第六の騎士の門(12)
真音子はあきれたように言った。
「ハゲ太さん、一日待てば──ご返済の目処がお立ちになるのですか?」
「はい……かならず……」
ハゲ太の目は震えていたが、笑顔を作ろうと必死だった。
そのとき、イサクが声を荒らげた。
「このハゲがァァッ! そんなわけあるかボケェェェ!」
のけぞるハゲ太。完全に生きた心地がしない。
……まあ、紙袋に裸エプロンの不審者が怒鳴ってきたら、そりゃ誰でも死ぬほど怖いだろう。
「てめえのカマバー、給料日は今朝だろうが! それ以外に金の当てがあるわけねぇだろうが!」
(なぜ存じているのか、ですって? ふふ、お客様の情報を把握するのは、回収業において基本中の基本でございますのよ)
ハゲ太はすがるように言う。
「この家のモノを売ってでも……」
「こんなちんけなカマドレス、銅貨1枚(10円)にもならんわ! オッハーに売ってみろ! 確実に買取拒否だからな!」
観念したように言うハゲ太。
「じゃあ……俺は……どうすれば……」
紙袋越しに、イサクの大きなため息が聞こえた。
「はぁ……お前、本気でそれ言ってんのか?」
「……はい……」
イサクが顔を近づけて威圧する。
「ハゲ子と二人で、駐屯地の奴隷部屋で汗水垂らして働けやァ!」
だが、娘の名前が出た瞬間、ハゲ太は崩れ落ちるように土下座する。
「ハゲ子だけは! ハゲ子は今、将来、役人になろうと神民学校で懸命に頑張っているんです! だから! ハゲ子だけは!」
真音子が、ふと優しげな声を出す。
「そうなんですか……ハゲ子さん、頑張ってらっしゃるのですね……」
真音子の言葉に、ハゲ太は“分かってもらえた”ような気がして、少しだけ顔をほころばせた。
「はい!」
だが、その笑顔のまま、真音子は静かに刺すように言った。
「なら、お父さんも頑張らないとダメですよね♪」
言葉が胸に刺さったのか、ハゲ太はうなだれる。
「……ふがいなくて……スミマセン……」
「謝らなくていいですよ。私はお金を返してもらいたいだけですから」
……しかしその目は、笑っていなかった。
「謝るだけじゃ、お金は返せませんよ? 借りたものは返す──それが、大人としての常識ですよね?」
黙るハゲ太に、真音子は静かに畳みかける。
「今月、もう入金の当てなんてないんでしょ?」
コクリとうなずくハゲ太。
「なのに待てって、おかしくないですかぁ?」
──沈黙。
「なめてんじゃねぇぞ! コラァアアアアッ!!」
ドガッ!
真音子の足が、隣のイサクのケツを蹴り上げた。
「イテっ!……て、なんで俺!??」
イサクは、ケツを押さえながら背後を振り向いた。
そこには、烈火のごとしオーラを身にまとった真音子の姿があった。
「てめえがトロいからじゃい! おいコラ、内臓売ってこい! 今すぐだ!」
その迫力に、イサクもハゲ太もびびりまくり。
「「ひぃいっぃ!」」
真音子は椅子からスッと立ち上がり、イサクを脇に手でどかす。
ガッシャーン!
勢いで吹き飛んだイサクの巨体が、隣の木製テーブルをぐしゃりと潰した。
可憐な少女とばかり思っていたのにその腕力、恐るべし……
真音子はしゃがみ込むと、ハゲ太の顔に瞳を寄せる。
「安心しな、元金と利息を回収した後は、残りをハゲ子ちゃんに届けてやるからよ」
その目は、蛇のように冷たい。
「なぁ……今すぐ、とっとと解体されて来いよ」
「それだけは……お慈悲を……」
ハゲ太は、震える手で床に何度も頭をこすりつけた。
真音子は立ち上がり、見下ろすように言い放つ。
「……なら、一つだけチャンスを差し上げますわ」
「えっ?」
ハゲ太が顔を上げた。
「この街に“鑑定の神”が現れたそうですの」
「……?」
ポカンとするハゲ太に、真音子の声が鋭く跳ねた。
「ハゲ子さんのためにも、どうするべきか……もうお分かりでしょう!?」
「はっ! はいっ!」
次の瞬間、ハゲ太は勢いよく立ち上がり、一本歯下駄を鳴らして玄関から飛び出していった。




