緑髪の公女(6)
当然、緑女を生んだ家にも差別的な視線は向けられた。
魔物付きの家として、周囲からのひどい誹謗中傷にさらされ、住まいからも追い出される。
噂は後を絶たず、ついには一般街の外れに形成されるスラムへと追いやられてしまうのだ。
そのため、緑女が生まれた家では、人目につく前に、すぐさま赤子をスラムへと投棄していたのである。
──だが、アルテラの場合は違った。
ライトグリーンの髪を持つアルテラは、生まれてすぐ神民学校の幼稚園に入園させられた。
たしかに、親元からは引き離された。だが、十五の年になる今まで、アルダインの神民として生き延びてきたのだ。
父であるアルダインが、なぜ緑女のアルテラをわざわざ手元に置いておいたのか──それは謎である。
だが、誰もその理由を本人に問いただすことはできなかった。
なぜなら、アルダインに逆らえば、この融合国では生きていけないからである。
アルダインは、それほどの強権者であり、独裁者……いや、ただの変態エロ親父なのである。
そのおかげで、アルテラが表立って冷遇されることはほとんどなかった。
だが、周囲から向けられる物言わぬ視線は、常に魔物を見る目で、彼女の心をじわじわと蝕んでいた。
今のアルテラには、友達と呼べる存在は全くいない……
そう……常に一人ぼっち。
騒がしい教室の中、アルテラの周囲だけが、灰色に沈んだ孤独な空間だった。
──それでもいい……
アルテラはポケットから一枚の古びた紙を取り出すと、静かに広げ目を落とした。
「今日も頑張ったよ……」
潤んだ瞳で小さくつぶやくと、それをギュッと胸に押し当てる。
その紙はきっと、日々の孤独を支える彼女にとっての最後の砦なのだろう。
唯一、自分が生きている意味を確認できる、小さな証。
そっと折りたたみ、何かを守るように、丁寧にポケットへとしまい直す。
──その時、教室の一角から、女子生徒たちの声がひそひそと響いてきた。
どうやら、彼女たちは誰かの噂話に夢中のようだった。
「ねぇ聞いた? 高等部のイッポン ハゲ子のこと」
「聞いた聞いた! 医療の国へ特別留学、今日決まったんだって」
「えぇ〜!? なんで? 一般国民のくせにおかしくない?」
「でもさ、ハゲ子の成績ってクロト様には及ばないけど、セレスティーノ様と同じくらいなんだって」
「へぇ〜、やっぱ賢いんだ……でも、あの家って貧乏じゃない?」
「だってハゲ子のお父さん、ハゲ太とかいうオカマでしょ? お金あるわけないじゃん」
「一般国民なんて、学業の成績落ちたら即退学だしね」
「そりゃストレスたまるでしょ〜。だからハゲてるんじゃん、ハゲ子!」
「あーはなりたくないわ……」
「ってかさ、特別留学生って、なんか一般国民ばっかりじゃない?」
「そう言えば……医療の国に行った子、誰一人帰ってきてないよね……」
「……え、ほんとだ。もしかして、魔物の国に行って食べられてたりしてwww」
「ちょw やめてww」
「でも医療の国って美容とかスゴいらしいよ? トップアイドルのアイナも通ってるんだって」
「それ、アイナじゃなくて、アイナのマネージャーの方でしょwww」
「なんでマネージャーの方が入り浸ってんのよwww」
──しかし、どうして女たちはこうも噂話が好きなのだろう。
人のことなど気にしたところで、どうにもならないというのに。
そう思いながら、アルテラは机の上を黙々と片付けていた。
その頃。
そんなハゲ子の朗報など知る由もない父、イッポン ハゲ太は、肩で息を切らしながら一般街をさまよっていた。
素足で石畳の上を走ったせいで、足の太い指先は擦り切れて血が浮かんでいる。
「神はどこだ……」
ハゲ太は道端のゴミ箱を開けては、中を覗き込んでいく。
今着ているドレスは、オカマバーで使っていた商売用の一着だろう。
だがその大切な衣装は、泥とゴミの汁で染まり、すでに擦り切れていた。
頭につけたカツラも、ずれてハゲ頭をのぞかせていることにすら気づいていない。
血走った目で、ただ必死に“神”を探し続けるハゲ太。
「……神はどこにいるんだよ……頼むよ……出てきてくれよ……」
その声は切羽詰まり、今にも泣き出しそうであった。
「……あの子だけは……ハゲ子だけは……助けてやってくれよ……」




