第六の騎士の門(1)
ケーキの甘い香りが、広場に漂っていた。
ここは神民街の第六の騎士の門──城壁の前に、門だけがぽつんと鎮座している。
昇りきらぬ朝日が城壁を照らし出し、石畳に濃い影を落としていた。
そんな門前広場には、先ほどから神民街へと続く入り口を通り、人々がひっきりなしに出入りしている。
だが、神民街から広場へと出てくる流れに比べ、広場から入ろうとする側は混雑していた。
入り口に立つ守備兵が、怪しい者を神民街に入れぬよう、念入りにチェックしているからだ。
その人の流れが滞る入り口のすぐ横に──ピンク色をした、おもちゃのような可愛らしい店が建っていた。
そう、これが最近できたばかりのケーキ屋さん、その名も……「ムッシュウ・ムラムラ」www
おすすめは、濃厚な生乳クリームをふんだんに使ったイチゴショートである。
そのケーキをすぐに味わえるよう、店の横には腰ほどの高さの生垣で囲まれた小庭が整備されていた。
緑の芝生が広がるその庭に備え付けられた円卓には、すでに女性客がぎっしり。
入りきれない女子学生たちは、店の前に列をなし、キャッキャッと笑いながら順番を待っていた。
「ねぇねぇ、ケーキ10個食べたら福引券くれるんだって!」
「福引券ってなに?」
「知らないの? 一等は『二名同室・閉ざされた神秘! 医療の国への美容エステツアー』のペアチケットよ!」
「いいわね〜! 私も行ってみたいなぁ……よ〜し、食べて食べて食べまくるぞぉ〜!」
「それより聞いた? 今朝、第八の騎士の門の近くで、魔物と人魔が出たんだって」
「聞いた聞いた〜」
「第八って、セレスティーノ様が守護してる場所でしょ?」
「あ〜、だから今日、セレスティーノ様遅刻なさったのね」
「しかも、あんなにおやつれになって……きっとセレスティーノ様が手こずるほどのスゴイ魔物だったのよ」
スゴイ魔物……?
いやいや、それはもう──魔物を超えるスゴイ存在だったのだよ、チミたち!
ピンクのオッサンと、オットセイ……いや、お登勢さん。
この二匹の化け物を相手にして、生還したセレスティーノは、確かにスゴイ!!
その広場の女子学生たちの様子を、向かいに止めた荷馬車の上から、タカトがにやにやと見つめていた。
──おぉ、これはちょうどいい女の子たちがいるじゃあ〜りませんか♪
そして、おもむろにカバンの中から、一本のウチワを取り出した。
ぱっと見は、竹の柄に紙が貼られただけの、普通のウチワ。
だが、扇部には巨乳アイドル・アイナちゃんのパンチら写真が、誇らしげに貼り付けられていたのだった。
そのウチワを見て、御者台に並んで座るビン子は、残念そうにため息をつく。
「はぁ……もしかして……昨日の夜、一生懸命作ってたのって、これだったりする?」
そう、昨夜──タカトの部屋で、ビン子はベッドの上から作業台の彼を静かに見守っていた。
──頑張ってね。
無心に作業するタカトを邪魔しないよう、ビン子は静かに恋愛小説を読みふけっていた。
夜明け前、そっとベッドを降りたとき、彼は作業台に突っ伏して、静かな寝息を立てていた。
その肩に、そっと毛布がかけられる。
──ご苦労様。
あれほど応援していたのに……
あれほど見守っていたのに……
なのに、出来上がったのが……
アイナのパンチらウチワかよ! コラ(╬ಠ益ಠ)‼
だが、その写真──どこか、おかしい。
いやらしく二の腕に押し潰されるような谷間、男を地獄の底に引きずり込むかのような深いクレバス。
だが、そのあふれんばかりの脂肪のボリュームが、どうにもアイナの公式サイズと合っていないような……?
それは、ほんの髪の毛一本分ほどの違和感。
だが、貧乳なビン子にとっては──その一本が大きな差だった。
じっと目を細め、写真を凝視する。
──これは……ムフフな本から切り抜いた他人の体に、アイナの顔を貼り付けたものでは……?
って、アイナのアイコラかい……コラ(−_−)!
「聞いておどろけ!」
タカトはビン子の呆れ顔などお構いなしに、勝手にしゃべり始めた。
「これは、魔鳥コカコッコーの羽とウチワを──融合加工したものだッ!」
と、誰に頼まれたわけでもないのに、解説モードは全開。
そして──ためにためてからの~!
ウチワを頭上に突き上げ、大シャウト!
「これこそ! 名づけてぇ~『スカートまくりま扇』だぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
――スカートまくりま扇……って、あんた……コラ(_ _|||)……
ビン子は手のひらで顔を覆い、ガクッと頭を落とす。
「また、あほなものを作ってからに……」
その呆れようは、先ほどよりもさらに深かった。
――なんか私って……バカみたい……(T_T)




