鑑定の神はおばあちゃん?(10)
実際のスキルの授受は、ただ手をかざせば済む。
だが、明らかにミズイはタカトに恩を着せる気満々で、必要以上に大げさな演出をしていた。
「はぁぁぁあ!」
という大声とともに、ミズイは両手をバンッとタカトの目前に突き出す。
その勢いに、タカトは思わず両腕で頭をガードしてしまった。
──何か来る!? 来るぞ!?
だが、ミズイのしなびた手の先から発せられたのは、神の力ではなかった。
ふわりと漂ってきたのは、酸っぱくて線香のようで……何とも言えない、あの独特なニオイ。
「くっさ!!」
目を閉じて、動けなくなったタカト。
もうこれは神の恩恵でも加護でもない。ただの老人の加齢臭である。
……無音の時間。
何の変化も感じられないまま、タカトは恐る恐る目を開けた。
――あれ……もしかして、もう終わった?
頭をかばっていた両腕を、ゆっくり、ゆっくりと下ろしていく。
――でも……なにも変わってないような……気がするんですけど……?
とりあえず、横にいたビン子にそれとなく聞いてみる。
「ビン子、俺、何か変わった?」
「ううん」
ビン子は首を振った。
だって、そこに立っているのは、どう見ても――いつも通り頼りなさそうなタカトだったからだ。
一方、両手を突き出したままのミズイも、不思議そうに首をかしげていた。
――あれ?
本来であれば、この段階でタカトは金色の光に包まれ、神の恩恵が発動するはずだった。
だが、彼のまわりにあるのは……イカ臭いニオイだけ。
――おかしいのぉ……まさか、こやつ、すでに『鑑定』より上位のスキルを持っておるというのか?
* * *
スキルとは、人が持つ“技能”のようなものである。
たとえば、足が速い、文章がうまい、数に強い──といった、現実でもおなじみの才能。
だがこの世界には、人を操る「誘惑」や、未来を見通す「鑑定」といった、いかにも“スキルっぽい”能力も存在する。
さらには、時間を飛び越えたり、運命を無理やりねじ曲げたりする、チートじみたスキルまで……。
とはいえ、たいていの人間は、生まれつき何かしらのスキルを“経験スキル”として持っている。
ただし、その種類やレベルは人それぞれ。
ただ、持ちうるスキルのレベルが人それぞれなのだ。
……思い出してみてほしい。小学生の頃のことを。
足の速いやつ、遅いやつ。
絵が上手いやつ、音感の鋭いやつ。
そして、やたら先生の顔色だけ読むのが異様にうまい、謎の才能のやつ。
そんなふうに、この世界のスキルも本当にバラバラなのだ。
ただし、ひとつだけすごい仕様がある。
──上位のスキルで、下位のスキルを“上書き”できる!
たとえば、足が遅くても「俊足スキル」をもらえば、ちゃんと速くなれる。
……いいなぁ〜。
* * *
とはいえ、そんな都合よくスキルがもらえるわけじゃない。
スキルの源は“神の恩恵”。
つまり、神が自らの生気──命を削って相手に力を分け与える、超リスキーな行為なのだ。
確かに、融合国を支配する神・スザクのように、国中の神民から生気を吸い上げられる存在なら話は別。
ほぼ無限にスキルをばらまくことができる。だからこそ、融合国内では誰もが「融合加工」の恩恵を受けられるわけだが……
ミズイのように、神民を持たない“ノラガミ”にとっては、話が違う。
失った生気を簡単には補給できないのだ。
つまり、神の恩恵を無理に与えれば、生気が枯れ、やがて“荒神”と化す。
最悪の場合、荒神爆発を起こして消滅……それは、神にとっての“死”を意味する。
だからこそ。
死ぬとわかっていながら、「はいどうぞ〜」とスキルをホイホイ与えるようなバカな神など、いるはずがないのだ。
ミズイは顔をぐっと近づけ、タカトの瞳を覗き込んだ。
鑑定の神たるその視線に反応するように、タカトのステータスが瞳の奥に浮かび上がる。
対応戦力等級……1。
――この小僧、電気ネズミ(制圧指標3)よりも弱いではないか。
そう、鑑定の神であるミズイは、相手の目を見るだけで、その者のスキルや能力、果ては内面まで見通すことができるのだ。
だが、そんなミズイの眉間に、ここへ来て深いしわが寄っていた。
「お主、すでに上位の経験スキルを持っておるなら、早く言わんか!」
声には思わず苛立ちも混じる。
「これ以上、スキルは与えられんというのに……!」
経験スキルとは、本来──
“一つの命に一つだけ”与えられる、魂に刻まれた才能のようなもの。
例外など、あるはずがなかった。
「しかも……多重スキル、だと?」
ミズイの声に、驚きと困惑がにじんだ。
タカトには、なぜか“経験スキル”が二つある。
本来、これはあり得ないことだった。
もちろん、神民や騎士であれば、所属に応じて『神民スキル』『騎士スキル』といった“身分スキル”を別途持つことはある。
その上に、自分だけの“経験スキル”が一つ。つまり、スキルを二つ、三つと持つこと自体は珍しくはない。
だが、それは“種類”が違うだけの話。
同じカテゴリ──たとえば“経験スキル”が二つある、というのは話が別だ。
これは、本来なら絶対に起こりえない現象。
……まあ、ここまで読んできた勘の鋭い読者の方なら、もうピンときているかもしれないが。
――やはり、あの時の感触は間違っていなかったようじゃ……
ミズイは初めてタカトと出会った日の違和感を、鮮明に思い返していた。
あの時、コンビニの前で倒れこんだ自分に、タカトは命の石を握らせた。
その瞬間、ミズイの瞳に映ったのは――光り輝く少年の姿だった。
生気に満ちあふれたその姿。
――人間か?
いや……どこか違う……神でもない。
言うならば、神と人の“混血”か……
なぜ、そんな存在がいるというのだ……
――やはり、こいつには何かがある……
今まさに、タカトの多重スキルの鑑定を終えたミズイの疑念は、確信へと変わっていた。
――コイツなら……もしかしたら、妹のアリューシャやマリアナを探し出してくれるかもしれん……
そんな淡い期待を胸に、ミズイは再びタカトの瞳の深淵を覗き込む。
……ダレダ……ワレ……ヲ……ヌスミミル……ヤカラハ……
その刹那、ミズイの背筋を無数の蛇が這い回るような、重く冷たい恐怖が駆け抜けた。
――ひぃい!
思わずその場から飛びのき、目を押さえて震えだす。
神であるミズイでさえ、覗いてはいけないものを見てしまったような気がしたのだ……




