第六の騎士の門(11)
いまだ興奮冷めやらぬ子供たちの声が、門前広場の奥で響いている──。
そこには、神民街と一般街とを隔てる巨大な城壁がそびえていた。
その城壁の入り口の陰に、かれんな少女と屈強な男が身を潜めている。
少女の名は真音子。第七の騎士 一之祐の神民、金蔵勤三の娘だ。
付き従う男はイサク。
その身体はボディービルダーのように逞しく、腕には無数の傷跡が走っている。
だが背中は無傷で、まるで敵に背を見せたことのない歴戦の勇者のようだった。
……が。なにより目を引いたのは、彼の異様な格好だ。
紙袋を頭からすっぽりかぶり、上半身は裸──
その上に、フリル付きのピンクのエプロン一枚。
すなわち! 紙袋が! 裸エプロン! なのである!
意味がわからない……。
わからないよね……。
作者だってわからないww
ツョッカーの怪人よりも、もはや断然、不審者。
誰もが気味悪がり、自然と距離を取るのも無理はなかった。
一方、可憐な少女・真音子は十六歳ほど。
金髪のボブにメガネ──どこにでもいそうな、ごく普通の女の子……に見える。
いや、正確には。
隣に立つ“紙袋裸エプロン”の存在感が強烈すぎて、
彼女が「普通」に“見えている”だけかもしれない。
というのも、彼女もまた──男に劣らぬ、いやそれ以上の立派な胸の持ち主だ。
そう、いわゆる「巨乳」である。
もしビン子がこの場にいたなら、即・天敵認定だったに違いない。
それほどの圧倒的な存在感を放っていた。
そんな真音子の背後で、イサクがつまらなさそうに声をかける。
「お嬢、今日はもう引き上げませんか?」
「まあ、何を仰っているのですか?」
お嬢と呼ばれた真音子は、タカトから一瞬たりとも目を逸らさず、そっけなく答えた。
その様子に、イサクの声は自然と大きくなる。
両手をあれこれ動かしながら説得を試みる。
「毎日毎日こんなことばっかりして……もっと他にやることあるでしょう!」
真音子は小さくため息をつく。
「またですの」──そう言いながらも、視線は依然、タカトに釘付けだ。
「本日の業務はすべて滞りなく完了しております。今は、わたくしの自由時間でございます」
「そ、それはまあ、そうなんですが……」
イサクの口ごもる様子に、真音子の声音にはうっすらと苛立ちがにじんでいた。
「もしご不満があるのでしたら、お帰りになってくださっても結構ですわ。わたくし、一人でも差し支えございませんもの」
「でもそれじゃ、俺がアネサンに怒られちゃいますって……」
イサクは両手をバタバタと振り回しながら、慌てて食い下がる。
「でしたら、黙って控えていらっしゃいませ!」
イサクは大きなため息をつき、近くの壁に頬杖をついてもたれた。
「でもまあ……あの男のどこがいいんですかねぇ。器も小さけりゃ、肝も小さい。てことは当然、アレも小さいじゃないんですかねwww」
その冗談が、本人にはよほどツボだったのか──
イサクは腹を抱えて突然、爆笑し始めた。
紙袋がガサガサと揺れ、ひときわ大きな音を立てる。
──そのとき。
真音子が、スッと振り向いた。
まるで空気が一線を越えたように、静かで鋭い動きだった。
そして、そこからの!
「あん! なんじゃワレ! 言いたいことはそれだけか! イてこますぞ! コラァッ!」
あの上品だった少女はもういない。
眉は吊り上がり、口元は鬼のように歪み、目にはギラついた光が宿っている。
気品なんて微塵も残っていない。そこにいるのは、完全にキレ散らかしたレディースの総長そのもの。
いや、その迫力……もはや、ヤンキーと言うより極道と言った方が適当だろう。
その殺気じみたプレッシャーに、イサクは一瞬で表情を変え──
(まぁ、紙袋をかぶっているため見えないんだけどねwww)
電光石火の勢いで地面に手をついた。
「も、申し訳ございませんでしたァッ! お嬢ッ!」
実はこの二人、借金取りである。
そして今しがた、一つ仕事を片付けてきたばかりなのだ。
少しばかり時をさかのぼる。
はい、ここで早戻し──ストップ! ストップ! ストーップ‼
時はちょうど、ビン子が土手の上で幼女たちの歌に聞き惚れていたあの頃。
そして、あのセントウインが「ヤバッ! 集合時間すぎてるじゃん⁉」と気づいて、慌てて家を飛び出した──まさにその時刻である。
紙袋をかぶったイサクと、可憐な少女・真音子は、一軒の家にいた。
……とはいえ、家と呼ぶにはあまりにも粗末だった。
壁はひび割れ、ところどころ土台が剥き出し。
ちゃぶ台の脚はガムテープで補強され、床板の隙間からは風が吹き込む。
天井からは蜘蛛の巣が垂れ、部屋全体がほこりっぽい。
“貧乏”を通り越して、“もうすぐ崩壊”といった風情の空間だった。
そんな中、真音子は、ミシミシと音を立てる椅子に静かに腰かけていた。
その隣には、無言のまま仁王立ちするイサク。
そして、二人の視線の先──
薄汚れたシンデレラのようなドレスをまとった男が、深く頭を垂れて土下座していた。
つい先ほど、オカマバーから帰ってきたばかりの男だ。
その姿がどれだけ滑稽に映ろうとも、いまは誰も笑わなかった。
やがて、真音子が口を開く。
その声音はあくまで柔らかく、だが容赦はなかった。
「……ハゲ太様。ご返済日は、確か本日でいらっしゃいましたわね?」
その静かな一言が、ひどく寒々しく響いた。
傾いた家の空気が、ひときわ冷たく感じられるほどに──
ハゲ太は床に頭をこすりつけ、懇願していた。
「あと一日……あと一日だけ待ってください」
どうやら彼は、この二人から借金の取り立てを受けているらしい。
というのも、彼が務めるオカマバーは、埃まみれのステージに古びた汗とたばこの臭いが漂い、店内のライトは半分しか点かず、時折「カチカチ」と乾いた音を立てて点滅している。
まるで幽霊屋敷のように客は来ず、閑古鳥が鳴きっぱなしだった。
火の車どころか、もはや完全に炎上寸前の状態である。
とてもハゲ子の学費どころではなく、ハゲ太自身も満足に食べるものすらままならない有様だったのだ。
だからこそ、本日の返済金は、少しどころかまったく足りておらず――まさに今、その責め苦に苛まれているのだった。




