いつもの朝のはずだった(4)
ということで、再び俺のバトルフェイズ!
「でもなぁ! いつも言ってるだろ、自分の部屋で寝ろって!」
タカトが正論パンチを繰り出すも、ビン子はまるで蚊に刺された程度の反応しか見せない。
「ベッドが空いてるんだから、別にいいじゃない」
うん、冷静。さっきまでハリセンで脳天かち割ろうとしてた人と同一人物とは思えない落ち着きぶりである。
「そもそも、タカトは道具いじり始めるとベッド使わないじゃない。昨日も机でぐーすか寝てたし?」
そう言って、ビン子はベッドから降りると、ちゃっかりタカトの顔を下からのぞきこみ、額を指差す。どうやらそこに工具の跡がクッキリついていたらしい。
「証拠、ここ。ほら、ガッツリ机の形ついてるよ」
ビン子は夜な夜な、タカトが作業机に向かい、黙々と手を動かすその背中を見つめるのが好きだった。
無心に道具を作り続ける姿には、どこか人を惹きつける静けさがあった。力強く、それでいて繊細な動き。物を作る手が、彼の本質を語っているように思えた。
けれど、その距離は思った以上に遠かった。
たとえベッドから手を伸ばせば届く場所に彼がいたとしても、心は触れられない。
触れてはいけない。――そう感じていた。
神と人間という立場の違いなのか。
それとも、タカトが自分を妹としか見ていないからなのか。
あるいは――それ以上に、ビン子自身の中にある、言いようのない葛藤のせいかもしれなかった。
胸の奥に渦巻くのは、ほんのりとした後ろめたさに似た感情だった。
誰か特別な存在が他にいるような、あるいは自分には恋をする資格がないような、そんな感覚。
まるで、記憶のどこかに答えが隠されているようで、それがわからないことが、ますますビン子の心を不安定にさせていた。
それでも、彼に惹かれる理由ははっきりしている。
誰よりも真剣に物事に取り組む姿。
困っている人がいれば迷いなく手を差し伸べる勇気。
どれもが、まさに「正しさ」を体現するような存在だった。
本来なら、あいつはモテモテでなければおかしいのだ。
真剣に道具を作り、人のために体を張る。顔も……まあ悪くはない(たぶん)。
なのに! なのに!
決まって最後が締まらないのだ……!
感動的な場面の直後、空気を一瞬で真空にするあの一言――
「おっぱいもませてくださいッッッ!!」
……バカなのか? いや、きっとバカなのだ。
そりゃあもう、助けられた女の子も一瞬で好感度ゼロどころかマイナス500万点。
なんなら好意から怨みにランクアップしてるレベルだ。
日頃からチャラい発言ばかり。
下ネタと道具が命、という意味不明な二刀流スタイル。
そのせいで、「正義の味方・タカト」は今や完全に「ただの変態職人」と化していた。
……だけど。
だけど、自分だけは知っている。
あの発言の裏に、ほんのちょっぴり(本当にちょっぴり)の純粋さがあることを。
恋のライバルでもいれば、もっと堂々と想えるかもしれないのに――
残念ながら、こんな偏食男に惚れる物好きはこの先も現れそうにない。
というより、そもそも、こいつは目の前の道具作りとおっぱい以外、目に入っていないのだ。
恋愛小説のように燃え上がるような恋をしたいと、ビン子が夜な夜な小説を読みながら妄想に励んでいるが、目の前の朴念仁のとうへんぼく野郎は、そんなことに気づきもしないで、今夜もドライバーを握っているのである。
実際にこの部屋にある本棚は、道具作りの参考書が半分、なんでこんなものに興味を持つのか全く意味が分からないが『乳房画像解像学』『乳房検査実践ガイド』などの、おっぱいの専門医学書がその半分。
残りは巨乳のグラビア写真集で、そのほとんどが巨乳アイドルのアイナちゃんが占めていた。
そう考えるビン子は、なんだか無性に腹が立ってきた。
もうこの際だから、ベッドの下に隠してあるムフフな本をまとめて捨ててやろうかと真剣に悩みはじめていたのである。
「いやいや! お前がベッド占拠してたから、俺は仕方なく机に避難したんだってば!」
タカトは堂々と自己正当化モード突入! が――
正直、ビン子がいつ来てベッドに潜り込んだのか、まったく覚えていない。記憶、ゼロ!
「はぁ!? タカトのほうが先に寝てたでしょ!? 机に突っ伏してグーグーいびきかいてたじゃん! 何回か鼻鳴ってたし!」
ビン子も負けてない。むしろヒートアップ!
声に熱がこもる。目がギラつく。もはや引く気ゼロ。
そして、もはやこの場には――真実などどうでもいい空気が流れ始めていた。
あるのはただ一つ。
不毛な口喧嘩という名のエンタメ!
「お前が寝てたんだよ!」
「タカトが先に寝てたの!」
「俺は優しさで譲ったの!」
「私は当然の権利で寝たの!」
「ってかお前、どうやって入った!? まさか、瞬間移動!? もしかしてそれがお前の持つ神の力か!」
「はははは! よくわかったな! 私の能力は“部屋のドアを開ける”だけじゃーい!!」
――バチバチ!
もはや論理のラケットは地面に置かれ、感情だけが空を飛び交う。
そして、今日も平和なこの部屋には、些細すぎる戦争の火種が静かに燃えていたのであった――
(※ベッドの領有権争い)
ちょうどそのとき、廊下の奥から年配の男性の声が聞こえた。威圧感のある響きで、二人に向かって呼びかける。
「こら、お前ら! 朝飯はとっくにできとるぞ。くだらんことで遊んでおらんで、さっさと来んか!」
その声の主は、権蔵という老人である。
彼は、高い技術を誇る第1世代の融合加工職人の一人だった。
融合加工とは、この国独自の技術体系である。魔物の生体組織と人工物を融合させ、その物質に特殊な能力を付与する技術のことを指す。
「はぁーいっ」
「はいはい、分かりましたよっと」
二人は肩を小突き合いながら部屋を出ようとしていた。
そのとき――不意にタカトがビン子の顔をじっと見つめ、ニヤニヤと笑いながら指をさした。
「おいおいおいお〜い? これはもしや……神の化身、貧乏神ビン子さまのお鼻に輝く謎の黒点! これが……これこそが噂の“神の恩恵”ってやつですかぁ〜!?」
※神の恩恵:神様が起こす超常現象。要は、だいたい魔法みたいなもん。
「もしかしてビン子さまの神パワーって、“鼻の先が黒いトナカイになる能力”だったりして!? ありがてぇ! ありがてぇ! ねぇトナカイ様〜! どうかハーレムください! 愛人ください! おっぱいもくださいぃぃぃ!」
タカトは祈るように頭を下げ、パンパンと勢いよく柏手まで打って拝み始めた。
――えっ? 鼻? 何かついてる?
ビン子は両目をひんむいて、必死に自分の鼻先を見ようとプルプル震わせる。
その黒いシミの正体は、ついさっきタカトが鼻をつまんだときについた道具油だった。
口をすぼませて寄り目になっているビン子の姿を見て、タカトは腹を抱えて大爆笑www
「タカトのバカァァァ!! サイッ・テーーーイッ!!」
はい出ました、ビン子怒りの必殺ワード。
ていうか、ツッコミどころ多すぎて整理できん!
というかそもそも、プレゼント配るのはサンタであってトナカイじゃねぇからな?
運転手だよ運転手!!
あと、女子の鼻のシミをイジる男には、サンタじゃなくてサタンが来るからなw
そして今、そのサタンは……たぶん目の前にいるぞ? タカト、逃げろ! マジで逃げろ!!
ビン子の名にかけて、今日のタカトは地獄行き確定です♡




