いってきま~す(8)
そのとき、コウスケが声を荒らげた。
「タカト! お前じゃない! ビン子さんだけだ!」
――え⁉ なんで……?
すでにカバンを担ぎ終えていたタカト、中腰のままフリーズ。
隣では、今にも御者台から降りようとするビン子が──
シメシメと笑っている。
──ちっ! ビン子の奴、自分だけ逃げる気か!
タカトが睨みをきかせたその刹那、ビン子は
『バイバーイ☆』とでも言いたげに、ちっちゃく手を振ってきた。
──そうはさせるかッ!
タカトの脳内スパコン腐岳が爆速で稼働。
富岳? 知らん。腐岳はもうそれ以上だwww。
ビン子を止めろ。
いや、自分だけ逃げろ。
両方だ。両方やれ。可能性はあるか? Yes or No!
ピコーン!(※謎のSound Effect)
タカトの顔に、ニヤリとひらめきの光が走る。
「なあ、コウスケ。お前……俺と一緒に荷物を運ぶつもりか?」
薄ら笑いを浮かべるタカトの問いかけに、コウスケは一瞬キョトン。
すぐに「しまった!」という顔に変わった。
そう──ビン子と代わるってことは、配達先の第六の門まで、タカトとランデブーってことだ。
「えっ、それは……」
困惑するコウスケ。
こいつ、ほんとに何も考えてなかったらしい。うっかり屋さんにもほどがある。
確かにコウスケは、ビン子さんのためならと思いもした。
が、しかし! あの狭い御者台にタカトと二人きりで座るというのは……それはそれで、うん、ちょっと、いや、だいぶ嫌だ!
……でも……
……でもでも、なんか、ちょっと……それもアリな気がしないでもない……って、何考えてんだ俺⁉
ていうかだ、毎朝ここで待ち伏せしてるのも、ビン子さんとランデブーするためだったはずなんだよな。
なのにフタを開けてみれば、タカトとばっかり一騎打ちしてるじゃねーか!
おかしい……このままじゃ、俺がビン子さんを口実にタカトにちょっかい出してるだけの男になっちまう!
――あれ? 俺って、タカトのこと……
いやいやいやいや! 違う違う! そうじゃ、そうじゃなーい!
そう、これは男と男の勝負、純然たるバトル!
友情! ライバル! そんなアツい関係なんだ!
けっして変な意味じゃない! 断じてない!
(しかしまぁ、作者は思うのですよ……世の中にはピンクのオッサンと言う中性?的な存在もいらっしゃるわけですので、決して不可能ということではないのではないだろうかと……)
と、そんな感じで。
コウスケの頭の中では、謎の思考がぐるぐると回転し、盛大に空回りしていたのであった。
ここで満を持して、タカトのトドメの一撃が炸裂する!
そう──コウスケの思考回路をぶち壊す、悪魔の囁き!
「なぁ、コウスケ。俺と変われよ。な? それなら万事、解決ってやつじゃん?」
ニヤァ……と、タカトは御者台のビン子を見ながら、ウッシッシと笑う。
その顔を見たビン子の表情が、ピキッと引きつった。
――しまった! 奴、策を弄しおったか!
だが、もう遅い!
コウスケはすでに「シンキングタイム」に突入している!
あの顔……思考がどこかのクイズ番組をさまよってる顔だ!
いつ「うん、それでいいや」とか言い出すか分かったもんじゃない!
やばい! やばい! ビン子ちゃん、ピーーーーンチ!
ならば──こうなったら最後の手段だ!
「ファ……ファイナル・アンサ~?」
……って、おいビン子、それ本気か⁉
よりにもよって、みのもん○のモノマネとか!
※説明しよう。この作戦は、『返事を催促する』ように見せかけて、再度、その思考を迷わせる技なのだ!
だが、次の瞬間、ビン子は気づいてしまった。
コウスケから“まだ答えが出ていない”のだ!
つまりこの状況──単なる「答え待ってまーす」宣言であるッ!
――しまぁったぁあっぁぁぁ! ビン子ちゃんピーンチ・アゲイン!
が、しかし!
その時、ついにコウスケの口から飛び出した一言は──
「断固断る! お前を助ける義理はない!」
……だった。
――ちっ⁉ 作戦失敗か!
苦虫を噛み潰したような顔で地団駄を踏むタカト。
その横で、ビン子はそっと胸に手を当てて、心底ホッとしていたのであった
義理でも感じたのか、ビン子がコウスケを気遣うようにやさしく尋ねた。
「ところでコウスケ、神民学校の時間じゃないの? 大丈夫?」
――!?
その一言で、コウスケの頭に電撃走る!
そうだった! 俺、神民学校の生徒だったァァ!
だが──
時すでに、始業ベルは遥か昔に「キーンコーンカーンコーン♪」と鳴り終わっていたのである。
「うわぁ! 大変! 大変!」
突然、河川敷に響き渡った慌てた叫び声。
コウスケか? と思いきや、違う!
荷馬車の後ろから、わらわらと走ってくる女たちの声だった!
そして、その女たちの姿が……いろんな意味で衝撃的!
一人目!
小汚れたシンデレラ風ドレスをたくし上げ、全力疾走!
その裾から覗くのは、ももひき&一本歯下駄という夢と現実の激突コンボ!
だが……肩幅が……広い!
声が……低い!
背中が……毛深い!
身に着けるドレスはほつれ、ラメは剥がれ、髪飾りはもはや釘。
それでも彼女?は走る! 走らねばならぬ理由があるのだろう──。
誰にも踏み込めぬ、“思い”を胸に──。
二人目!
セーラー服の女子高生──口にはお芋パン! 頭にはなぜかオイルパン!
パンとパンでダブル炭水化物! ……てか、オイルパンって、頭に乗せるもんだったっけ⁉
よく見れば、制服のスカーフの結び方がちょっと雑!
スカートの丈も、絶妙に“古い”!
声もどこか、しゃがれて渋い──
──おいおい、まさか中身は……ル○ン⁉サーセンwww
三人目──!
どうやら着替えの途中だったらしい。黒のライダースーツに身を包み、ファスナーはまだ胸元のあたりで止まったまま。
ボディラインを強調するその姿に、思わずタカトの股間がざわめいた……ような気がした。
そのまま走ってくるもんだから、スーツの布地が引きつり、あらぬところに視線が引き寄せられてしまう。
いったいどこへ行く気なのか、それとも何かから逃げてきたのか……
何にせよ、朝から刺激が強すぎる登場だった。
そして、トリを飾るのは──
全身黒タイツに白骨プリント!
どう見てもツョッカー風戦闘員!
──まさか、緊急招集でもかかったのか!?
だが目は血走り、額には脂汗。
フラつく足取りは、まさに二日酔い!
胃の中では──昨夜、シンデレラ風のオッサンと食べた酒と串カツが、激しくリバース待機中!
それでも彼女は走る! そして叫ぶ!
「イィィィーーーッ‼」
……何がいいのやら、さっぱりわからん!
頼む、誰か解説してくれ!




