第六の騎士の門(4)
ギリー隊長は、さきほどから声も出せず固まっているタカトに団扇を返すと、その肩をバンと力強く叩いた。
「よし! 今度、俺の使”え”なくなった写真集を持って来てやる!」
タカトは慌てて団扇をカバンの奥に押し込みながら、ぴくんと耳を動かした。
「え? “ワ”じゃなくて“エ”? でもそれって……アイナチャンの写真集だよね?」
一応、念のために聞き直してみた。
でも……聞き直したのは、どちらの質問のことだろう?
「しかも、この前出たばかりの最新号『ラブレター』だ!」
ギリー隊長がニヤリと笑う。
「もしかして、あの話題になったあの一枚入っているという」
反射的に食いついたタカトは、生唾をごくりと呑み込んだ。
……ごくり。
「おお! そうとも! 極端に肌の露出を嫌がるアイナちゃんの──あの、伝説のハイレグくい込み写真が入っている奴だぞ!」
もはや“ワ”だろうが“エ”だろうが、“用済み”だろうが、なんでも構わない!
「見たい! 見た見たい! い! 見たい! 見たい! 見たい見たい見たい今すぐ見たーーーーーーーーーーーーいッ!」
「アイコラなんかより実物の方がいいだろ? まぁ、ちょっとだけ……引っ付いて開かないページがあるけどな。気にすんな!」
「いいです! 全然いいです! そんなこと、まったく気になりません! ぜひ、その神聖なる写真集、この哀れなタカトにお恵みくださぁ〜いっ!」
そんなタカトを、ビン子はしらけた目で見ていた。
──よく言うわ〜。
お前の本棚、アイナチャンの写真集でぎっしりじゃないの。
しかも今回のウチワも、写真集を切るのがもったいないとか言って、エロ本の広告欄からパンチラを拝借しただけだろうが!
──その程度のこと、このビン子様にはマルッと完璧にお見通しなのよ!
……と、言われたような気がしたのか、タカトの心の中で即座に反論が始まる。
──アホか! この貧乳娘!
「ラブレター」は違うんだよ! 格が違う! もう、別格! 超・別・格!
今までの写真集とは明らかに一線を画してるんだ!
たしかに以前も水着はあった! だが、あれは健康的で明るいだけ!
今回のは違う!
色香! 誘惑! 艶めかしさッ!
そのすべてが、一人の男に向けられた“視線”として凝縮されてるんだよ!
まさに「ラブレター」──
想いを伝えるためだけに綴られた、熱く、そして甘い誘惑の一冊ッ!
その証拠に、「売れてるマン・週一・本筋ランキング」では、発売から五か月経った今なお、堂々の一位を独走中!
あまりにセクシーすぎて、今じゃコンビニでもビニール包装不可避!
未成年には立ち読みすら許されないという、鉄壁のセキュリティ!
……だから、俺、もう立ち読みできないんだよ……
せっかく『生死をかけろ! 筋肉超人!あっ♡修マラ♡ん♡』を開発中だったのに……!
※補足:ポケットに手を入れたまま立ち読みできるように四本の義手を仕込んだ、涙ぐましい努力の結晶である。
クソ……
だれだよ……誰なんだよ……
アイナちゃんが想いを寄せてる“その男”って!
くそぉぉぉぉッ! 超絶うらやましいぞぉぉぉぉぉぉぉ!!!
……といった、タカトの心の雄叫びが、今にも口から漏れ出しそうであった。
「ところでタカト。同じことを聞くが、不審者を見なかったか?」
だが今のタカトの脳内は、完全にアイナチャンのハイレグ写真集で埋め尽くされていた。
手をコネコネとこすり合わせ、卑屈な笑みを浮かべるタカト。
そう──今まさに、彼の脳内では『スパコン腐岳』がフル稼働していたのだ。
……ハイレグ写真集……
それは、このミッションにおける最上位報酬ッ!
いわば、S級アイテム!
ノーミスで状況を切り抜けなければ、決して手に入らない超激レアのドロップ品なのだ!
ここでしくじれば、永遠に「くい込みの谷間」はお預けッ……!
――ふっ、ふはははは! いいだろう……!
かかってこい、この尋問ッ!
天才物理学者・上田次郎! 改め──天塚タカトが!
この難局、理論的に! 知性的に! そして欲望的に!
解決してみせようではないかッ!!
どーんと来い、超常現象ッ!!
いや、超・難・局・面ッ!!!
ということで、脳内スパコン腐岳が座禅を組んだ。
ポク……ポク……ポク……ポク……ポク……
一休さんよろしく、ひたすらアイデアをひねり出しているようだった。
ポク……ポク……ポク……ポク……ポク……
……なぜだ……なぜページが引っ付いて見れない……
って、悩んでいるのはそこかよwww
ポク……ポク……ポク……ポク……ポク……
そうか!
そうか!
全て(解け)かけた! ぶっかけた!
――チーン!こ~のお シールかヨ!
ということで、何かに納得したタカト君は、守備隊長ギリーの疑いの目を他へそらそうと仕掛けた。
「ギリーの旦那、よく考えてくださいよ。そもそも、いっぺんに10枚ものスカートをめくれる奴なんて、この世にいると思います?」
その言葉に、なぜか妙に納得してしまうギリー隊長。
「うむ……確かにそうだな。昔、第七駐屯地にいたという伝説のダブルオーライザー『マッシュ』でさえ、めくれたスカートは二枚までだったらしいしな……」
なにそれ。
てか、「ダブルオーライザー」って何やねん!!
それにマッシュって、お前……ガンダムじゃなくてドム乗りだろうが!
……ま、いいか。これはかなり先のお話しだから今は忘れてくださいな。
「で・でしょう! 旦那! なら、それ、きっとタツマキかなんかじゃないですかい?」
馬鹿だ……こいつ……!
自分から「タツマキ」ってゲロってどうすんだよww
え? なに言ってんの?
この状況で「タツマキ」って言ったら、あれでしょ、○ンパンマンに出てくる──エスパー・タツマキ!
スグル先生の出した白紙のレポートだって、念写で“書いたことにしてくれる”レベルの超能力者だぞ!
……って、どんな状況だよ!!
「タツマキか……だが、魔物の線も残っているかもしれないな……」
「嫌だなぁ、こんだけ人がいるんですよ? 魔物だったら、とっくに大騒ぎですよ!」
「……確かに、そうだな」
「でしょう?」
一拍、間が空いた。
「ところで、お前、荷物を運んできたんじゃないのか?」
「あっ、今まさに納めるところでしたよ!」
「なら、さっさと行って来い」
「……旦那……写真集、忘れないでくださいよ……」
「しつこいな……お前は……」
「タカト……早く、どこに運んだらいいのか聞いて来てよ」
ビン子が呆れたようにため息まじりで言う。
「了解!」
タカトはルンルン気分でウサギのようにスキップしながら、宿舎の入り口へと消えていった。
これにて、ミッション完全クリアー!
S級アイテム──アイナチャンのハイレグ写真集、GETだぜ!
──って、まだ貰ってなかったんだった~~~!!
ウンウン、ちょっと気が早かったね☆ 俺ってば♪
さあ! 頑張ってお仕事ぉ~♪ お仕事ぉ~♪
第六の騎士の門の上を、一羽の小鳥がゆっくりと飛んでいく。
それを目で追いながら、ビン子は静かに大きく深呼吸した。
タカトのいなくなった広場には、まるで世界が息をひそめるような──穏やかな時間が流れ始めていた。
……ふと、そんな静けさの中で、ビン子の胸に過去の記憶がよみがえった。
それは、やはりこんな穏やかで、晴れわたる日のことだった……。




