第一駐屯地(5)
「ちっ! 陰性かよ……」
ジャックは左手親指を噛みながら悔しがりはじめた。
そして右手を剣の柄からはなし、頭をかきはじめるのだ。
――仕方ない……仕事でもするか……
「まぁいい、毒消しを駐屯地に搬入する前に、お前ら、このくそカマキリどもの魔血を回収しておけ!」
その命令に恐る恐る質問をするタカト君。
「あ……あのですね……残った死体はいかがしたらよろしいでしょうか?」
あん?
怪訝そうな表情を向けるジャックは、まじでおっかない。
第四世代以降、魔血があれば開血解放できる。
だが、魔血が切れた魔装装甲は装着者の血液を吸収し始め、ついには人魔症を発症させてしまうのである。
すなわち、魔血の確保は最前線の駐屯地では最も優先される事項だった。
当然、魔血以外の組織についても第一世代の融合加工のように武具等の強化に用いることはできるのだ。
だが、第一駐屯地は魔装騎兵を主戦力としていた。
それ以外の奴隷兵などは、ただの肉の壁。
まともな融合加工の武具など与えるだけ無駄なのである。
ならば、非常食ぐらいに加工するのはどうだろうか?
だが、いかんせんカマキガルは虫である。
ほぼ、食べるところはないといっていい。
かといって、そんなゴミ同然の骸を駐屯地に運んだとしても腐った匂いが充満するだけで何一ついいことなどなにもない。
ならば、そんなゴミは業者にさっさと回収させておくのが得策というもの。
「お前が、片付けておけ!」
それを聞いたタカトの態度が明らかに急変していた。
「イエッサー!」
その時である。
タカトたちの荷馬車の後ろから、別の荷馬車が怒涛の勢いで駆けつけてきたのだ。
キキッキーーーーーーー!
そんな荷馬車が、まるで自動車がドリフトをするかのように激しい音を立てながら滑っていくと、タカトの横でピタリと動きを止めた。
それと時を同じくするかのように、荷馬車の御者台からは一人の男が転がり出てきたではないか。
その男の顔からは、まるで出来たてのおでんのような湯気がホワホワと立っている。
その疲れなのかどうか知らないが、ガンモのような丸顔にはいたるところにしわが寄っていた。
この男、名前をモンガ=ルイデキワといい、ベッツの父親である。
そう、ガンモ、いや、モンガは第一駐屯地のお抱えの輸送隊なのだ。
今回、タカトたちが運んだ毒消しも、本来であればモンガたちが運ぶはずだった。
地面に降りたモンガは、そのデブい体をボヨンボヨンと揺らし、周囲を索敵警戒しているジャックにわざとらしく急いで駆け寄った。
「ジャックさま。遅れてしまい大変申し訳ございません」
大げさに息を切らしているが、一目でそれは演技だと分かってしまう。
というのも、頭からたちのぼっている湯気だって、到着直前に霧吹きで吹き付けただけ。
要は、この男、嘘つきなのだ。
「遅いんだよ! ボケ!」
ジャックは呆れた様子でモンガを睨み付けた。
「すみません……というのも、今朝がた、息子のベッツローロが人魔に襲われたものでして」
「人魔か……それで、その人魔はどうした?」
わざとらしくおでこの汗をハンカチで拭くモンガ。
言っとくけど、それ汗じゃなくて、霧吹きのお湯だからね。
そう、お前が走ったのは、この10歩のみ!
ガンモだけに! まるっとお見通しだ!
と、そんなことをまったく気にしないガンモ、いや、モンガは言葉を続けた。
「赤の魔装騎兵が現れまして、人魔をあっという間に倒してしまわれました」




