黒の魔装騎兵と赤の魔装騎兵(7)
そんな時だった。
鶏蜘蛛に噛まれて倒れていたはずの住人たちが――
一人、また一人と立ち上がりはじめた。
……お? もしかして、意識が戻ったのか?
と思ったのも束の間。
「うがぁぁぁぁぁぁぁっ!」
起き上がるやいなや、近くの住人に――ガブッ!!
……え? え? なにこの既視感?
そう、これは……あれだ。
ゾンビ映画でよく見るやつ!
「ゾンビに噛まれた人間は、ゾンビになる」ってやつね!
ということで、襲われた人も見事に――
「うがぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
……と、めでたくゾンビ化完了。おめでとうございます。
……って、なんのこっちゃねん!!
と思われた方もいるだろう。うん、わかる。
ということで、このカオスな状況をちょっとだけ真面目に、わかりやすく解説してみよう!
聖人世界の生き物が「生気」を持つように、魔人世界の生き物もまた、独自の「魔の生気」を有している。
しかし、このふたつの生気は絶対に相容れない。
むしろ魔の生気は、聖人世界の生気を喰らい尽くす性質を持っているのだ。
つまり――
魔物に噛みつかれたり、血液(魔血)を浴びたりした者は、体内に魔の生気を取り込んでしまい、
やがて「人魔」(制圧指標5)と呼ばれる存在へと変異していく。
緑色に光る目をした、人でも魔でもない魔物崩れ。
それはまるで、ゾンビのような存在である。
このような症状を「人魔症」と呼び、聖人世界ではとりわけ厳しく検査・監視されている。
というのも──
人魔症の発症者のうち、実に90%が人魔へと変貌するからだ。
人魔と化した者は、他者の生気を求めて暴走し、次々と周囲の人々に襲いかかる。
そして、襲われた者もまた人魔となる。
……そう、人魔は人魔を呼ぶのだ。
その連鎖はまるでゴキブリ。
たった一匹を見逃せば、あっという間に群れとなり、
最終的には世界中が人魔に覆われてしまうかもしれない。
ゆえに、聖人世界ではゴキブリと同様――
人魔は見つけ次第、速やかに殺処分されるのが原則である。
また、人魔症と診断された者は、速やかに「人魔収容所」に隔離される。
……が、その収容所から帰ってきた者は、未だ一人もいない。
人魔の群れを盾で必死に押しとどめていた守備兵たちが、その隙間から伸びてくる手を払いながら、悲痛な叫び声をあげた。
「セレスティーノ様! 今は格好つけてる場合ではありませんヨ! 今回は思った以上に魔の生気のまわりが早いようで――!」
が、当のセレスティーノは、彼らの苦戦ぶりをどこか他人事のような目で見下ろしていた。
というのも、現時点で人魔たちが襲っているのは――男だけだったからである。
男が何人死のうが、知ったことではない。
大事なのは、女が無事であること。
特に、あの“90点の女”さえ守れれば、セレスティーノ的には問題ないのだ。
そんな持論を胸に、セレスティーノは気取った仕草で剣を構え、守備兵たちに命じた。
「人魔どもはお前たちに任せた。私は、このレディたちを守る!」
――こんな時に何言ってやがる、この男は……。
「セレスティーノ様ぁ……」
守備兵たちは諦めと怒りを混ぜたため息を吐く。
「セレスティーノ様ぁ♥」
女たちはうっとりと黄色い悲鳴。
「ゼレスディーノ様ぁ♥」
ピンクのオッサンからも茶色い奇声が飛んでくる。
――だからおめぇじゃねぇってのッ!
心の中で怒りの拳を握りしめ、セレスティーノはぐいっと体を後ろにひねった。
できることなら、ヤツの顔面に一発ぶちかましたい……だが、まだ我慢だ……!
――大丈夫、俺はやる子! やれる子! やっちゃう子!
そう、今夜はやっちゃウゥゥゥゥンだァァァァ! あの女とぉぉぉぉ!!
別の守備兵たちが、押し寄せる人魔の群れから女たちを遠ざけようと、前に出て腕を広げた。
「ハイハイ、危ないから下がって! 下がって!」
だが、女たちはそれに反発し、口々に叫ぶ。
「邪魔しないでよ! このブサイク!」
――がビーンッ!
ブサイク……だと……!?
さすがに、それは人として言ってはイカンだろう……!
デ・デ・デ・デ・デ・デ!
涙目の守備兵たちのステータスが大幅に減少した。
デ・デ・デ・デ・デ・デ!
守備兵たちの心にトラウマと言う呪いがかけられた。
デ・デ・デ・デ・デ・デ!
守備兵たちの目から涙がこぼれた。
ワーン! ワン!(←泣き声)
――なんでこんな奴、守らにゃならんの……俺ら……
ピンクのオッサンも負けじと守備兵の肩を力いっぱい押しのけた。
「どきなざいよ! ブザイク! 私のゼレスディーノざまが見えないでじょ!」
カチーン!
――このブサイク! お前だけには言われたくないわッ!
一度でいい、鏡見てからモノ言やがれ!
テレレレッテッテー
怒りに燃える守備兵たちのステータスが大幅に増加した。
テレレレッテッテー
守備兵たちの心のトラウマがシマウマに進化した。
テレレレッテッテー
守備兵たちの目がヒヒンと嘶いた。否! 泣いた……
ちなみにシマウマはヒヒンとは鳴かずに、犬のようにワンワンとなくのだ。
ワハハハハ!
――なんでこんな奴、守らにゃならんのwww 俺らwww
ついにカマドウマにまでレベルアップした守備兵たちの心。
そんな心の堪忍袋の緒がブチッと飛んだ。
「お前ら! そんなに人魔症になりたいのかぁああッ!!」
突然の怒声に、女たちは便所の隅からいきなりカマドウマが飛び出してきたかのように、目をむいてビクリッと仰け反った。
……って、カマドウマってさ、マジですげぇ飛ぶのよ!
夜、便所であれが飛んできた日には、マジでションベン漏らすぐらいにびっくりモンキー間違いなしだから!
それを聞いたセレスティーノは、あたかも仕方なさそうに、しかしどこか優雅に言い放った。
「その美しい肌に、薄汚い魔物どもの血がかからぬように──さぁ、どうぞ、後ろにお下がりください」
振り返ることなく背中越しに。
……というのも、この男、今、絶対に振り返れないのだ。
なぜなら――
目の前の鶏蜘蛛を睨みつけて動きを封じているから……?
否!
全然違う!
実際のところ、セレスティーノは今、今夜ベッドの上で繰り広げられるアイスダンス、90点の女とのアクロバティックハードプレー・トリプル・ルッツルツルを、脳内で何度もシミュレーションしている真っ最中なのである!
その顔はもう、デレッデレの緩みきった表情。
……とてもじゃないが、そんな顔を背後の女たちに見せられるわけがなかったのだ。
セレスティーノがそんな緩みきった顔をしているとも知らず、女たちは、
「セレスティーノ様がおっしゃるのなら……」
と、顔を赤らめながら、なぜか急に素直にモジモジと後ろへ下がっていく。
そして、なぜかピンクのオッサンまでが大きな肩を小さくまとめ、モジモジとと控えめに退がっていくではないか。
それを見た守備兵たちは、何とも言えぬ気持ちでため息をついた。
――……母さん……ブサイクは辛いです……
そう、ブサイクにとって、この世は生きにくいのだ!
そして、それはこの世界に限ったことではない……作者がいるリアルもそうだ……うん……あれ? なんだか、キーボードを打つ画面が滲んできたぞ……おかしいな……
でも、大丈夫……カマドウマには羽がないからコオロギのように鳴けやしない。
そう、ブサイクは泣きたくても泣ことすら許されないのだ……
ここで一句!
女は心にカマドウマ! 男は黙って便所コウロギ!
ちなみにカマドウマも便所コウロギも同じだからね❤
男女差別じゃ決してないよ♪




