緑髪の公女(10)
周囲を取り囲む女子学生たちの輪が、セレスティーノの動きと共にスライドしていく。
……だが、誰一人、悲鳴を上げる者はいなかった。
裸にふんどしという狂った姿にも関わらず、むしろ彼女たちの目は、キラキラと光っている。
それは、まるで何かの新しいトレンドを発見したような興奮だった。
──え、今ってふんどし流行ってんの?
──え、マジで!? ふんどし、来てんの!?
──私たちもふんどしよ! ふんどし!
──ふんどしこそ、推しへの愛ッ!!
──ふんどし is フリーダム!!(意味はない)
……やっぱり、イケメンこそが正義なのである。
もし、この格好をタカトのような残念フェイスがやっていたら──
即逮捕。
そして牢屋。
むさい犯罪者のオッサンたちに囲まれて、ケツの穴の童貞を奪われていたであろう……ヒィィィィ!!
この世はなんと、ブサイクにとって生きづらいことか。
マジでイケメンなんて滅びろ!
セレスティーノはアルテラの前まで来ると、片膝をつき、うやうやしくひざまずいた。
「麗しきアルテラ様。本日のご挨拶に参りました」
……下げた頭から、それとなく上目づかいで様子を窺うセレスティーノ。
アルテラは高貴な存在。
彼女が手を差し出さぬ限り、触れることなど許されない。
よって、勝手に手を握ってキスをするなど──言語道断!
……が、セレスティーノの視線はうずうずしていた。
ちらっ、ちらっ。
まるで、怒られているのに反省していない小学生である。
――今日こそは、右手を差し出してくれるかな?
だが、アルテラは何のリアクションも示さなかった。
手を出すどころか、軽くプイッと横を向くと、そのままそそくさと荷物を持って教室のドアへ向かっていく。
まわりの女子生徒たちから、どよめきが起こった。
学園のアイドルであるセレスティーノ様がわざわざ膝を折ってまで挨拶をしているのに、あの豚は完全無視!
なにあの態度! 何様のつもりよ‼
……いやまぁ、緑女じゃなくても普通に嫌われてただろうな……。
ぽつん、と一人取り残されたセレスティーノ。
――くそ! あの女! お高くとまりやがって!
笑顔の裏に浮かぶ、鬼のような形相。
――このセレスティーノ様が、わざわざ挨拶してやってるというのに!
が、その顔は、うまく背後にいる女たちには見えないようである。
――まぁ、あの女は緑女だからな……魔物には私の美しさは理解できないのだろう……
って、いやいやいや!
今お前、裸でふんどしだってば!!
まぁ、そう、自分に言い聞かせたセレスティーノは、静かに膝を伸ばす。
「しかし……不憫な女よな……」
未練がましく、膝についたホコリをぱっぱと払う。
そんな彼に、女子生徒たちが次々とスカートの裾をつまみ、片足を引いてぺこりと頭を下げ始めた。
「セレスティーノ様、おはようございます♥」
「今日も素敵です♥」
「ふんどし、お似合いです♥」
にっこりと振り返ったセレスティーノは、すでに満面の笑み。
両手で彼女たちの手を優しく包みながら、テンション爆上げで挨拶する。
「ハイ! おはよう! おはよう!」
――あぁ、若い女の肌は、ババァと違って張りと弾力が段違いやなぁ!
イィィィ!
イイ!
キモチィィィィ~!
一方、そっけなくバッグを持ったアルテラは、教室の後ろをすり抜けるように早足で廊下へ向かった。
あの場に一秒でも長くいることに、耐えられなかったのだ。
だって目の前に──裸ふんどし野郎が跪いて、女子たちを従えているのだから。
ここで「苦しゅうない」と右手でも差し出した日には、即座に女王様決定である。
でもその「女王様」は、SMの方の、である。
――イヤ……汚らしい……
そう、それでは……あの、父につきまとう売女の秘書と、何も変わらないではないか。
男と女の立場こそ違えど、やっていることは……同じだ。
……うつぶせにされたふんどし野郎のケツを、女王様のヒールが無慈悲に踏みにじる。
「お前は何だぁぁァァ! 言ってみろぉぉ!」
「私めはセレスティーノ! 神民学校の生徒会長でありますぅぅ!」
「違うだろうが! 貴様はただの豚だ! 豚は豚らしくワタシの足でも舐めていろぉぉぉ!」
と突き出した足をセレスティーノの口に無理やり押し込んで上下させるのである。
おえっ!
淫靡な音を立てていたセレスティーノの口が、嘔吐反応を起こしゲロと一緒に靴の先を吐き出した。
涙目のセレスティーノの顔面は、すでに口から垂れるよだれと鼻水でビチョビチョ。
「ふんっ! この豚は、こんなこともできないのか!」
さげすむ目が、力なくうなだれるセレスティーノの頭を見下していた。
そんな妄想をアルテラは即座に拒否した。
――あんな女と同じになるのだけは絶対にイヤ……
身体で取り入ろうとする……あんな下劣な女と。




