第六の騎士の門(6)
来る日も来る日も、権蔵は森をさまよい続けていた。
雨の日も、嵐の夜も。
まるで何かに取り憑かれたかのように、あてもなく同じ場所を、何度も、何度も歩き回る。
茂みの奥へ、木の洞の中へ──
何かを探すように、執念深く顔を突っ込んでは確かめていく。
そして今、ついに──
大きな木の下で、寄り添う二人の子どもを見つけた。
権蔵は静かに、そっと手を伸ばす。
「……こんなところにおったのか」
休息奴隷となって以来、ただこの二人を探すためだけに森を歩いてきた。
気がつけば、もう何か月も経っている。いや、もはや一年近いかもしれない。
生きる理由は、ただ彼らを見つけること──それだけだった。
だが、目の前の幼い少女は、権蔵を鋭くにらみつけると、長い黒髪を乱しながら、傍らに横たわる幼い男の子をしっかりと抱きかかえた。
そして、誰にも触れさせまいと、野良犬のように低く唸り声を上げて威嚇し始めたのだった。
だが──その次の瞬間、権蔵は言葉を失った。
少女の腕に抱かれたその幼い男の子は、全身を血で染めていたのだ。
──ここまでとは……
……
ふと、権蔵は背後にそびえる崖を見上げた。
霞んで上が見えないほどの高さ。
──まさか……この崖だったとはな……
目の前にそびえ立つそれは、融合国でも随一の断崖絶壁。
あまりの切り立ちように「必ず死ねる名所百選」にも選ばれ、自殺者が絶えないことで知られている場所だった。
視線を崖から戻した権蔵は、改めて男の子の顔をじっと見つめた。
頬には、血の跡が細く筋を引いて乾きかけている。
おそらく少女が、自分の服で懸命に拭ったのだろう。
その証拠に、彼女の身にまとう白い服──ぶかぶかどころか、まるでサイズの合っていないそれは、全体が赤黒い斑模様に染まり、乾いた血がところどころ黒ずんでいた。
一体どれだけの時間が経ったのか──。
そういえば、男の子は最初から微動だにしていなかった。
──まさか……
死の予感が、ぬらりと権蔵の背を這いのぼる。
──間に合わなかった、というのか……?
その瞬間、彼の全身が、小刻みに震え始めていた。
その恐怖を押し殺し、権蔵はかすれた声を絞った。
「……すまんのぉ……ビン……いや、お嬢ちゃん……その子だけでも、見せてもらえんかの……」
そう言いながら、幼女の腕に抱かれた男の子へと、そっと右手を伸ばしていく。
だが、その手は止まらず震えていた。
指先に近づくにつれ、その震えは次第に激しさを増していく。
そして次の瞬間。
権蔵の指先に、幼女がいきなり食らいついた。ガブリ、と。
――ッ……!
顔をわずかに引きつらせながらも、権蔵は声を上げなかった。
噛みつかれたままの右手とは対照的に、左手をふわりと幼女の頭に置く。
まるで頭を撫でるように、そっと、優しく。
「大丈夫じゃ……ちょっと、見るだけじゃからの……」
――敵じゃない?
敵ヨ!
――きっと、この人は大丈夫……
敵ヨ! 敵! みんな敵なのよ!
――でも……このままじゃ……この子、死んじゃうよ……
…………
―― ……
…………
優しい言葉が、どこか幼い心に届いたのだろうか。
やがて、幼女の口がそっと権蔵の指から離れていった。
「……この子、死なないよね?」
ぽつりとこぼれた声。
……ほんとうに、信じていいの……?
―― ……大丈夫、きっと……大丈夫……
その目からは、いつの間にか、ぽろぽろと涙があふれていた。
権蔵の指先が、そっと少年の首筋に触れる。
……トクン……トクン……
かすかな脈が、確かにそこにあった。
わずかに伝わる温もりが、権蔵の胸に沁みる。
「……よう、生きとったのぉ……タカト……」
その瞬間、権蔵の目に涙が溢れた。
少年は、タカトまだ生きている。だが、呼吸は浅く、今にも消えてしまいそうだ。
――このままじゃ、危ない!
権蔵はすぐさま二人の子どもを腕に抱きかかえると、森の奥に建てた自らの小屋へ向かって全速力で駆け出した。
動かぬタカトを、権蔵は小屋にただ一枚しかない薄汚れた布団の上にそっと寝かせた。
そして、こびりついた血を拭うように、その体を丁寧にぬぐい始める。
「……あの高さから落ちて、これだけで済んだのか……」
思わず、声が漏れた。
最初に見たときは血まみれで、瀕死の重傷にしか見えなかった。
だが、裂けたわき腹や、骨が折れたかのように腫れ上がった腕や足──その多くの傷は、すでに出血は止まり、傷口もふさがりかけていた。
痛ましい痕跡は確かに残っている。けれど、どの傷も死を決定づけるようなものではなかったのだ。
──いや、ありえん。あの崖から落ちて、これだけで済むわけがない……普通なら、とっくに死んどる……
権蔵はそっと視線を横に向けた。
そこには、じっとタカトを見つめる幼女の姿。金色の瞳に涙をたたえながらも、かすかに唇を噛んでいる。
──やはり、神民か……となると、この子が何らかの神の恩恵を使ったというのか?
だが、死にかけた者を蘇生させるなどという恩恵、聞いたこともない。
仮にあったとしても、そんな奇跡の代償には膨大な生気が必要だ。
それを使ったが最後、魂は枯れ果てて荒神に堕ちるはず。
……だが、この少女の瞳に赤の気配はなかった。
濁りひとつない、透き通った黄金のままだ。
──違うのか……いや、分からぬ……
と、そのとき。
布団の上のタカトが、かすかにうめき声を上げた。
先ほどまでまるで死体のように動かなかったその身体が、わずかに震え、苦しげに身をよじり始めたのだ。




