!
それは、公に公表はされていないが、エメラルダが御前会議でのらりくらりとはぐらかすアルダインをさんざんに問い詰めた結果、ポロリと漏らしたのだ。
その暴走は魔物組織……いや、その魔物組織の奥深くに眠るアダム因子というものの影響によるということを。
アダム因子? 創造主のアダムと関係があるのだろうか?
創造主のアダムとエウアはそれぞれ魔人世界と聖人世界を作ったといわれている。
エウアは人を作り知恵と文化を与えた。
アダムは魔人を作り暴力と破壊を与えた。
ゆえに、魔人世界では力こそが絶対のルールとして出来上がったのである。
だが、互いに壊し、食らい、憎しみあう世界に希望などなかった。
その世界に住まう魔人たちは絶望するのだ……
なにゆえに我らは争わねばならぬのか……
なにゆえに我らは食らいあわねばならぬのか……
なにゆえに我らは理解しえないのだろう……
だが、門を挟んだ向こうの世界には光があふれていた。
人々が互いに知恵を出し合って、共に生きているのである。
うらやましい……
妬ましい……
欲しい……あの光が欲しい……
その渇望の乾きは創造主であるアダムに向けられる
どうして、創造主は我らをこんな醜い姿に作ったのだろうか……
どうして、我らを……忌み嫌うのであろう……
憎い……ニクイ……アダムがニクイ……
こんな姿に生んだアダムがニクイ……
魔物たちに代々受け継がれてきた潜在意識、いや、遺伝子の中には創造主であるアダムに対して、何やらひとかたならぬ憎しみのようなものがあったのだ。




