緑髪の公女(2)
引き戸が外れた入り口では、一人の少年が息を切らしながら深々と頭を下げていた。
「スグル先生! スミマセン! 遅れました!」
えっ? 謝る理由は遅刻ですか?
教師に対して下駄をぶつけたことは、反省しなくてもいいのでしょうか?
いや、反省の前にいきなり下駄を蹴っ飛ばしたらイカンだろ!
当然、それを見るタンクトップ、いや、スグルと呼ばれた教師の表情が豹変した。
だが、それは怒りではない。
先ほどまでの退屈そうな表情から打って変わって、とても楽しそうな表情になっていたのである。
そう、まるでお楽しみがネギをしょってやってきたと言わんばかりに目をキラキラと輝やかせていたのだ。
「コウスケ! 遅いぞ! 何をしていた!」
ニコニコしながらスグル先生が大声をだした。
「ハイ! 悪の大王から、美しき姫を救い出そうとしておりました!」
……お前は何を言っているのだ?
そんな言い訳が通ると思っているのか?
というか、生徒たちの心の声が聞こえてきそうだ。
『いや、マジで何言ってんだコイツ』と。
だが、スグルは嬉しそう。
「でかした! それでこそ俺の生徒! それで悪の大王は倒したか!」
「いえ……力及ばず……申し訳ございません……」
「大丈夫だ! まだ、次の機会がある! ヨシ! 今日もこれで全員出席・休みなし!」
一体何が大丈夫なんでしょう。
しかも、次の機会って……また、遅刻してもいいのでしょうか?
もう……全く持って意味が分かりません。
というか、ここは中等部の教室のはず。
なんで16歳のコウスケがいるのだろうか?
そう、毎日遅刻を繰り返した結果、当然のように留年していたのである。
……もう、出席扱いとか関係ない気がする。
そんな二人のやり取りに業を煮やした一人の女子生徒が声をあげた。
「先生、いい加減にしてください。講義はどうなったんですか?」
そこには、白衣を着た女子生徒が不機嫌な様子で机の上に身を乗り出していた。
スグルはその女子生徒に目を戻すと頭をかいた。
「えーっと、君は誰だったけ……?」
う~んと腕を組みながら首をかしげる。
「本気ですか? マジですか? スグル先生がそれを言うんですか! 同じクロト様の神民でしょ! 私ですよ私!」
女子生徒は、そのスグルの態度がとても歯がゆいのか、先ほどから机をバンバン叩いている。
そのたびに顔につけた眼鏡が上下しているのが超面白い。
ていうか、それ、跳ねすぎて落ちるだろってレベル。
……さっきまでの静けさが嘘のように、教室の中は騒がしくなっていた。
「あぁぁ、ロバか! ロバ!」
「違います! 私の名はローバンです! ちゃんと覚えてください!」
「悪い悪い!ロバちゃん」
いや、悪いと思ってないだろそれ。
「もういいです、スグル先生! ちゃんと講義を続けてください」
ローバンはぷいっと横を向き自分の席にストンと座った。
「よし、コウスケ、遅れた罰だ! この帽子をかぶってみろ!」
スグルはコウスケに白いシルクハットのような形をした帽子を手渡した。
「はい!」
コウスケは疑うこともなくそれを頭にかぶる。
しかしまだ、スグルの手には、もう一つ別のシルクハットが握られているではないか。
「おーい! ロバ! お前もちょっと前に出て来い!」
まさかその帽子をローバンにかぶせようと言うのだろうか。
さすがに女の子、そんなダサイ帽子はかぶるまい……
「スグル先生! いい加減にしてください!」
だが、怒りながらも素直に前に出てくるローバン。
こいつもかなりまじめな性格なようである。
「ほい! お前もコレかぶって!」
「これなんですか?」
しかし、ローバンはコウスケとは異なり、そのシルクハットをかなり警戒している様子だった。
と言うのも、このシルクハットから尻尾のようなコードが伸びているのである。
もしかして、これはツョッカーの洗脳機なのでは?
かぶった瞬間に何かがくるくると回り、自分の記憶が悪の組織の一員として書き換えられるのかもしれない……
や! やめろ! ツョッカー
よいではないか~ よいではないか~
あれぇぇぇぇぇぇぇ
教壇の上で、なぜか一人、くるくると回るローバン。
この様子では、そう簡単にはシルクハットをかぶりそうではなかった。
ところが、スグルはそんなローバンの態度を完全に予想していたかのようで、
「これか? クロト様の発明品だ! ちょっと借りてきたwww」
それを聞いた瞬間、ローバンの目が輝いた。
いや、輝いたというレベルではない、目いっぱいに満面の星が浮かんでいたのである。
――なんですとぉ! クロト様が作ったものですとぉ! なら試してみたい! いや、是非ともこのローバンめに、かぶらせて下さいませ!
ローバンは、目をキラキラさせながらスグルからシルクハットを奪い取るとサッとかぶった。
してやったり!
それを確認したスグル。
「はい! これ持って……」
いそいそとボタンが付いた筒のようなモノを二人に手渡した。
そして、教壇の中心に戻ってくると、腕を突き上げながら叫んだのだ。
「今年もやってきましたァぁぁぁぁぁぁ! 高校生クイズ! ニューヨークに行きたいかぁぁぁぁぁぁ!」




