緑髪の公女(5)
「惜しい! 残念!」
――えっ? どういうこと?
ローバンの頭の中は真っ白になった。
「問題は最後までよく聞きましょう! では、もう一度、問題です。騎士がもつ神民枠の数はあらかじめ決められており、当然、その枠を使い切ってしまうと……騎士の門外のフィールドを維持することができなくなりますが、その神民数を使い切った騎士はどうなるでしょう?」
ピンポーン
「コウスケ君!」
「王により、新たな騎士へと交代が行われます」
「正解! すごいな! コウスケ! お前、意外に勉強しているじゃないか!」
「ヘヘン!」
得意げに鼻をこするコウスケ。
その横で、ローバンはがっくりとうなだれていた。
――もしかして……私は……負けたの……負けてしまったの……
ウワァァァァァァァァン
突如、教室にローバンの泣き声が響き渡る。。
そんな彼女に、コウスケがそっとハンカチを差し出した。
「ローバンさん、みんなで一緒に走りましょう! ワンフォーオール! オールフォーワンです!」
その言葉を聞いて、スグルが涙ぐむ。
「コウスケぇ~、よくぞ言った! それでこそ俺の生徒だ!
さぁ、みんな! 夕日に向かって走るぞぉぉぉぉ!」
……いや、まだ昼前ですけど?
見てるだけで暑苦しいわ、この男。
ハンカチで涙を拭い、ついでに鼻までかんだローバンが、しらけた目でスグルを見る。
「って、まだお昼前ですよ……」
「何ぃぃぃぃぃぃい!?」
「一体いま何時だと思っていたんですか! スグル先生!」
ローバンがコウスケに使い終わったハンカチを返しながら、容赦なくツッコんだ。
……って、使ったハンカチはせめて洗ってから返そうよ。
女の子──いや、人としてさ。
そんなやり取りに、コウスケが戸惑いの表情を浮かべる。
「どうします、先生……」
「コウスケ……仕方ない、とりあえず夕方まで銭湯にでも一緒に行くか?」
「はい!」
──って、お前らこの後の授業をさぼる気かーい!
『自習!』
スグルは黒板にそう大きく書き殴ると、生徒たちに呼びかけた。
「自習は課外活動でもいいぞ! ただし、ちゃんとレポートは出せよ!」
おぉ、まるで先生っぽい!
やっと教師らしいこと言ったな! と思いきや──
「課外活動は、食レポでも、カラオケでも、銭湯巡りでも、なんなら家に帰ってゲームでもいいぞ!」
……いや、それ課外でもなんでもなくない?
もうそれ下校やん。
そんなスグルは遠くを見るような目で、しみじみと語る。
──人生に無駄になるようなことは何もない! そう、すべからく人生の学びなのだ!
……というか、ただ単に「ニューヨーク」って名前の銭湯に行きたいだけなんじゃないのか、この男。
「ハイ! 先生!」
一人の女子生徒が冗談まじりに手を上げる。
「レポート、写メでもいいですか?」
……はぁ? レポートってのは報告書だぞ? 一度辞書引いて来い、ほんま。
普通に考えて、写メでいいわけないだろうが! このバカチンが!
ニャン八先生なら、きっと前髪をかき上げながらブチ切れてるところだ。
「おお、写メでいいぞ! なんならチェキでもプリクラでも構わん!
それがない奴は白紙に念写でもしとけ! ちゃんと出席扱いにしといてやるからな!」
……おいおい! 念写ってなんだよ!?
いつからここはエスパー養成学校になったんだよ!
いやいや、ここはあくまで神民学校。エスパーなんていませんニャン!
「やったー」
「さすがスグル先生!」
女子たちは決まりきった仲間のテリトリーへ散っていき、キャッキャと笑いながらおしゃべりを始める。
男子たちは部活のユニフォームに着替えたり、机にカードゲームを広げたりしていた。
その賑わいの中で、ただ一人、アルテラだけが静かに窓際の席にいた。
使い終わった教科書を黙ってカバンにしまう彼女の周囲だけが、ぽっかりと孤島のように浮いている。
誰も近づこうとしなかった。
……アルテラは、緑の髪を持つ「緑女」。
その髪が濃ければ濃いほど、魔物が取り憑いていると信じられていた。
迷信に過ぎない、根拠などどこにもない。
けれど、そんな理不尽な恐れが、彼女たちを社会から遠ざけた。
人々は言う──「緑女に触れれば、人魔症にかかる」と。
その言葉が、緑女たちを“人間”から“忌むべき存在”へと貶めた。
そのいわれもない迷信のために緑女たちは、差別的で悲惨な人生を送ることになる。
彼女たちの人生は、牛馬よりもひどい。
見世物小屋で発情した豚の相手をさせられたり、魔物捕獲用の寄せ餌にされたりする。
そこに人としての尊厳など、存在しなかった。
……アルテラは、そんな視線を背に受けながらも、ただ静かに、今日の教科書をしまっていた。




